海賊

□月に惑う狼
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変化はすぐだった。

日の光が消えた瞬間、名無しの体からボキ、ゴキンと嫌な音が響き出した。

真っ直ぐに立っていた身体はゆっくりと丸まり、両手が大きく成長し始める。黄みがかった肌は黒く長い毛で覆われ、爪は太く鋭くなっていった。


「う、……ウゥ……」


発せられる声にもう人の理性は感じられない。

白ひげは真剣な顔でその変貌を見届け、一歩を踏み出す。その一歩に警戒をした人狼は、サッと顔を上げて大きく吠えた。

長い犬歯を剥き出しにして吠えるその顔は狼そのもので、吠え声に白ひげの後ろに立つ者は皆戦慄した。


そこにいるのは血肉を求める、荒々しい獣だ。


唯一楽観的に笑っているのは、せいぜい白ひげ程であろう。


「グラララララ……随分気の荒い犬ッころだぜ、グララララ」


そう言って笑う白ひげに牙を剥き出して唸る人狼。

暫く足首まで巨大化した掌をつけ、四つん這いで警戒するように白ひげを睨んでいたが、突如として白ひげに向かって走り出した。


「速いッ……!」


人間にはありえないほどのスピードで、弾丸のように白ひげに突進していく。
変化は顔や巨大化した手だけでなく、足にも獣のそれになるという形で起こっていた。


「手ェ出すんじゃねぇぞ、息子達よ」
「グルァァァ!!」



父と呼び慕った相手に飛び掛かり、飛びかかる前に差し出された逞しい腕に、勢いよくかぶりつく。


「!!!」
「オヤジッ!!」


心配する息子達がどよめいた。

牙の隙間から赤黒く血が流れ、白ひげの腕にぶら下がった人狼は頭を降る。肉を食い千切ろうと腕を引っ掻き、牙を突き立てる。

そんな娘の成れの果てを見下ろす白ひげは、相変わらずの笑みを浮かべながらおもむろに腕を持ち上げた。

何をするのかと思いきや、いつも薙刀を持つ右手で人狼の左目の辺りを、すりすりと撫で始めたのだ。


「グララララ、そんな甘噛みで俺を食う気か?犬畜生め。噛むならもっと気合を入れてみせろ!」


理性が無くとも言葉が理解できるのか、“獲物”に明らかに馬鹿にされた人狼は、更に唸りを大きくし始めた。


…………本当にやったよあの人。


メイリアやビスタ、その他名無しの心配事を聞いていた者は、それぞれ微妙な顔で白ひげを眺めた。
世界最強の称号は伊達ではないということか。

一部の者が呆れたような、引いているような顔をしているなか、遂に白ひげが動き出した。


「ヒンッ!?」


びくんっと人狼の体が強張る。


世界最強と呼ばれただけあり、白ひげが持ち合わせたその王としての器も並外れたものである。

彼は人狼に対し、己との圧倒的な差を“覇気”という形で叩き込んだ。

理性を無くし、本能だけの状態という事は、人狼は獲物と思っていた相手との違いをより鮮明に理解する事になる。

王の器に精神を圧迫され、完全に怖気づいた人狼は、黒くて長い毛を逆立てて固まってしまった。

白ひげはすっかり大人しくなった人狼の首根っこを引っ掴み、自分の腕から引き剥がして船の床に押し付ける。

人狼は暫くじたばたと弱々しく暴れていたが、白ひげの覇気をもう一度受けると、即座に身を縮めてしまった。

白ひげの掌の下からは、クンクンと高く甘えるような声が響いていた。
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