dream

□Prototype
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ここまで読んでくださったすべての方に。
感謝の気持ちを込めて。





□Prototype



 あれはまだ、自分たちCBが武力介入を始めて間もない頃だった。
 サードミッションが終わって次のミッションが入るまでの間、三人で車に乗って街に買い出しに出ていた。
(確か、僕が後部座席で…)
 運転していたのはロックオンだった。
 助手席に座ったライトニングに、機体の隠し方を聞いてとんでもない返答が返ってきて。
(それで…ロックオンが笑っちゃって運転してるのに前見てくれなくて…)
 慌てて必死に叫んでいたのはアレルヤだけ。
 ロックオンは笑い続けていた。
 隣でライトニングも、笑っていた。
 アレルヤの前の席で、笑っていた二人。
(……もう、二人ともいないけれど)
 ゆっくりと目を開ける。
 アレルヤの視界に写る光景はここ三年ほど変わっていない。
 何の変哲もない独房。
 ここに拘束されて、もう三年も経つ。
 あと何年くらいこの光景を眺めれば、彼らに会えるのだろう。
(ロックオン…。ライト姉さん…)
 このまま朽ち果てるにしても、この時間は長すぎた。
 過去の回想と妄想だけが、暇つぶし。
 刹那やティエリア、他のクルーたちはまだ生きているのだろうか。だとすれば、今どこで何をしているのだろうか。
 もしあの二人が生き残っていたら、今頃どこでどうしていたのだろうか。
(生き残っていたら…か)





「私は…卑怯だ」
「どうしたの? 突然」
 くすくす笑っている女性に、顔に大きな火傷の痕がある金髪の男が俯いたまま言った。
「君の記憶がないのをいいことに、君を自分の元に縛り付けている」
 広いリビングで、紅茶を飲みながら女性が軽く笑って言った。
「そうね。私、何も覚えてないもの。あなたの話が全部壮大な嘘だったら…」
「だったらどうする?」
「…んふふ。どうもしないわ。助けてもらったのは、事実だし」
「エルミナ。何故、私を信じる気になった?」
 意識が戻って最初に目の前にいたこの男の話が、今の彼女のすべてだった。
「どうせ嘘をつくなら、もっと本当っぽい嘘をつくでしょ」
「そんなに私の話はおかしかったか?」
 真面目に訊き返してくる男に、くすくす笑いながら彼女が続ける。
「だって、私が元米軍パイロットで、軍に裏切られて抹殺されそうになっていたなんて、映画みたいじゃない?」
「…映画じゃない。それが現実だ」
 笑顔のまま彼女は返した。
「おかげで、この家から出られないんだけど…ね」
 家から出て生きていることがバレれば即逮捕されて消されてしまう身の上だと聞かされれば、それが事実か嘘かはともかく、この男に頼るしかない。
「すまない。結局、君を二年もこの家に閉じ込めてしまった…」
「あなたの話が本当なら、二年もかくまってくれた…ってことでしょ? ねぇ。本当のところ私とあなたはどういう関係だったの?」
「ただの…友人だ」
「そうなの?」
 含み笑いで返してくれる彼女の肩に手を回して、そっと触れてみる。
 拒絶は…されなかった。
「ああ。…友人だった。君が、それを望んだ」
「私が…? なら…あなたは、どうだったの?」
「それは……」
 至近距離で微笑んでいる彼女の顔を見下ろす。このまま抱きしめて口付けてしまえばいいと、何度思ったか。
 今の彼女は受け入れてくれるかもしれない。
 だがそれは…。
 本当に…どこまでも自分が卑怯に思えた。
 CBの存在も、彼女に想い人がいたことさえも、口にせず。
 それでも彼女を手放したくなかった。
 自分の傍にいて欲しかった。
 家に帰れば彼女が笑顔で待っていてくれる今の生活を捨てられず、二年も彼女を自分の籠の中に閉じ込めてしまった。
「君を……愛していた」
「そう…」
「今も…愛している」
「………」
 隠し事を抱えた複雑な瞳で真実の愛を語る男に、彼女は切なげな眼で笑っていた。





「兄さんの意識が戻ったって…ッ?!」
 血相を変えて病室に飛び込んできた男は、自分と全く同じ顔をしていた。
「……ライル…」
 ぼんやりと呟く。医者や看護婦が嬉しそうに見守る中、スーツ姿の男が泣き出しそうな顔でベッドの上の自分に崩れかかり、呟いた。
「………良かった…兄さん…」
 弟が帰った後、医者が説明してくれた。
 事故で大怪我をして、三年ほど意識不明の植物人間だったこと。その間の入院費は全て弟が出してくれていたこと。
 もう身体はほぼ回復していて、リハビリが済めば退院できること…など。
 病室へ世話をしに来た看護婦たちは必ずと言っていいほど、弟を褒めてくれた。
 毎日会社帰りに必ず兄の世話をしに病室に来ていたこと。
 高い医療費や生活費を全部支払いながらも、それは今まで自分が兄に面倒を見てもらった恩返しだからと、全く偉ぶった態度を見せていないこと。あとは…看護婦たちに優しいとか、気さくで話しやすいとか…カッコいいとか……。まぁ、そのあたりはどうでもいい。
 とにかく、毎日リハビリに徹した。
「俺は…一体どんな事故に?」
 その質問に答えられる人間はいなかった。
 宇宙で事故に遭って、この病院に担ぎ込まれたらしい。
 事故。事故だって? あれは事故なんかじゃない。GNアームズの爆発に巻き込まれて…。
「兄さん?」
「あ、ああ。悪い。…退院したら、お前に立て替えてもらった病院代はできるだけ早く返す。それから…」
 笑い声がした。
「いらねーよ。兄さん、いくらかかったかわかってないだろ? すぐに返せる額じゃねぇって」
「なら、すぐに返せる分だけでも…」
 今度は真剣な声が飛んだ。
「だから、いらねぇっつってんだろ…?」
「ライル…?」
「兄さん。兄さんが今どんな気分かは、なんとなくわかる…。でもなぁ…これが今まで兄さんが俺にしてきたことだ」
「………ッ!」
 絶句している兄に、弟は真剣な顔を一転させ、軽く笑って茶化すように言った。
「わかったらもう金の話はなしだ。俺は一銭も受け取らねぇから、さ」
 返す言葉が…なかった。
 弟の気持ちが、やっと少しわかった気が…した。
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