dream
□第二十五話-夜明けの鐘-
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『どう? ライトニングと仲良くやってる?』
軽く訊くスメラギに、苦笑してロックオンは答えた。
『いつもシミュレーションでボコボコにされてるよ』
『それは何より。…流石は元軍人ね。こちらの決定には従ってくれるみたいだから、助かるわ』
『例の民間人云々か?』
『…あの後聞いたんだけど、昔、戦ったことがあるみたいよ。民間人と』
『彼女は…軍人だったんだろ?』
『ゲリラが地元の民間人を兵隊に使っていたのよ。戦闘のプロが、普段は畑を耕している素人を撃ち殺したの。…嫌な思いをしたでしょうね。だから、今でも本心ではあなたをマイスターにすることには反対なのかもしれないわ』
『そうでもないさ』
『え?』
『俺は筋がいいらしい。そこらの新兵よりよほど才能あるってさ』
『まさか……。もうそこまで言わせたのッ?! アレルヤやティエリアがあんなに苦労していたのに…?!』
あの時ロックオンは、笑っていた。
ライトニングは…あの時点で既にロックオンがこうなることを予想していたのだろうか?
だとすれば、自分などよりよほど戦術予報士に向いている。
「ライト…あなたをこの戦いに巻き込んだのは、私だったわね」
酷い戦闘で仲間が全滅して、怪我が治った後に仲間になって欲しいと告げたスメラギに彼女は言ったのだ。
自分にできることなんて何もない。
仲間を死なせるだけだ。
もう…何もしたくない。
期待を押し付けないで。
それを聞いたとき。思った。
この子は、あの頃の。自分だ。
自分のミスで、多くの仲間の命を奪ってしまったあの時の自分と。
だから言った。
その過去を払拭するために、戦えと。
「ライト…ロックオン…」
写真の中の二人は、幸せそうに笑っていた。
この二人の命を奪ったのは、自分だ。
自分の戦術が…。
そっと写真立てを伏せて部屋を出る。
「答えろッ!! 何故あの二人が死ななければならなかった…ッ?! 何故…ッ!」
通りかかった部屋の中で、刹那に怒鳴り散らしているティエリアがいた。
思わずティエリアの頬を張り飛ばして怒鳴る。
「敵はまだいるのよッ?! 泣き言をいう暇があったら、手伝ってッ!!」
そう。まだ何も終わってなどいない。
「やはり…あなたは正しかった。…ライト」
ティエリアの呼びかけに答える人間はいない。
少なくとも彼女は一度、ロックオンを守ることに成功している。当時は厳しすぎるとすら思えた物言いが、一体どれほど優しい行為だったのか。ロックオンが死んだ今なら痛いほど理解できた。
『そういうことができるのも、また人間なのさ…』
「ロックオン…ッ!」
ティエリアの声だけが、虚空に溶けていく。
「守れなかった……ッ。ライト…私は……あなたに…」
どう詫びればいいかすら思いつかなかった。
いくら詫びても詫びたりない。
自分はいつまで経っても、ナドレを敵に晒した時と何も変わらない。弱くて…自分の失敗を人の所為にして、他人に八つ当たりなんかして…。
『でも、変わる。今よりもっと強くなるの…』
「ライトッ!!」
ティエリアの記憶の中の二人は、笑っていた。
「ロックオン…ライト……。僕は……私は………ッ」
彼らの分まで、生きて戦う。
それだけが、手向けだった。
そして…彼らの仇を討つ。
「シヴァ!」
格納庫で機体を整備していたところをフェルトに呼ばれて、シヴァが手を止めて上がってきた。
「ごめん…忙しいのに」
小さな声で謝るフェルトに笑顔で言ってやる。
「ちょうどサボりたくなってきたとこだ。気にすんな」
その軽い物言いに少し笑ってから、彼女は封筒を手渡してきた。
「手紙…書いたの。ロックオンと、ライトに」
「手紙?」
「当分会えないから、ごめんなさい…て。ロックオンの分はデュナメスに…。でも、ブリューナクはもう…」
機体は既に消滅していた。残っているのは、太陽炉だけ。フェルトは続けた。
「だから、ライトの分を、預かって。あなたは…ライト姉さんと繋がってるって…言ってたから…」
「…わかった。こいつは大事に預かっとく」
「ありがとう」
微笑まれて、苦笑しながら男は言った。
「礼を言うのは俺の方だ。…さんきゅ。エルの事、大事にしてくれて」
小さく首を横に振って、少女は言った。
「大事にしてもらったの…私の方だから」
「大事に…か。慕われてンじゃねぇか、お前」
トレミーであてがわれた自室で、シヴァが荷物を整理しながら呟いた。
スメラギが気を遣ってくれて、ライトニングが使用していた部屋の私物を全て譲ってくれた。
と言っても、私物もさほど多いわけではなかったが。少ない遺品の中から何枚かの写真と普段身につけていたと思われるアクセサリ類、データスティックを取って、残りは全て箱に丁寧にしまった。
フェルトから預かった手紙を一緒に箱に入れるか少し迷ってやめた後、手元に残すと決めた遺品たちと一緒に自分の荷物に入れた。
写真は当然のように誰かと一緒に写っている物ばかりで、ロックオンと撮ったものも多かった。おそらく、これは自分たちだけで撮ったのだろう。
写真の中の彼らは…幸せそうだった。
もし、世界が違えば今でもあの二人はこんな風に笑っていたのではないだろうか。
ロックオンも、自分たち兄妹も、お互い家族がいる中で、罪を背負うこともなく幸せに…。
「…ホント…お前ら…。逝くには…早すぎるだろ…。俺らまだ24だぜ?」
ロックオンだってまだ25だと聞いた。
若すぎる。死ぬような歳じゃない。
誰にも見せられない男の涙が、球となって飛び散る。
あの二人が幸せになるには、この世界はあまりにも過酷だった。
あの二人がしてきたことはわかっている。
それは、死をもってしても償いきれないほどの罪。
わかっていても…それでも、生きていて欲しかった。
「ったく…。向こうで仲良くやってろ…ッ。当分テメェらの顔なんざ見たくねぇから俺はいかねぇぞ。ロックオン…エルミナ…」
そっと鞄を締めて、二人に別れを告げる。
生き残った人間には、まだやることが残っていた。