dream
□第二十三話-ライトニング・ランサー-
1ページ/3ページ
『総員、第一種戦闘配置。敵は疑似太陽炉搭載型17機と断定。繰り返します…』
17機。地上にいた残りの機体が宙に上がったか…。
ヘルメットを片手にライトニングが自分の機体の場所へ行くと、先に来ていた男が小さく言った。
「…この前は、悪かった」
思わず立ち止まって、ライトニングが小さく笑う。
「君の持ち場はここじゃないと思うけど?」
ロックオンが、静かに笑った。
「厳しいねぇ…。ほんっと」
「んふふ。わかってくれればそれでいいのよ。トレミーで待ってて。すぐに戻ってくるから」
綺麗な笑顔で言ったライトニングを軽く抱きしめて、ロックオンは言った。
「ああ。待ってる」
17対3。この差は圧倒的だった。
もうグラハムを探している場合ではない。
ジンクスを何機か落としながら、必死に回避ポイントがなくならないように先読みして回避行動を続けていたライトニングに、聞きなれた声が響く。
『会いたかったぞ、エルミナッ!!!』
「グラハム…ッ!!」
当然と言えば当然だった。
もうこの男と戦うのもこれで何度目か。
「仕方ないわね…ッ。あと頼むよ、アレルヤッ! ティエリアッ!!」
叫んでグラハムを引き離すべく戦場を少し離れる。戦力差が開き過ぎている今回、あまりトレミーから離れすぎるわけにもいかなかった。
トレミーを中心に円を描くように旋回しながらグラハムの攻撃をかわし続ける。
「たとえ相手がグラハムでも…ッ」
『くるか…ッ?!』
器用な旋回テクニックで背後を取ったライトニングにグラハムがとっさに反応を集中する。
「狙い撃つッ!!」
『…ッ!!?』
正確にコックピットを狙ってきた一撃をディフェンスロッドを犠牲にしてかわし、距離を詰める隙を探す。
『フッ…よもや今の君に思い人がいたとはな…ッ』
「おかげで…あなたの気持ちもわかったわ…ッ」
懐に飛び込ませないように長いリーチで武器をうまく使いながら、ライトニングが叫んだ。
フッと笑ってグラハムが返す。
『ならば問おうッ! 君の愛と私の愛、一体何が違うッ!!?』
「それは…ッ!」
『君は私が歪んでいると言った…。だが歪めたのは…』
「私だって言うんでしょッ?! そうよ…。ずっと…私は逃げていた。昔、傷つけられたことをいつまでも引きずって、また傷つくのが怖くて、何も知らないふりをしていたかったッ!!!!」
それが、自分の弱さだと気づかずに。
『そうか…だから君はあのころからずっと私のことを…ッ』
「確かにそれは私の弱さだった。私の弱さがあなたを傷つけた。でも…今あなたが歪んでいるのは、私の所為じゃない。あなた自身の弱さよッ!!」
『その物言い…相変わらず君は手厳しいな…ッ!! だがかつてはそれも魅力的だと思っていた。美しい程の厳しさすら愛おしいと思えたッ!! ああ、そうだ。分かり合えていた。分かり合えていたんだ…あの頃はッ!!!』
「あの頃はねッ!!!」
何故だ。何故、もうあの頃には戻れない?
隣で共に笑っていられたころに。
いつの間にか、光が二人を包んでいた。
世界も、機体も、肉体さえも溶けて、虚空に魂だけが浮いていた。
『あの頃…何故、私は君の心を癒すことができなかった? 何故、君と共にいることができなかった?』
『グラハム…。私にとって、あなたは早すぎたのよ』
『早すぎた?!』
『もっと遅くあなたと出会っていれば…』
『ならば、私たちのこの出会いは何だったというんだ?!』
『出会いは常に無意味ではないわ。あなたと過ごした日々も』
『エルミナ…。教えてくれ。私は君の過去に、何を残せた?』
『過去のあなたは…今の私をくれたわ。人を真っ直ぐに愛せる…今の私を』
『…私の存在が…今の君を…。そうか。ならば私は…君を愛する者として、今の君の幸せを願おう』
『グラハム…』
『それが愛だ。ようやくわかった…。私たちは、今でも分かり合うことができる』
『分かり合える…?』
『ああ…きっと…』
瞬間、機体の感覚が戻ってきてコックピットの中でライトニングは飛んでいた意識を引き戻された。
「グラハム…」
呟いた瞬間、死角のジンクスから飛んできた数本のビームに気づき、反射的にかわそうとして攻撃角度と自分の居場所に気づく。
避けたらトレミーに当たるッ!!
一瞬、回避を躊躇したことが命取りになった。
機体に衝撃が走って、目の前が真っ暗になる。
『エルミナッ!!!』
グラハムの声が遠くに聞こえる。
追い打ちをかけるように更に攻撃が飛んできていた。
今の攻撃でブリューナクの装甲が脆いとバレたらしい。ブリューナクを貫通してトレミーまで届きかねない攻撃に、回避行動もとらず、コックピットの中で苦しそうに彼女は呟いた。
「…トラン………ザム……ッ」
機体に攻撃がヒットするまさにその瞬間、トランザムが発動し、全ての攻撃がブリューナクに突き刺さる形で止まった。
「…ッ、く……ぅ…ッ、ぁああああッ!!」
何度も機体に衝撃を受けながら、その度に体の感覚が少しずつ消えていくのを感じながら、それでも…最後まで回避行動はとらなかった。
トレミーのブリッジで、悲鳴のようなクリスの声が飛んだ。
「ブリューナク、大破ッ!! パイロットと通信、取れませんッ!」
ブリッジにいた全員の顔から色が消える。
「…私たちを庇って……」
青ざめたフェルトの声がノーマルスーツの通信機を通してクルーたちに聞こえていた。
クリスの震える声が続く。
「ブリューナクの太陽炉が…」
太陽炉が外されて、トレミーに向けて射出されるのが見えた。
「太陽炉って…何やってるのよあの子…」
スメラギの震えるような声に答えるように、非常用バッテリーで作動するブリューナクの通信装置から、ライトニングのか細い声がした。
『スーちゃん…フェルト…クリス…みんな……ごめん』
「ライトッ!!」
画像は酷く乱れて真っ暗で、彼女の姿は確認できなかった。暗い機体の中を、真紅の球が無数に飛んでいた。
通信機から、生々しい呼吸音が延々と漏れ続ける。
呼吸音に混じるように、次々と名前を呼ぶ声が囁くように聞こえてきた。
『アレルヤ…ティエリア…刹那……ごめん』
誰も、絶句したまま声が出なかった。
通信機からの苦しそうなか細い声と荒い呼吸音が続けて聞こえてくる。
『…ニー…ル………愛してる……』
『…また…い…つか……』
そこまで聞こえた瞬間、宇宙に大きな閃光が生まれ、辺りを眩しく照らす。
MSWATのエースと呼ばれた百戦錬磨の男の涙が、閃光に照らされて小さく光っていた。
それは、一つの物語の終わりを告げる閃光。
世界の歪みに何度も人生を狂わされ、その度に死にもの狂いで戦い続け、生涯の最後で人を愛し愛された一人の女性が、閃光の中でわずか24年の短い人生を終えた。
光の中で、最後に言い残した言葉の終わりは何だったのだろう。
ブリッジに、彼女の名前を絶叫するロックオンの声が、哀しく響き渡った。