dream

□第二十一話-永遠の夜の中で-
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『君を愛している』


 あの時グラハムが言っていた言葉。
 だとすれば、一体彼はライトニングをどうしたいのだろうか。
「取り戻す…か」
 もたれかかっている手摺と透き通ったガラスの向こうには虚空が広がり、その中に無数の星が散らばっていた。
 目の前のガラスに映った自分の顔の酷さに情けなくなってくる。散々覚悟しておいて、今更グラハムを殺したくないなどと言い出すのもあまりに滑稽だ。
 その時、ガラスに映った背後のドアが開いて、入ってきた人物に思わずライトニングが硬直した。
「兄さん…」
 思わず振り返ると、観念したような顔で男が苦笑した。





「イアンから、トリシューラの設計書を見せてもらったわ」
 直接会って二人っきりでこうしてきちんと話すのは…いつ以来だったか。
「ああ。…一応こっちも前にブリューナクの設計は見せてもらった。なんっつーか…考えることは一緒だったな」
 ライトニングの横で小さくシヴァが笑う。
 ライトニングが軽く笑って言った。
「イアンが…事情は何も知らないのに、言ってくれたの。私たちがこうしてきちんと形にしたことで、父さんと母さん…喜んでるって」
 久しぶりに出た単語だった。
 シヴァが苦笑する。
「ま、世間がどう言おうと根本的な理論は間違ってなかったからな。それ以外の所で全く問題がなかったかと言われりゃ否定しきれねぇのも確かだが。俺はただ使えるもんを使っただけだ。…結局、親父達の研究は良くも悪くもぶっ飛び過ぎてたのさ。ったく。そのぶっ飛んだ研究の為に置いてかれた子供の身にもなれってんだ……」
「…子供を捨ててでも、やりたくなるほどの事だったんだと思う。自分が大人になった今なら、なんとなくわかる…。それだけの価値があることだったのよ」
 あくまで笑顔で言うライトニングに、シヴァが舌打ちして苦い顔で言った。
「俺はお前みたいに悟れねぇ。大体、お前は昔から人が良すぎンだよ。親父達のことにしたって、俺のことにしたって、んな簡単に許せることじゃねぇだろ? しかもおやっさんたちがテロで吹っ飛んだ時と、刑務所の一件に至っては全部自分が悪かったからこんなことになったとかって考えて…。一体どういう思考してりゃそうなるんだ? 俺にはさっぱり理解出来ねぇ」
 声を上げて笑いながらライトニングが答えた。
「それ、前に刹那に叱られたわ。全部自分が悪かったって考えは単に私が子供の頃にしたことから許されたかっただけだって」
「ほう。あのガキ、なかなか言うじゃねぇか」
「でしょ? 私もハッとなっちゃって。ほんっとに反省した。でもね、兄さんの事はホントに全然悪く思ってないの。だって兄さん、いてくれたでしょ? 私と一緒に」
 超人機関から逃げた後。廃人同然になって口も利けず、ただ無表情で生きている屍のような状態になっていたライトニングに、いつもと変わらない笑顔で毎日ずっと世話をしながら話しかけてくれたこと。少しずつ口がきけるようになって、回復していくたびに、本当に嬉しそうに喜んでくれたこと。彼女が刑務所での一件の後に思い出せる一番古い記憶はそのことだった。
「エル……」
「だから兄さんがいなくなった後も今まで生きてこられた。兄さんを探したいって思ったし、その為に…米軍に入ったの」
「俺があの時、そうしようと思ってるって話してたからな。結局、そうはならなかったが」
 苦笑するシヴァに、ライトニングが続ける。
「から回っちゃったけど、軍に入ったことは、今では良かったと思ってるわ。いい仲間とも、出会えたし…」
 しばらく無言の時が流れて、不意に、男が訊いた。
「そいつが昨日お前が戦ってた、疑似太陽炉を積んだフラッグか?」
「……………」
 ライトニングの沈黙を肯定と受け取って、シヴァは苦い顔で息をついた。
「何が良かったんだ? それ。やりづれぇだけじゃねぇか。それで死にかけてりゃ世話ねぇぞ?」
 暗い顔で、ライトニングが言った。
「…私が悪かったの」
「またそれかよ。反省したんじゃねぇのかお前は」
 苛立っているシヴァに、ライトニングがはっきりと言った。
「違う。これは本当にそうなの。私が…グラハムの気持ちを無視して逃げていたから…」
「どういう関係だ? 奴と」
 静かに、ライトニングは口を開いた。
 今までの、グラハムとの事。彼がずっと口にしていたこと。そしてそれが真剣な思いであったこと。にもかかわらず、軽くあしらい続けてきたこと。
「…昨日戦っている時に、ようやくそれがわかった…。だとすれば、私は今まで一体どれだけ彼を傷つけてきたの…? 今思えば、彼はずっと…私のことを思ってくれていたのに…」
 ライトニングの短い話が終わって、シヴァが静かに言った。
「…ま、お前の場合、事情が事情だからな。男を警戒すんのは当たり前だ。まして相手が同僚じゃ、愛情も友情だと思い込みたくなるだろうよ」
 ロックオンもよくこの妹と付き合えたものだ。同じ男として軽く尊敬しながら胸中でそんなことを呟いていたシヴァに、ライトニングが重い表情のまま言った。
「どうしたら…いい? 私が…倒さなきゃいけない相手だってことはわかってる。けど、あの人の気持ちを最後まで踏みにじったままあの人を殺して、それで自分は何事もなかったように別の人を愛して…そんなことが…許されるの?」
 震えるような妹の声に、彼は強い口調で言った。

「そいつはお前自身の問題だ。自分で背負って乗り越えろ。でないと………ロックオンまで不幸にすることになるぜ」

「………ッ!!」
「わかったらあとは自分でケリつけろよ。…エルならできる」
 その声がどうしようもなく暖かくて…。思わず顔を伏せてライトニングが言った。
「兄さん」
「ん?」
「私、兄さんと一緒に生まれて良かった…」
 唐突な攻撃に面食らって、シヴァが叫んだ。
「な……ッ。急に気持ちの悪いこと言ってんじゃねぇよッ!」
「んふふ。照れない照れない」
 いつの間にか満面笑顔で顔を上げていた妹に、思わず軽く笑って男は言った。
「ったく。このノリは変わらねぇな。ガキの頃から」
 笑い合いながら、昔よくやったように決まった動きで何度か片手でハイタッチして、ライトニングとブリッジに向かう。
 胸中、男はそっと呟いた。

 俺も…エルミナが妹でよかった。
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