dream

□第十七話-刹那・F・セイエイ-
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「この世界に、神はいない」


 ライトニングが、驚いた眼で刹那を凝視していた。
「刹那………」
 乾いた声を喉から洩らしながら、刹那を見つめ続けるライトニングに、無表情のまま少年は言った。
「この世界に神はいない」
「………。だから、アンタは悪くないって…そう言いたいの?」
 笑顔が完全に消え去って、苦い顔で眉に皺を寄せて言うライトニングに、刹那は静かに口を開いた。
「アンタの信じようとした神は、何故アンタを不幸にしようとする? 何故アンタを救わない?」
「それは…私が……ッ」
「違う」
「刹那、私は…ッ」
 しかし、遮るように刹那ははっきりと言い切った。
「アンタは許されたかっただけだ。自分のしたことから…人を傷つけたことから」
「…………ッ」
「許されたかっただけだ」
 返す言葉がなかった。
 この少年は…自分よりはるかに年下のこの少年は…。あの頃の自分の心境を、今の自分よりはっきりと見抜いていて。
 神などという存在するかしないかさえあやふやなものに、物事の原因を押し付けようとして逃げていた自分よりも…この少年はずっと老成していた。
「そうだね…。刹那の言う通り。私は神様に許してもらおうと思うことで自分のしてきたことからずっと逃げていたのかもしれないわね」
「…アンタは逃げずに戦っていた」
「………」
「今も、戦っている」
 刹那の言葉が、不思議と暖かかった。
『俺にはお前が、世界と向き合うことから逃げてるようには見えない。むしろ、逃げずに戦う方を選んだんだ』
『戦っていたのか…君は。たった一人で。世界と…』
 かつて、ロックオンやティエリアの言ってくれた言葉が脳裏をよぎった。
「…いくら戦ったって、永遠に許されることはないんだけど、ね」
 苦笑して言った言葉に、刹那がほんの少し淋しそうな眼で返した。
「永遠…」
「そう。過去は永遠に消えないし、変えられない。変えられるのは今と、これから。だから過去の罪は自分自身で向き合うしかない。残りの人生…永遠にね」
「ライトニング。俺は…」
「ん〜?」
 傷ついた顔で少し笑いながら訊き返してくるライトニングに、珍しく彼は言葉を濁した。
「いや…なんでもない」
 くす…と小さく笑う声が漏れた。
「ここまできてそれはないでしょ。言いたいことがあるなら、言っちゃいなさいよ。刹那」
 穏やかな顔で言ってくれたライトニングに、少年は無表情に言い放った。
「俺は…自分の親を殺した」
「………ッ」
 凍りついた表情で刹那を見つめるライトニングに、ぽつりぽつりと刹那が口を開く。
 彼自身の事を。





 刹那の短い話が終わって、しばらくしてからライトニングが呟いた。
「だから、神はいない…か」
 アザディスタンのミッションの報告を受けた時に、アザディスタン出身とは聞いていたが…まさか、ゲリラの少年兵出身とは…。否、太陽光紛争から現在に至るまでの中東の現実を考えれば十分にあり得ることだ。
 珍しいことですらない。
 何も言わない刹那に、ライトニングが言った。
「刹那。何故人は神に縋ろうとするか、わかる?」
「………」
「さっき君が言ったように、許しが欲しいからってのも一つだけど、もう一つは、正しいことがしたいから」
「…ッ!!」
 穴が開くほど驚いた眼で自分を凝視している刹那に、ライトニングは続けた。
「自分は絶対に間違っていないって思いたい。けれど、自分で考えたことはもしかすると間違っているかもしれないという可能性が常に付きまとう。正しい生き方をして救われたい。間違わずに生きていきたい。神はそんな人間に絶対に間違いのない正しい道を教えてくれる」
「それが…神の教えは全て正しく、神の為に戦えば、救われる…ということか」
「自分はもしかすると間違っているかも知れないって考え続けて不安になりながら生きるのは辛いし、自分は正しく生きているって信じていたら幸せだからね。…そして人がそうやって幸せになろうとすること自体は、悪いことではないんだと、思う」
「………」
「悪いのは、そこで思考を停止させてしまうこと。自分の頭で考えることをやめさせてしまうから、宗教や神の洗脳は怖い。…もっとも、昔の私のように、誰から洗脳されたわけでもないのに苦痛から逃げるために勝手に思考停止してしまう人間もいるけれど」
「自分の頭で考えること…」
「そう。それがどんなに辛くても、自分が正しいと思うことは自分で決めなきゃいけない。そしてそれは本当は間違っているかもしれないって、常に考え続けなきゃいけない。さっきも言ったように、過去の罪は消せなくても、未来は変えられる。これから自分が何をするかは今の自分次第。何が正しいことなのか、常に自分で考えて戦っていくなら…人は必ず変われる」
 ハキハキとした声が、刹那の頭に響いていた。
 ライトニングを凝視している刹那の前で、綺麗に微笑んで彼女は言った。
「刹那。私が笑っているのはね。私が笑っていることで元気になってくれる人がいるから。そうすることが、人を傷つけることより、ずっと正しいことだと自分自身が思うから。…許されなくてもいい。間違っているかもしれない。それでも、私はずっと笑っているわ。自分のしてきたことから、逃げないために」
 二度目だった。彼女が、刹那に笑ってくれたのは。
 この世のすべてを救ってくれるような笑顔を、吸い込まれそうな気持ちで少年は茫然と見つめていた。
 変われる…かもしれない。
 この人がいてくれれば。
「…ライト。どうすればいい?」
「ん?」
「どうすれば、ただ逃げるだけじゃなく過去とケリをつけられる? 俺はアンタのように笑うことはできない。俺には………戦うことしかできない」
 微笑んで、彼女は落ち着いた口調で言った。

「それなら…お姉さんにいい考えがあるわよん」

 少年は、静かにその言葉を聞いていた。
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