dream

□第十六話-シヴァ・シンクレア-
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「貴様…トレミーは禁煙だッ!!」
 思わず怒鳴ってしまったティエリアに、シヴァが笑いながら返す。
「んだよティエリー、つれねぇな」
「な……ッ!!!」
 そのセリフに、場にいた全員が思わず固まってしまった。我に返ったティエリアが苦い顔で言い捨てる。
「…腹を立てる気にもなれない。失礼する」
 ふいっと顔をそむけてそのままどこかへ行ってしまったティエリアに、シヴァがわけのわからないことで怒られた子供のような顔で呟いた。
「なんだ? なんか…思ってたのと反応が違うっつーか…」
 ロックオンが思わず顔の半分を片手で覆って苦笑しながらつぶやいた。
「…仲が良すぎンだよ。お前ら」
「はぁ?」
 困惑しているシヴァの手から火をつける前の新しい煙草を取り上げて、スメラギが言った。
「とにかく! しばらくの間、トレミーで私たちに同行してもらえるわね?」
「待て。俺にこの禁煙船で生活しろってかッ!?」
「私たちに協力してくれるんでしょ?」
「そりゃあくまで外部戦力としてだッ。禁煙生活してやるとは言ってねぇ」
「はいはい。代わりにお酒ならいくらでも付き合ってあげるから、しばらく我慢しなさい。なんなら、ライトが戻ってきたらみんなで呑みましょ。ね?」
 精一杯気を遣ったスメラギの言葉だった。
 しかし、しばらく視線を宙に浮かせた後、シヴァははっきりと言った。
「いや。悪いが、どんなに長居してもエルが戻ってくる前に俺はここから出てく」
 スメラギが思わず必死で言い返す。
「少し会ってあげるくらいは、いいでしょ? ライトは今まで本当に必死であなたのことを…」
 最後まで言わせてはもらえなかった。
「そんな良い兄貴じゃねぇよ」
 淋しそうに笑って、男は続けた。
「今の今まで妹をほったらかしにしてテメェの好き勝手なことしてきたんだ。…どの面下げて会えってんだ」
 アレルヤが硬い声で言った。
「そんなこと…関係ないと思います。だって、たった一人きりの家族じゃないですか」
 軽く息をついてから、今までで一番重い表情でシヴァは口を開いた。
「エルが超人機関の情報を調べてお前らに渡したってことは、あいつの身体が今どういう状態か、もう知ってんだろ?」
 返す言葉を失ってしまったアレルヤに、男は続けた。
「…エルがああなったのは、俺の所為だ。あいつは俺のとばっちりを食って改造されたんだよ。偶然俺なんかと双子に生まれついちまったばっかりにな。…恨まれて当然だろ?」
「あなた…ずっとそれを一人で背負い続けて…」
 しかし、呟いた後すぐにスメラギは強い口調で言い放った。
「でも、あなたがいなければ彼女は刑務所の中で死んでいたわ。そうでしょ?」
「……ッ! エルが…そこまで話したのか? …何考えてんだあいつ…」
 流石に目を剥いたシヴァに、スメラギが目を落として続けた。
「ライトだって…話したくて話したわけじゃないわ…」
 真剣な眼で男は訊いた。
「何があった?」




 話を聞いて、笑っていない眼でシヴァは言い切った。
「オーケイ。…今度あの鳥頭に会ったら脳天ぶち抜いとくぜ」
「やめとけ。そんときゃ俺がやる」
 真剣な顔で言い切ったロックオンに、スメラギとアレルヤが息を飲んだ。
 ロックオンの顔を一瞥してから、シヴァが言った。
「…なるほど。だからエルはお前らを信じて全部話したわけか。…いい仲間に恵まれたな」
 低い声で穏やかに呟いた男に、ロックオンが静かに返した。
「本当に会う気はねぇのか?」
「ロックオン・ストラトス…だったな。…あいつの周りにお前みたいなやつがいてくれりゃ、それで充分だ。俺が会う必要はねぇよ」
「……そうか」
 笑顔で淡々と話すシヴァに、スメラギが食い下がる。
「それとこれとは話が違うわ。とにかく、いったん頭を冷やして…」
 しかし、その言葉を遮るようにロックオンが軽い口調で言い放った。
「いいじゃねぇか。会いたくねぇってんなら。こいつらにも色々あるんだろ。…他人にはわからないだけで…さ」
「ロックオン…ッ」
 お前はライトニングの味方じゃないのかと言いたげな目でスメラギとアレルヤがロックオンを見つめていた。
 驚いた顔でロックオンを見つめながらシヴァが言う。
「お前…話せるな」
 ロックオンは淋しそうな顔で苦笑した。
「ま、兄弟だからって単純にいかねぇことだけは確かだよな…。特に…双子はな」





「エルから何か聞いたのか?」
 結局、情報交換も兼ねてもうしばらくシヴァはトレミーに滞在することになった。
「怒ってたぜ? 生きてるならとっとと出て来いってさ」
 軽く笑いながらロックオンが言う。
 男二人で飲む酒は美味い。
 特に、馬の合う相手とならなおの事。
 同じような顔で笑いながらシヴァが言った。
「そりゃ怖ぇな。ところで、ここ。アンタの部屋だよな?」
「残念。禁煙だ」
 きっぱり言い切る声に、軽く舌打ちする声が重なる。
 しばらくデスクの横の壁に貼られた何枚かの写真を眺めていたシヴァが唐突に言った。
「…成層圏まで狙い撃つ…か。すげぇ大層な名前だな」
 ロックオンの笑い声が上がった。
「破壊神に言われたくねぇよ」
 笑いながら言い返されて、つられるように笑いながらシヴァが言う。
「破壊なくして創造はねぇからな。それに…ぶっ壊してみたかったんだよ…この世界を。昔は、な」
「エルミナも…昔はそんなこと言ってたぜ。昔は、な」
 ロックオンの口からライトニングの本名が出たにもかかわらず、全く驚いた風もなくシヴァは言った。
「昔は…か。今は? なんつってる? あいつ…」
「気になるか?」
 真顔で訊かれて、シヴァは静かに目を伏せた。
「…わかってるさ。エルが俺に会いたがってることくらい」
 それでも、会おうと思うたびに心が痛んだ。
 自分の所為で超兵として生きていく羽目になった妹が…。その妹が過去に受けた性的虐待の…助けてやることの出来なかった何日にもわたる過酷な日々の記憶が、今でも褪せることなく彼の心を苛み続けていた。
「そうか…」
 悟ったような顔でロックオンがつぶやく。
 シヴァが真剣な顔で言った。
「ロックオン」
「ん?」
「……聞かせてくれねぇか? エルの事。あいつがお前に…話したこと。なんでもいい」
 口元だけで笑ってから、ロックオンは訊いた。
「…お前、ホントの名前はなんて言うんだ?」
 軽く笑ってから、男は言った。
「あとでエルに訊けよ」
 声を出して笑いながら、ロックオンが言った。
「素直じゃねぇな。ほんっと」

 その夜、ロックオンの話は深夜まで続いた。
 妹の話を男の口から聞く兄の顔は、どことなく嬉しそうだった。





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