dream
□第十四話-生贄-
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全員でブリッジに戻ると、ちょうどイアンが入ってくるところだった。
「おやっさん…」
「よぉ。お前らが話してる間に、あのスローネって機体、調べといたぜ」
イアンが軽く背後のドアを振り返って、ため息をつく。
「ほら、いつまでもそんなとこに立っとらんで…」
ドアのかげから軽く腕を引っ張って立ち尽くしていた人間をブリッジに引きずり込む。
「ライトニング…」
スメラギが乾いた声で名前を呼ぶ。
空気が固まった。
「ほれッ」
景気の良い声で言いながら、イアンが自分の前に押し出すようにライトニングの背中を軽く叩いた。
珍しいしかめっ面で横を向いていたライトニングが、泣き腫らした眼で少し目線を下げたまま、詰まった声で言った。
「…さっきは…ごめんなさい…。あんなことして、勝手に逃げて…」
沈黙がブリッジを支配していた。
わけがわかっていないクルーたちですら、空気に飲まれて何も言えずにいた。
やがて、スメラギが軽い口調で言った。
「さっき? 何か謝るようなことしたかしら? 誰か見てた?」
スメラギの背後で首をかしげる人間が何人か。
「あ………」
しばらく絶句した後、泣きそうな顔でごくわずかに微笑んで、ライトニングは言った。
「ありがとう…」
イアンがライトニングの肩を叩きながら笑った。
「だぁから、心配せんでいいって言ったろ? すまんな。今までライトを借りちまって。スローネの調査を手伝ってもらっとったんでな」
後半は、スメラギに向けた言葉である。
「ライト。スローネの報告書、頼めるかしら?」
軽く微笑んで、彼女は頷いた。
「了解」
「報告書は独立端末で書いてね。決して、ヴェーダには入力しないで」
スメラギとライトニングが話している間に、イアンがロックオンの腕を引っ張った。
廊下に出てから、小声で訊く。
「おい、一体何があった?」
「おやっさん…。さっきはさんきゅ。ライトを連れてきてくれて助かったぜ」
本心からの礼だったが、イアンは納得しなかった。
「あいつ、格納庫の隅で泣いとったぞ…? しかもあの様子は尋常じゃなかった…」
「………」
「とりあえずわしが宥めて、部屋に帰そうとしたら、気が紛れるから機体の調査を手伝わせてくれと言ってきてな。それで手伝ってもらっとったんだが…」
イアンの言葉が右から左へ抜けていくようだった。
普段あれほど堂々とした立ち振る舞いをしている女性が、小さな女の子のように泣きじゃくる様を想像すると、本当に痛々しくて。
今更無性にトリニティに腹が立った。
今度ミハエルに会ったら問答無用で狙い撃つことを決める。
しかし、アレルヤの言いようではないが今考えなければならないのはライトニングのことだった。
『前の時は、無理矢理だったから…』
無理矢理とか、これはもうそういう問題ではない。
ロックオンの脳裏に、あの時の悟りきったようなライトニングの顔が浮かんだ。
それにしてもあの時…よく自分を受け入れてくれたものだ。
男性であるというだけで、加害者だと責められても文句が言えないくらいの気分にはなっていた。
けれど…。
受け入れてくれるのなら、自分にもできることがあるのかもしれない。
いやむしろ。自分にしかできないことが…あるような気がした。
夜。ロックオンがライトニングの部屋を軽くノックしようとすると、ドアがひとりでに開いた。
「…来るころだと思った」
「あ、ああ」
軽い笑顔と共にドアを開けながら言ってくれたライトニングに少し驚いて変な声が出る。
少し笑ってからライトニングが言う。
「いよいよ、私も本格的に脳量子波が使えるようになってきたのかしら? それともただの勘かしらね。…あなたのこと、考えてたから」
「俺も、ずっとエルのこと考えてた」
部屋のドアが閉まると同時に抱きしめてくれた男の腕の中で、大人しく抱かれながらライトニングが言う。
「ごめん…。隠してて」
「謝んな。エルは悪くない」
「みんな呆れてたでしょ。口で言い返せなくなって一発殴って逃げるとか…ホント……子供みたいよね」
「ホントに良かったのか? 殴る程度で。俺だったら…」
ライトニングの声が男の声に重なった。
「狙い撃つ」
二人分の小さな笑い声が漏れた。
「そうね。いっそ私もそうすれば良かった」
言って軽く笑いながら抱きしめ返してくれた彼女に少し安心しながら、ベッドに移動した。横並びに腰掛けてから、肩を抱いてやる。
小さな声で、ライトニングが言った。
「…イアンにも、迷惑かけちゃった…。ビックリしたでしょうね。それなのに『何も言わんでいい』って何も訊かずに泣かせてくれて…」
「心配してんのさ。…みんな」
「みんな?」
「あの後、連中に怒ってたぜ。みんな。…ティエリアなんか殴りかかりそうな勢いだったしな」
「ティエリアが?」
思わずライトニングが目を丸くする。
あのティエリアが自分のために腹を立てている様なんて想像できなかった。
「お前がどういう奴か、もうみんな知ってんだ。ならあの様子見りゃわかる。…こりゃよっぽどのことだってな」
「……」
「呆れてる奴なんか一人もいねぇよ。仲間だろ?」
優しい言葉が、一つ一つ彼女に降り注いでいた。
考えもしなかった。みんなが…。
「優しいね…。みんな」
静かに呟くと、ロックオンが回した腕でそっとライトニングの頭を抱きこむようにして自分の顔に近づけてから、言った。
「ようやく気付いたか?」
しばらく目を丸くしていたライトニングが、そっと苦笑して頷いた。
そのまましばらく髪を撫でてやっていたら、ライトニングが小さな声で言った。
「ニール」
「どうした?」
「…抱いてもらっていい?」
「………」
流石に驚いてライトニングの顔を凝視してしまったロックオンに、傷ついた眼で微笑んで、彼女は言った。
「なんか、無性にそういう気分で…ね」
その顔に、全てを悟ったように男は低い声で言った。
「…わかったよ。今夜だけでも、忘れちまえ。全部」
朝になって、現実が戻ってくるまでの間。
せめて、今だけでも。楽にしてやれるなら。