dream

□第十四話-生贄-
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 西暦2295年に極秘裏に行われた政策、通称サクリファイス・エスケープ。
 西暦2291年に起きた、死傷者89名を出した刑務所での大規模な暴動を受け、政府が打ち出した対策。
「…が、あったっていう、都市伝説…ねぇ。巷では結構有名な話みたいだけど…」
 小声でスメラギが端末を操作しながら話す。薄暗い部屋で、その様子を四人の男性マイスターが眺めていた。要するに、みんな先程の出来事が気になってしまったのである。
 トリニティの撤収後、ブリーフィングルームのスクリーンを使い、全員で情報を調べていた。
 刹那が小声で言った。
「都市伝説…」
 ロックオンが同じく小声で説明する。
「平たく言や、噂話だな」
 ティエリアが訊いた。
「その政策を立てた勢力や国の情報は?」
 スメラギが端末を操作しながら答える。
「…AEUだという話もあれば、人革連だという話もあるわ。まさしく都市伝説ね」
「スメラギさん、その政策ってどんな内容なんですか?」
 アレルヤの言葉に全員が静まり返ってスメラギの返答を待つ。
 しばらくしてから、スメラギが震える声で言った。
「…これは…。…一度しか言わないから……よく聞いて」
 暴動防止のための、死刑囚のストレス発散、性欲の捌け口として、経営困難に陥った私設孤児院から見た目の良い12歳以上の少女を買い取った。彼女たちに与えられた名称が、サクリファイス。
 政策は西暦2295年から約四年間にかけて実施され、その間に実に300名を超える少女が闇へと消えて行った。その全てが長期にわたる過酷な暴力と性的虐待、及び凌辱に耐えきれず死亡。人知れず山奥に埋められた。たった一名の生き残りを除いて。
 また、彼女たちの代償として孤児院に支払われた額は驚くほど少なく、政策の為に用意された巨額の予算がどこへ消えたかも謎とされており、失踪者が全て身寄りのない少女ということもあって、謎が謎を呼ぶ都市伝説…。結局、犠牲者の正確な人数や身元は全て不明とされている。なお、この政策に関わった刑務所は現在すべて閉鎖されており、関わった孤児院も全て何らかの原因で閉鎖されているらしい。
 当然だが、ユニオン、AEU、人革連のすべての陣営がこの都市伝説の真偽に関して、完全に否定している。
 スメラギの話が終わっても、誰も何も言わなかった。
 口の中が…妙に乾いて。
 刹那が口を開いた。
「サクリファイス・エスケープ。これは、都市伝説などではなく…」
 震える声でアレルヤが続けた。
「…実際にあった話」
 ティエリアが目を閉じたまま、しかし淡々と言った。
「そう考えるのが妥当だろうな」
 上ずった声で、ロックオンがなんとか口を開いた。
「……嘘だろ…? おい…」
 スメラギが、辛そうに閉じた瞳を開いて、言った。
「そう。これは嘘でも都市伝説でもない。何故なら…これが実話であるという証拠が…生きた証人が私たちのすぐそばにいる」
 刹那が、重くその名を口にした。
「ライトニング・ランサー」
「トリニティの話が本当なら…そういうことになるわね。と、いいたいところだけど、ライトの反応を見る限り…おそらく」
 信じたくはないが…と、スメラギの顔が告げていた。刹那が訊いた。
「スメラギ・李・ノリエガ。その政策を現実に実行した勢力、国、組織を割り出すことはできないのか?」
「おそらく…解体されてもう何も残っていないでしょうね。十年近く経った今からでは、割り出すことも…不可能に近いわ…」
「そいつらは、まだ生きているのか?」
 刹那の声から静かな怒りを感じながら、スメラギはそれでも淡々と話した。
「囚人たちはともかく、実際に政策を立てた人間は確かにまだ生きている可能性が高い。けれど、証拠が…ないわ…」
「…仇をとることも…できないのか」
 俯いて黙ってしまった刹那に代わるように、アレルヤが歪んだ顔で呟いた。
「これが…これこそが悪意に満ちた世界…」
 その世界に捧げられた、生贄たち。
「人は…これほどまでに醜悪になれるものなのか」
 目を伏せたティエリアがつぶやき終わるとほぼ同時にロックオンが片手で横の壁を殴った。
「これが…ッ、人間のすることかよ…ッ!」
 普段朗々と話す彼の、喉から絞り出すような声が痛々しい。
 スメラギが、努めて普通に話を続けた。
「それでもまだ疑問が残るわ。この情報は一体どこから来たの? 犠牲者は全員身寄りのない少女。加害者が本当に政府規模なら漏らすはずがないし…」
「この情報が本当なら当時の関係者の誰かがリークしたとしか考えられない。しかし…一体誰が…」
 顎に軽く片手を当てて話すティエリアの背後で、アレルヤが言った。
「そんなことよりも、今の僕たちには気にしなきゃいけないことがある」
 ライトニングにどんな顔をして会えばいいのか…。苦い顔でロックオンが呟いた。
「下手に触ンねぇ方がいい。普通にしてろ」
 スメラギが、軽く頷いた。
「そうね。今から、この場にいる全員にこの件に関して箝口令を敷きます。決して、他のクルーには口外しないこと。いいわね? フェルト」
 最後の一言だけは、部屋の外にいたフェルトに対してだった。
 慌ててドアの影を確認したアレルヤが苦々しく呟く。
「フェルト…」
 泣いていた。透明な滴を微重力に散らしながら。
「…ごめんなさい……。立ち聞きするつもりじゃ…」
 フェルトがゆっくりと崩れるように膝を折り、うずくまって顔を伏せた。立ち尽くすアレルヤの背後からロックオンが出てきてそっと頭を撫でてやる。
「ロックオン…どうして…」
「ん?」
 泣きながら話すフェルトの肩を抱いて髪を撫でながら、ロックオンができるだけ優しく聞いてやると、顔を上げて彼女は言った。

「…ライトはどうしていつも笑ってるの?」

 返す言葉が…見つからなかった。
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