dream

□第十二話-千夜一夜-
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 ベッドの灯りが、真っ暗な部屋の中でほのかに互いの顔を照らしていた。
「…気分は、落ち着いた?」
 ベッドに寝たまま、小さく笑うライトニングにベッドに腰掛けたロックオンが落ち着いた表情で返した。
「ああ。…さんきゅ」
 楽しそうな笑顔でライトニングが笑う。
「なんか、お礼言われると身体売った気がするわね」
 男がつられるように同じような顔で笑った。
「いくら金積んだって心までは買えねぇよ」
 くすくす笑いながら、ライトニングが呟く。
「タダで私の心まで持っていくとは…おぬしもわるよのぅ…」
「いえいえ。お代官様ほどでは…」
 言って笑いあった後に、ベッドに入ってロックオンが苦笑する。
「しっかしお前…あんだけ鈍かったからてっきり…」
 てっきり未経験者だと思ってかなり気を使ったのだが。
 穏やかな顔で綺麗に微笑んで、しかし彼女ははっきりと言った。
「…前の時は、無理矢理だったから……」
「エルミナ…ッ?」
 思わずライトニングの顔を凝視して、その顔がまったく傷ついた色を浮かべていないことに更に驚きながら、それでも男は心の底から自身の軽はずみな言動を謝罪した。
「悪かった」
 どうしてだろう。
 こんなにたくさん笑って、笑って、笑い合いながら二人でいるのに。
 どうしようもなく切なくなる瞬間がそこかしこにあって。
「…私も…辛い思い出には事欠かないから…」
 淋しそうに笑うライトニングを抱きしめて、髪に軽くキスしながら回した腕で頭を撫でる。
 本当なら…こんな話をされたら絶対に幸せにしてやろうとか…考えるものなのだろうけど。
 そんな資格はとっくに自分も彼女も手放してしまっていて。
 人並みの幸せなんてもう絶対に有り得ないのはわかっていた。
 それでも。せめて。
 今この瞬間をいつか思い出すことがあれば。
 幸せだったと思わせてやりたい。
 自分たちにまだ、それが許される時間が残っているうちに。
 罪を背負った人間でも、幸せな思い出の一つや二つくらい…作ったって許されるだろうから。
「いいさ。今までにどんなことがあったって。エルは今ここにいる」
「ニール…」
 儚い光に映し出されて壁に浮かぶ二人の影は…どことなく薄かった。





「…さて、と」
 気持ちのいい午前の風が吹く中、車の中でライトニングが小さな本を広げた。
「お前、本当に観光に来たのか」
 スーツケースから出てきた数冊のガイドブックに思わず苦笑が漏れた。
「んふふ。昨日も既にあちこち行ってきたわよん。お土産を買いつつ…」
「はいはい。で? どこに行きたいんだ?」
 ロックオンからしてみれば地元で観光することになってしまうのだが。
「ずばり、地元民のおすすめコースなんてどう?」
 楽しそうにガイドブックをめくりながらそんなことを言い出すライトニングに声を出して笑いながら、車を走らせる。
 適当に有名処を案内してやって、楽しんでいる彼女を眺めながら数歩後ろからついていく。
 中でも、本に載っていないスポットや、観光地ではないがロックオンが密かに気に入っている場所が特に喜ばれた。理由は景色であったり、彼自身の思い入れのある場所であったりと様々だったが、ライトニングは理由も聞かずにそれらの全てをキラキラした眼で見つめていた。
 いつものあの笑顔と共に。
 小高い場所から、座って嬉しそうに海を眺めている彼女の隣にそっと座る。
「元気だな、ホント」
 彼女の方を見ずに小さく笑って呟くと、ライトニングも海を眺めたまま返した。
「生きてるからね」
 不思議な返答だった。
 でも、なぜか納得してしまって男はつぶやいた。
「なるほど」
「それに…」
「ん?」
「自分が元気だと、世界も違って見える」
「世界…」
 思わず繰り返してしまった男に、彼女は笑顔で話した。
「そ。こうしているとね。空も風も草も、いつもと全然違って見える。本当は…世界がどう変わるかはいつも自分次第なのかもね」
 それは彼らが普段口にしている世界とは全く違う意味であり、自意識の中から見ただけの世界でしかなかったが、ある意味では真理だった。
「わかってるさ。俺たちだって世界の一部だ」
「…変わらないとね。私たちも」
 変われそうな、気がした。彼女といると。
 十年以上も前にこの地でずっと止まったままだった自分の時間が、動かせそうな気がした。
「エル…」
 抱きしめて口づけた瞬間、草が風に舞う。

 生まれて初めて、生きている女に出会ったと思った。
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