dream
□第十二話-千夜一夜-
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夜の街で、男性と女性が話をしていた。
「さっきの店で斜め前に座ってた二人見た?」
「見た見た。すっごい美人だったよね〜…。男の人もなんかこう…普通じゃない感じ?」
「ふつーじゃないって…もしかして女優とかッ?! 男は覚えてねぇや。ホントすっげー美人だったよなぁ…」
「アンタ女の方しか見てなかったんかいッ。でもなんかああいう人たちってアブナそう…」
「はぁ? どう見ても普通のカップルかなんかだろ?」
「うーん…なんかこう、オーラがさ。実はマフィアとかやってそうな感じ?」
「映画の観すぎだって…。でもまぁ確かになんか…」
「ん?」
「あんまり長生きしそうにねぇよな。ああいう人たちって」
「良かったね。私たち凡人で」
笑い声が、夜の街の喧騒に溶けて消えていく。
ここは、沢山の人たちが夜を過ごす街。
「ちょっと、おにーさん。手が早すぎるんじゃないの?」
高層階のホテルの一室でライトニングが笑う。
「勘違いすんなって。ここは俺の部屋。ちゃんとお前の部屋、別に頼んどいたよ」
ルームキーを二枚見せながらロックオンが苦笑する。
シングルにしては部屋もベッドも広すぎて、豪華すぎるから勘違いされるんだと笑うライトニングに、酒瓶をあけながら顔を見られないように苦笑する。
誰の為にこんなでかい部屋にしたと思っているのか。
「こうして見ていると…こんなに綺麗なのに、ね」
壁とほとんど同じくらいのサイズの大きな窓から、下界を見下ろしてライトニングが呟く。
見上げれば宙、見下ろせば夜景。
そのどちらも、輝いていた。
「見た目だけは、な」
複雑そうな顔で呟いたロックオンに、満面笑顔でベッドに腰掛けてから女は言った。
「それにしても、夕飯代を私が出して、あなたがここの宿泊費じゃ、おごってあげたことにならないよね。…あとで、半分だすわ」
男が軽く笑いながら言った。
「それじゃ俺の立場がねぇだろ? この前の話がなきゃ全部俺が出してたさ」
「…ダメだって。そういうの」
「ん?」
「君に、おごってもらう理由がない」
穏やかで真っ直ぐな眼が、ロックオンを見つめていた。
「…俺にはある」
無表情に言った男に、ライトニングが小首をかしげる。
「どんな?」
この男には、借りはたくさんあっても貸しを作った覚えはあまりないのだが。
ベッドの上から窓の外を眺めていたライトニングの横に無造作に腰かけて、男は流れるような動作で女の顎に軽く指をかけて上を向かせると、有無を言わさず口づけた。
「……ッ!!」
あまりにその動作が早すぎて、目を丸くしていたライトニングがやっとの思いで顔を離して口元に手を当てながら言った。
「な…ッ、なんで…?」
顔を真っ赤にして困惑しているライトニングに、思わず苦笑して男は言った。
「やっぱ気づいてなかったか…。鈍そうだとは思ってたけど」
「…冗談よね?」
声が、震えているのがわかる。
「冗談でキスするほど遊んでねぇよ」
「冗談じゃなかったら…本気になっちゃうでしょうがッ!」
ロックオンの方を見ようとしないライトニングに、真剣な声が飛んだ。
「こっち向けよ」
ロックオンの手に、カードキーがあった。
彼は続けた。
「俺を一発殴って出ていきたいなら、止めねぇよ。…今ならな」
「…ちょっと…ずるいんじゃない?」
ライトニングに、決してこの男への好意がなかったわけではなかった。
そもそも今日のような状況に対して警戒心なく二人きりになれるのは、ロックオンへの好意と信頼があればこそだ。
ただ…彼女は男性と付き合った経験は未だ一度もなかった。
困惑した顔で自分を見つめている彼女に、ロックオンが視線を伏せて小さく笑った。
「…確かにずるいよな。悪かった」
虚空を見つめる眼が、今まで見た中でも一番淋しそうで。
どうしてこんなにも…みんなみんな、淋しいのか。だからずるいというのに。
震える心を叱咤して、ライトニングはそっと立った。
ベッドに腰掛けているロックオンの上半身をそっと抱きしめる。回した腕で、驚いて目を丸くしている男の髪に指を入れて撫でてやりながら、ライトニングが耳元で言った。
「ほんっとにもう…そんな顔されたら…殴れないじゃない?」
「……ッ」
言葉が出ない。ライトニングの身体が、本当に暖かくて。
思わず抱きしめ返してもう一度口づける。
今度は、拒絶はされなかった。
そのままベッドに押し倒すと、苦く笑っている彼女の瞳が、自分を見上げていた。
「いいのか?」
上にかぶさってもう一度訊いてしまった男に、ライトニングが目をそらさずに言った。
「…私も」
「?」
「ニールの傍にいたい」
その言葉に心底感謝しながら、自分の下にいるライトニングを強く抱きしめて、男はつぶやいた。
「エルミナ…愛してる」