dream

□第九話-超人機関-
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 安っぽい蛍光灯が目にちらつく。
 苦しそうな小さな声が、断続的に上がっていた。火傷と傷だらけになった小さな体が跳ねる。
「…ぁ…ぅあ…ッ、…ひ…ぁ…」
 視界に入るのは楽しそうに笑う大勢の男性。
 自分の身体がどうなっているのか、もうわからなかった。
 ただとにかく苦しくて。
「た…けて……痛い…ょ…」
 必死に伸ばそうとした腕ですら、もう持ち上げるだけの力は残っていなかった。

「…兄……さん」

 何度も流した涙が、小さな顔の横を伝って落ちた。





「うーん…やっぱりまったく覚えがないなぁ…」
 ミッションプランに載っていた超人機関の研究所内を走りながら、ライトニングは呑気に呟いた。
 パイロット上がりとはいえ、一応は軍人である。白兵戦の訓練も一通りはこなしている。
 ここにきてから、頭の中が妙にざわついていた。誰もいない通路を走っているのに、人混みの中にいるような…。
 壁沿いに隠れて走りながら、出会った職員を全て撃ち殺し、奥へ進んでいく。
 殺した職員の白衣からパスコードを抜いてドアのロックをあけ、そのままカードを中の端末に挿して認証させた。
「こんなパスワードはちょちょいのちょいってね」
 とにかく急がないと。キュリオスは足が速い。ミッションの開始時間が迫っていた。
 流石にキュリオスが来る前に撤収しないと、自分がアレルヤに撃ち殺されたのでは、アレルヤが不憫すぎるというものだ。
「これか…被験体データ」
 あらかじめ準備してきた自分自身のバイオメトリクスデータを使って検索をかける。
 本当にライトニングがここの被験体だったのなら…ヒットするはずだ。
「…………」
 …あった。
 被験体C-0017。顔写真まで出てきた。
 間違いない。これで…確定。
 覚悟してきたとはいえ、やはりショックだった。だが、今はショックを受けている時間さえ惜しい。
 C-0017の詳細データを検索する。
 C-0017…初期状態での肉体欠損レベルAAA。強化蘇生の施工後、脳量子波施工。術後の脳量子波適合レベルE。
 ただし、C-0002との同調率は極めて良好。
「……C-0002…」
 手が…少しだけ震えていた。
 今度は被験体C-0002で検索をかける。
 データを一通り読んで、顔写真を確認する。
「…そうか…やっぱり…。……? …これは…」
 ヒットした文書の中に、研究レポート以外のものが混じっていた。
「顛末書…?」
 被験体C-0002の起こした脱走事件の全容。死傷者38名。使用されたウイルスによるシステムダウン率は76%。復旧に要した日数は125日という、研究施設始まって以来の大惨事。概要は…。
 ライトニングのほぼ予想通りの内容がそこには記載されていた。
 それはライトニングがどうやっても思い出せなかった一年間のうちの半分程度の記憶。
 どうやら、彼女がここにいたのはわずか半年程度のことだったらしい。
「……ぅ…ぁ」
「ん…ッ?」
 反射的に銃を構える。声が、聞こえたような気がした。
 この部屋にいた職員は全て殺したと思っていたが。手元が狂ったのだろうか。当たり所が悪くてまだ息があるのなら、とどめを刺してやらないと流石に相手が悪党でも気の毒だ。
 端末のデータを持ってきた外部メモリにコピーしながら、声を確認しに行く。
 声のする方向は奥だった。慎重に覗いてみると、奥の椅子に、コードでつながれた女の子が座っていた。
 …というより、拘束されていた。
「……ッ!! よりによって…」
 こういうものだけは目にしたくなかったのに。きつく目を閉じてから、力いっぱい目の前の女の子を睨み、額に狙いをつけて、銃を構える。
「……」
 大丈夫。外さない。一発で楽に…。
「…お姉ちゃん……た…けて」
 この子は…かつての自分だ。
「……ッ!!!!」
「……苦し…ぃ」
 喋るなッ!! 頼むからッ!!!
 内心叫んでみてももうどうにもならない。
 もう彼女は歪んだ顔で完全にこちらを見ていた。
 …無理だ。
 流石のライトニングにも身動きの取れない少女を撃ち殺すことはできなかった。
「……どうせ…あと少ししか生きられないけれど…ね」
 苦く呟いて銃を降ろし、拘束を解いてやる。
 どうせこの場で殺さないなら、あとで死ぬまでのわずかな時間、機械に繋がれて苦しむより、少しでも楽にしてやった方がいい。
 床に転がって荒い呼吸を繰り返す少女の背中をさすってやる。
 まったく…この時間のない時に一体何をしているのだろう。
「ありがとう。お姉ちゃん」
「あ……」
 笑った。
 ライトニングの顔を見上げて。
 なんだ? 先程まで銃を向けていた相手だということは…。わかっていなかったのかもしれない。あの時は苦痛でいっぱいいっぱいだったのかも…。いつもの笑顔でライトニングは優しく訊いた。
「…お名前は?」
 せっかくだ。覚えておこう。自分たちCBが殺した、小さな命の名前を。
「わからないの…」
 小さく首を横に振った少女がこちらを見上げて続けた。
「お姉ちゃんは?」
「ライトニング・ランサー。ライトでいいよ」
「ライト…。わたし…は」
 そのまま沈黙してしまった少女に、ライトニングが小さく口を開いた。
「…エルミナ」
「え?」
「エルミナ・ニエット。名前が欲しいならその名前を使ってもいいよ。大していい名前でもないけれど、何もないよりはましでしょ?」
「うんッ!」
 嬉しそうに笑う少女に苦笑する。
 …一体…私は一体何をしているんだろう。
 この子は…過去の自分ではない。
 それなのに。
「………ッ」
 バタバタと廊下を走る足音が聞こえた。
 とっさに立ち上がり、コピーが終了した端末から素早くメモリを抜いて、ドア越しに銃を構える。もう少女のことは、意識の中にはなかった。
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