dream

□第八話-超兵-
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 シャワーを浴びて服を着替え、髪を乾かしながら鏡を見る。
 ライトニング自身、自分が兵器として改造されているという事実にまったくショックを受けなかったわけではなかった。
 アレルヤの前では口が裂けてもそんなことは言えないし、あの子の前ではずっと笑顔でいたいだけだった。
 この身体は…一体どこまで弄られているのか。きっと…彼女の記憶が正しければ、もうほとんど。
 脳も弄られているのだとしたら、自分の考えは一体どこまでが自分の考えと言えるのか。
「兄さん…」
 鏡の中の自分の顔に双子の兄の面影を感じて、泣き出しそうな顔で一人つぶやいた時だった。
 部屋のドアがノックされたのは。
 慌てて目元をぬぐって、スパッと両手で頬を叩く。しっかりしろ…と、自分を叱咤して、ドアを開けた。
「はいはい誰〜? こんな時間に夜這いなんて…」
 スーちゃんだろうか? なんて思いながら明るい笑顔でドアを開けると、呆れた顔のロックオンが立っていた。
「お前、またそんな顔して…」
 こんな時。笑顔の通じない男はたちが悪い。泣く寸前だったのも…きっとバレた。





「言っときますけど、シャワー上がりなだけだからね?」
 男は軽く苦笑して流した。
「はいはい。何も見てないぜ」
 笑っているロックオンに、ムスッとした顔でグラスに氷を乱暴に入れるライトニング。スメラギかこの男と二人の時はもう毎回酒を入れるのが常になっていた。紅茶はフェルトかアレルヤの為にあるようなものだ。
「スーちゃんは?」
「部屋にこもってしこたま呑んでるよ。…相当こたえたんだろ。今回の一件はな」
「……」
「いつものことだけどな。ミス・スメラギが山ほど酒を呑むのも、ティエリアが怒ってるのも。みんな、強がってんのさ。お前がずっと笑ってんのと同じようにな」
 しばらく黙って酒を入れて、グラスをロックオンに渡しながらライトニングは言った。
「ロックオンは…」
「ん〜?」
「ロックオンはどうしてそんなことがわかるの?」
 何も考えずに、口をついて出た言葉だった。
 苦笑して、グラスを軽く当てながら酒を口につけて、男はつぶやいた。
「…きっついな。お前これ、水で割った方がよくないか?」
 無言で水差しに飲用の水を入れ始めたライトニングの背中に言ってやる。
「アレルヤと何かあったのか?」
「……」
「お前と部屋で話した後、酷ぇ顔してたぜ。あいつも」
「…別に〜。悩み相談されそうになったから、『自分で考えなさい』って追い出しちゃっただけよん」
「そりゃまた随分、お前さんにしちゃ突き放した物言いだな。…アレルヤの為か?」
 水を渡しながら、ライトニングは苦笑した。
「…ただ単に自分が逃げただけだよ」
 珍しく相当こたえているらしいライトニングの顔を見て、ロックオンは出来るだけ優しい声で訊いた。
「何があった?」
「君ってさ…」
「ん?」
 ベッドに腰掛けているロックオンの横に二人分くらい隙間を開けて座る。ロックオンの方を見ず手元の冷たいグラスを額に押し当ててライトニングは言った。
「優しいよね。傷口にしみるんだよ…そうやって優しくされると…」
 自嘲するような笑った顔に、ロックオンは苦笑した。
「ほんっと…素直じゃないねぇ。たまには手放しで甘えてくれたっていいんだぜ?」
「冗談じゃないよ」
「だろうな」
 本当に冗談じゃないと思う。
 今までだってすでにこの男の優しさに散々甘えてきたのに、これ以上甘えたら自分の立場がない。
「ごめんね…馬鹿で」
「わかってんならちっとは素直になれ。じゃなきゃ、俺がみじめだろうが」
「……ッ!」
 ハッと横を見たライトニングの目に、淋しそうな表情の男がうつる。
「ロックオン」
 思わず声に出して呼んでしまってから、少し目を伏せた。
 彼だって…彼だって同じなのだ。
 この男でさえ、淋しい。
 そう思ったら、自然と言葉が出た。
「前にね…話した私の兄さん、覚えてる?」
 ロックオンは少しだけ笑った。
「得意技は機械いじりとクラッキング。甘党でピーマン嫌い。ノリが良くて都合の悪いことは笑ってごまかすタイプ…だろ?」
 ちゃんと覚えてるぜ。と、書いてある顔にくすっとつられるように笑ってから、ライトニングが返した。
「兄さんと私は、双子だったんだ」
「へぇ…」
 思わず明るい顔で嬉しそうに相槌を打ってくれたロックオンの表情の意味には気づかず、笑顔でライトニングは続けた。
「子供の頃はすっごく良く似ててさ、服とか交換すると誰も気づかないの。失礼だと思わない? 私、女の子なのに」
 肩を震わせて笑うロックオンの手元で、グラスの中の氷がカランと気持ちのいい音を立てた。
「お前それ、兄さんの方がよっぽどショックだったと思うぜ?」
「あッ! そうか。そうかも…」
 目を点にするライトニングに楽しそうな笑い声が響いた。しばらくしてから、ライトニングが続ける。
「できた人だった…。子供のころからずっと。兄さん、いつも私の為に何でも譲ってくれてばかりで。その癖成績だけは絶対譲ってくれないの。いつも自分の方が上でさ。それでよく私が拗ねて喧嘩したけど…ホントは大好きだった」
「ライト……」
「その頃から素直じゃなかったのよ…私。それでも兄さんとはいつでもずっと一緒にいたんだ。親が早くに死んじゃったからかなぁ…。私には兄さんしかいなかった。だから…兄さんがいつも私の為に犠牲になってばかりなのがすごく辛かったし、嫌だった。そんなこと…して欲しくなかった。普通の兄妹ならともかく、私たち同じ歳だったのに…ッ」
「………」
 耳が痛ぇ…。胸中呟いて、ロックオンが苦い表情を隠す様に片手で顔を覆って目を閉じた。本当に痛い。どこが痛いって、心が痛い。何かが無数に突き刺さっているかのようだ。
 ロックオンに多大な精神ダメージを与えていることに全く気付かないまま、ライトニングがそっと言った。
「私が人生で一番辛かったとき…兄さんはずっとそばにいてくれたの。笑顔で傍にいてくれた。辛すぎて口もきけなかった私に、ずっと明るく笑って話しかけてくれた。だから私も…ずっと笑顔でいるの。兄さんが私を元気にしてくれたみたいに、私も誰かを元気にしたいから」
 真剣な顔で語るライトニングに、ロックオンはしみじみとつぶやいた。
「強ぇな…お前は。本当に強い。エルミナ…。俺はお前を元気にしたくてここにきてるつもりが…元気にしてもらってンのは俺の方だったらしい。…笑っちまうな」
 彼がライトニングの本名を口にしたのは、二度目だった。フッと笑ってライトニングが口を開く。
「充分元気にしてくれたよ。あなたが…ニール・ディランディとして私のところへ来てくれることが…嬉しい」
「エルミナ…」
「まさかその名前でまた呼んでもらえるとは…ね」
「また、ここに来てもいいか? ニールとして」
 珍しく余裕のない真剣な表情の男に、珍しく素直な柔らかい笑顔で女は微笑んだ。
「来てくれるなら。今度は、あなたの話を聞かせて。ニール・ディランディ」
「俺は…」

 その続きは、結局その夜は口には出せなかった。
 その夜、君が好きだと叫んで抱きしめていたら、あんなことにはならなかったのだろうか。
 後日、ニール・ディランディがどれほどこの夜を悔いたか。

 ライトニング・ランサーがCBから姿を消したのは、その三日後のことだった。





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