dream

□第八話-超兵-
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 その痛みは、いつもの頭痛と似てはいた。
「な…何…ッ?」
 似てはいたが、何か違和感が。
「あの時の海岸で倒れたときに…似ている」
 痛む頭の中に、極々かすかに別の誰かの意識があった。
 でもこれはあの時の意識ではない。
 この凄まじい殺意と狂気は。
「…アレルヤ?」
 違う。本当に極々わずかしか感じ取れないが、これはアレルヤではない。
 痛む頭を抑えながら交戦を続ける。
 一体誰なのか。呼びかけても返事はない。
「この人…」
 アレルヤに似ている。けど、違う。
「くぅ…ッ」
『ライト、大丈夫か?』
 様子がおかしいことに気づいたデュナメスから通信が入った。
「平気…ッ」
 頭の痛みは治まりつつあった。





 敵が撤退し、キュリオスとヴァーチェ…否、ナドレを回収して、彼らはなんとか事なきを得た。
 ブリッジで怒鳴るティエリアの話を適当に聞き流して、ライトニングはそっとブリッジを後にした。
 まだ少し頭が痛い。
 メディカルルームでいつもの頭痛薬をもらった。
 ライトニングの脳に蘇るのは、あの時感じた殺意と…狂気。あれはまるで…人殺しを楽しんでいるかのような。
「ライト…」
 メディカルルームを出たところで、叱られる前の子供のような顔をしたアレルヤと出会った。
「…少し、アレルヤが話していたことの意味が分かったような気がする」
「……」
「あれが…脳量子波…か」
 重く言った後、いつもの軽い笑顔でライトニングは続けた。
「部屋に来るかい? この前買い込んだお菓子、まだ残ってるし」
 ほんの少しだけ、笑って彼は頷いた。





「要するに、超兵が人革さんのMS隊の中にいたってこと?」
 ベッドに腰掛けてサラっと話すライトニングに、テーブルの椅子に座ったアレルヤが苦笑する。
「相変わらずドライな物言いですね。まぁ…そういうことに…なります」
「でもヴェーダの情報だと超人機関の研究施設はとっくに閉鎖されて、研究自体、倫理に反するとかで中止になったんじゃなかったっけ?」
「水面下で続けられている…ということだと思います。実際、公にされていた施設の場所などは僕の知っている情報とは違いますし、まだ特定されていないんだと思います」
 紅茶をいれながら、ライトニングが淡々と返した。
「なるほどねぇ…。それで、ついに研究成果を実戦投入してきたってわけか。…やってくれるじゃないか」
 入れてもらった紅茶を受け取りながら、アレルヤは無表情のライトニングをそっと見た。
 この人の怒っている顔は、珍しい。
「もしこのまま放っておけば、次々と超兵が実戦に投入されることに…なります」
 暗い表情で語るアレルヤに、ライトニングは短く答えた。
「で?」
「……だから…僕は」
 言葉を見失ってしまったアレルヤに、ゆっくりと紅茶に口をつけてからライトニングは言った。
「この前の戦闘の時。頭痛と一緒に誰かの強い感情が伝わってきた。アレルヤのような、アレルヤじゃないような。今までそんなことがあっても私の妄想か思い過ごしなんだと思ってた。けれど、ひょっとするとこれが前に君が話していた脳量子波ってことなのかなって思って…さ。もしそうならあれは、本当に誰かがあの瞬間に持っていた感情…。あれは…もしかしてヴェーダのデータベースに載っていたアレルヤの…」
 独り言のようにぽつぽつ呟いていたライトニングに、アレルヤが静かに告げた。
「…ハレルヤです。僕の…もう一人の人格」
「そう…か。前に話してくれた超人機関での…」
「はい…」
 沈んだ表情のアレルヤに、ライトニングは穏やかな表情で訊いた。
「そのハレルヤは、叩けって言ってるんじゃない? 超人機関を。そこにいる被験体の子たちもろとも」
「ええ。僕は…どうしたら……」
 苦しそうな表情でうつむいているアレルヤをしばらく眺めた後、ライトニングは無表情に言い切った。
「自分で考えなさい」
 弾かれたように顔を上げたアレルヤに、ライトニングは続けた。
「ハレルヤの言ってることは理屈は通っているよ。仮に人革連の超人機関をリークして潰し、他の勢力に頼ってその子たちを助け出したところで…利用される。ユニオンに。AEUに。兵器として戦場に送り込まれ、戦火が拡大する。それは、戦争を幇助する行為よ」
「彼らを…保護することは…」
 アレルヤの声が震えていた。凛とした声でライトニングが言い切る。
「私たちには無理ね。それとも、CBの構成員として育てる? その子たちを」
 結局、人革連かユニオンかAEUかCBか。
 組織は違えどやることは同じである。
 アレルヤが悲しそうに叫んだ。
「何故…なんだ…ッ。ただ…普通に生きていきたいだけなのに…僕らは…。兵器だから、それが許されないのか…ッ」
「アレルヤ」
「………」
「私は兵器だから米軍にいたわけじゃない」
「…ッ!」
 驚いてライトニングを凝視するアレルヤに、ライトニングは続けた。
「そして、兵器としてCBにいるわけでもない。もちろん、君に話を聞くまで知らなかったからなんだろうけれど。それでも私は自分の意志で戦っている。あそこにいる子たちは、確かに普通の子供とは違う。兵器かもしれない。けど、そこに意思はないのかい? 私はアレルヤを見ていて…そうは思えない」
「ライト…」
 そこまで真顔で語ったかと思うと、急にいつもの笑顔に戻ってライトニングは言った。
「はーい。お姉さんからのヒントはここまでッ! あとは自分で考えなさーい」
 あまりの急激な変化に驚いてアレルヤの声がひっくり返った。
「ちょ…ッ。ライト、実はあなたも二重人格だったり…」
「しませんッ! ほらほら、しっかり考えなさいって。時間はあるんだから」
 礼を言ってアレルヤが部屋から出ようとした時、ライトニングは言った。
「辛いかもしれないけど、よく考えて。正しいと思うことを、思うようにやってみなさい。自分の意志で、ね」
 閉まった扉を前に、アレルヤがその言葉を反芻する。
 正しいこと…。
 子供たちが生き残れば、大量の超兵が様々な陣営で戦場に出てくる。近い将来、確実に。
 ならば、すべて殺せばそれが正しいのか?
 戦争を幇助する存在を武力によって消し去る。それが…。
「それが…ソレスタルビーイング…」
 弱弱しい声が、誰もいない廊下にこだました。
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