dream

□第七話-アレルヤ・ハプティズム-
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 アレルヤの長い話が終わった。
 しばらくの間、二人とも何も言わなかった。
 何も言えなかった。
 ライトニングが飲み物の追加をオーダーしてくれて、ようやくアレルヤは自分の喉がカラカラになっていることに気づいた。理由は、長く話していたからというだけではないだろう。
 温かい飲み物を喉に通して、少ししてからライトニングは言った。
「…なんて言うか、正直アレルヤ以外の人が話したことだったら、信じなかったと思う」
「そうでしょうね…」
 ぽつりぽつりとライトニングが言葉を選びながら話し始めた。
「…私もね、おかしいと思ったことがなかったわけじゃないの。自分の身体能力とか、米軍に入った時に初めて受けたはずのパイロット訓練が何故か妙にしっくりきたのも。何の苦労もなくどんどん技術が自分の中に入ってきたのも。機体に乗っていると…どんどん自分の中の回転数みたいなのが速くなっていって、飛んでいる他の人たちの意識が見えるような気がして…。何か、自分が他の人とは違うって感じてきた」
「ライトニング…。すみません…僕は」
「私が訊いたんだから、謝らないの。それにね。私は自分が他の人と違うことを嫌だと思ったことなんて一度もなかった。むしろ、楽しかったわよん? 周りの男の人を模擬戦でどんどん撃ち落としたり、稀代のエースとか呼ばれちゃったり。あの時だって、身体が頑丈だったおかげで一人だけ助かったし。私って天才ーーっていつも思ってた」
 救われたように少しだけ笑いながら、アレルヤは言った。
「ライトニングらしいというか。でも…僕らにはそういう生き方も…あったんですね」
 まさか超兵であることを活かして軍で活躍する人がいるとは思わなかった。しかし、苦笑しながらライトニングは言った。
「うーん。どうかしらね。何も覚えてなかったからこそ。かもしれないよ? アレルヤは色々辛かったでしょうし、納得できないことも沢山あったでしょう? その頃も、施設を出てからも…」
「……ライトニング…」
 カップの中をゆっくりと飲み干してから、彼女は言った。
「ありがと。きついことを話してくれて。でもお姉さんはそんなことくらいじゃショックを受けたりしないから、心配しなくて大丈夫よん」
 いつもの満面笑顔で言い放つライトニングの顔に、心の底から救われたような気持ちになった。そもそもこんな話、真っ向から拒絶されてもおかしくはなかった。たとえ信じたとしても、過去に自分が兵士として改造されていたなんて話を聞けば、どれほど傷つくか。そんな風に思っていた自分が、いっそ笑えてくるほど。
 信じてくれたことも、その上で全て受け入れてもらえたことも、それでも笑って生きていけることを見せてくれたことにも、感謝したい気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう」
「んふふ。私もアレルヤに感謝しないとね。CBに来て…あなたに会えてよかった。でないと私…何も知らないままだった」
 透明な笑顔で、彼女は続けた。
「アレルヤがいてくれて、良かった」
 それは、彼が一番欲しかった言葉だった。
 人を殺すために改造されたこの身体と、そうして生まれた分身と、彼が今まで殺してきた命と、それでもまだ生きている彼自身と、その存在を…。
「僕も…あなたに会えてよかった」
 言葉にできたのは、たったそれだけ。






 キュリオスが、夕焼けの空を飛ぶ。
「それにしても、どうするんですか? この荷物」
 私服のままコックピットに座ったアレルヤが苦笑する。
 背後で大量の荷物と一緒にライトニングがコックピットの適当なスペースに収まりながら言った。
「よくぞ訊いてくれましたッ! まず、こっちのお酒はスーちゃんのお土産。あっちの紙袋はクリスちゃんとフェルトちゃん達の分。で、そっちの袋に入ってるのがリヒティくんと、ラっちゃん達ので…」
「はいはい。少し揺れますよ」
「わわわ、ちょっとまっ…」
 グラッと機体が傾いてガサッと崩れてきた荷物に埋まるライトニング。
 珍しく楽しそうに笑いながらアレルヤがつぶやいた。
「ドンマイ」
 バサッと荷物の中から出てきたライトニングが好戦的な笑顔で叫ぶ。
「コラッ! お姉さんシートベルトしてないんだから、もっと安全運転しなさいッ」
「もっかい揺れますよ。お姉さん」
 ガラガラガラ…。崩れた荷物を抑えながら、ライトニングがむすっとした顔で言った。
「わざとやってるでしょ…」
 いたずらっぽく彼は笑った。
「ちょっと呼んでみたかったんですよ」
「だったら普通に呼べばいいでしょうに! これからもずっとライトお姉様って呼んでくれても…」
 ガゴッ。派手に機体が揺れて今度こそライトニングがキレた。
「アイハブコントロールっと」
 問答無用でアレルヤの横から腕を伸ばして操縦桿を奪うライトニング。
「え? ちょ…それはいくらなんでも危険ですって…ッ! ライト!!」
「お姉様をつけなさい」
「つけません!!」
 不毛な言い合いと、楽しそうな笑い声が、島につくまでずっと狭いコックピット内にこだましていた。
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