dream

□第六話-兄-
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 その後も、地上でのミッションが続いた。
 彼らの武力介入回数は60を超え、AEUとユニオンは、自領土内が攻撃を受けた時のみ軍事行動を起こすことを公表した。
「今頃、ガンダムと戦えなくてうずうずしてるだろうなぁ…彼」
 いつもの島のドック内。
 自室で頬杖をついて呟いたライトニングに、テーブルの対面に座って酒を呑んでいたロックオンが変な顔で訊きかえした。
「彼?」
「そ。米軍にいたころの私の友達」
「ああ…。なるほどね」
 何かを察したように言ってから、彼はそれとなく話題を変えることにした。
「そういや、ライトはなんで米軍に入ったんだ?」
「おぉっと、秘匿義務いはーん」
 茶化すような声に、楽しそうな笑い声が響く。
「俺らはもう今更だって。名前まで言っちまってんのに」
 ロックオンと二人で酒を呑む夜は楽しい。性格が合うから…というのもあるが、お互い他の人には話せないことが話せる間柄になっていたから、というのも理由の一つだった。
 要するに、彼らは秘匿義務違反の共犯者同士だったのである。互いが口を割らなければ秘匿義務違反などそもそも発生したことにすらならない。
「それもそうね。私が米軍に入った理由ねぇ…。んふふ。軍人ってモテると思ったから」
 クツクツと肩を震わせて笑いながら、男は言った。
「まぁ、確かに男所帯だしな。つか、ライトならどこにいてもモテんだろ?」
「うんうん。人気者は辛いねぇ」
 空になったグラスに酒を注いでやりながら低い声でロックオンが訊き直す。
「…で? ホントんとこは?」
「当時十四歳でね…。身寄りとお金がなくてもお世話になれるところが軍隊と刑務所くらいしかなかったのよ」
 淡々と話すライトニングにロックオンが表情を変えずに訊く。
「十四なら孤児院もまだ受け入れてくれる歳だろ?」
「……まぁ、あとは人探しを兼ねて、ね」
「人探し?」
「兄さんを探したかった。結局会えなかったけど」
「………。過去形…」
「…本当は、とっくに死んじゃってるんだと思う」
「ライト…!」
 途端に険しい表情になったロックオンに、慌てて苦笑しながらライトニングが言う。
「いいって。もうあれから何年も経つし。それにね…。あの兄さんが何年も何の連絡もくれないって、ちょっとあり得ないから」
 軽い口調で、しかし笑わずにロックオンは言った。
「淋しいこと言うねぇ…。死んだって決まったわけじゃないんだろ? だったら、勝手に殺してやんなよ。そんくらいの希望があったっていいだろ?」
「……君は?」
「ん?」
「ロックオンの家族は?」
「…ああ。両親と弟と妹。両親と妹はテロで殺された」
「弟さんは?」
 少しだけ笑って、ロックオンは言った。
「生きてるよ。この前両親と妹の墓参りに行ったときに久しぶりに顔見たけど、元気そうだった」
「そっか」
 道理で無差別テロの一件の時の言動が、ライトニングの兄とかぶるわけだ。同じだったのである。…ロックオンも。
 空気を入れ替えるように少し軽い口調でロックオンが唐突に訊いた。
「どんな人なんだ? ライトのお兄さん」
「え? あー…うん…とねぇ、機械いじりは得意だったわよん。あと、クラッキングも得意ね。で、ピーマンが嫌いで、甘いものが好き。ノリはいいけど都合の悪いことは笑ってごまかすタイプで…あれ? ロックオン?」
 気が付くと、ロックオンが腹を抱えてクツクツと笑っていた。
 必死に笑いを収めながら、彼は言った。
「おま……お前、それ…自分の自己紹介じゃねぇか…ッ」
「ちょ…ちょっとちょっと、そんなこと………ある…かもしれない…」
 今度こそ声を出して笑うロックオンに、ライトニングが軽く叫んだ。
「子供の時の話だからッ! 確か最後に会ったのは…」
「ん?」
 そこまで話してから少し無表情で考え込んでしまったライトニングに、ロックオンはしばらく黙って待っていたが、あまりに長いので小さく訊きかえした。
「ライト?」
「…あ、ああ。ごめんなさい。最後に会ったのは多分、十三歳くらいの時だったと…思う」
「多分って…」
 怪訝そうに訊きかえすロックオンに、少し迷った後、ライトニングは小さな声で言った。
「私ね。子供の頃にちょっと…記憶がない期間があって。一年間くらい飛んじゃってるの」
「な…ッ。…記憶喪失…か」
「記憶喪失っていうか…記憶障害とかって言われたけど、その一年くらいの間のことがすっぽり何も思い出せなくて、それより前のことはしっかり覚えてるんだけど、そのあとのことでぽつぽつ思い出せる出来事があるのが一年くらい後になっちゃってて…。兄さんと最後に会ったのも、ちょうどその頃だったと思う。一緒にいたのは…覚えてるんだけど。米軍の話もその頃に聞いた覚えがあるってだけ…」
 ライトニングの声に不安の色が混じっていて、ロックオンはしばらく無言でその顔を眺めていたが、やがて目を伏せて言った。
「…その事、お兄さんは知ってンのか?」
「わからない。その一年の間、私がどういう状態だったのかも…」
「そうか…。だから、ライトは軍にいたんだな…。向こうからも見つけてもらえるように」
 その優しい声に耐えきれずに、いつもの軽い口調に戻ってライトニングが返した。
「まぁ、自分で言うのもなんだけど、米軍では結構有名人だったし、はりきってバンバン名前売りまくってたから。さっきも言ったけど、近くにいたらすぐに気づいてもらえただろうとは思うよ。だぁから、空ぶっちゃったのよねぇ〜…。でも…」
 ん? と顔を上げたロックオンにライトニングはいつもの笑顔で告げた。
「ロックオンの言う通りで、連絡がないってだけで死んでるってのは確かにちょおっと酷いかもね」
「お。信じる気になった?」
「…ちょっとだけ、ね」
 ホント素直じゃねぇなぁ…と、胸中呟きながら、ロックオンは全力で笑った。
 つられるように、彼女も笑っていた。
 別れ際、男は優しい表情で言った。
「会えるといいな。いつか」
「うん…いつか」
 空になったボトルと、グラスが二つ、テーブルの上で儚く光っていた。





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