dream

□第六話-兄-
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「…こうなることも、計画には予測されていたはず…か」
 一人で海岸に座り込んだライトニングの独り言が、波音に溶けて消える。
「ライトニング、ゲンキダセ! ゲンキダセ!」
 いつの間にか足元に転がっていたハロがいつもの顔でこちらを見つめていた。
「うん。ハロ、私も予想してなかったわけじゃないよ。してなかったわけじゃないけど…改めてはっきり言われると…きついね」
 なるべく考えないようにしていた。
 否、無意識に考えないようにすることで目をそむけていたといった方が正しい。
 このような事態が起きることも計画には予測されていたはずだ…とティエリアははっきり言い切ったが。
 スメラギも、ここまではっきりと被害が出ることを予想していたのだろうか?
 してたん…だろうな。
 胸中呟いて、砂浜を撫でる足元の波を無表情に眺める。
 兄が、このことを知ったらなんて言うだろう。
 義理の両親が亡くなった後、テロを憎く思うよりも、密かに慕っていた育ての親の死がとにかく悲しくて仕方なくて、ライトニングはただただ泣きじゃくるしかなかった。生きているうちに素直に感謝し孝行できなかった馬鹿な自分が、テロより憎かった。そんなライトニングと違い、兄はテロの実行犯を独自に調べていた。
 仇を討つために。
「ロックオン、オコッテタ。オコッテタ」
 そういえば、ロックオンもテロの一報を受けたとき珍しく感情的になっていた。
「なんだか…あの時の兄さんみたいだったな…。ロックオン」
 いや、きっと。さっきの彼はロックオン・ストラトスではなくニール・ディランディだったのだろう。ニールも…テロに恨みでもあるのだろうか。
 正直、ライトニング自身はテロリストに対して兄ほど強く恨みを持つことはなかった。
 恨む気持ちがないわけではなかったが、失った家族への気持ちと過去の自分たちがしてきたことへの強い後悔の方が何倍も大きかったのである。
「ニイサン? ニイサン?」
「…私の兄さんだよ。多分もう死んじゃってるけど」
「ライトニング、サミシイ? サミシイ?」
「ハロ…。何気に君のAIに一体どういう感情回路が搭載されているのか気になって仕方ないんだけど? ちょっと分解させてもらっていいかしら?」
「アーーー! ヤメテ! ヤメテ!」
 逃げようとするハロを捕まえて膝の上に抱きかかえた瞬間だった。
 鋭い痛みが突き刺す様に脳に刺さった。
「………ッ!! つ…ぁッ」
 今までに感じたことのないほどの強い痛みに思わずハロを砂浜の上に取り落して、頭を抑える。
 あまりの痛みに目の前が白くなって、額に汗がにじんだ。
「く…ぅ…」
 助けを呼ぶことも立ち上がることもできずにその場で悶絶しているライトニングの脳に、誰かの声が響く。
『……い………せな…』
「だ……誰…?」
 強烈に痛む頭を支配していく、自分のものではない、別の誰かの強い憎しみ。
 この人は…今。とにかく憎くて憎くて。
「ぁ…う…ッ」
 頭を押さえたまま砂浜に崩れて倒れこむ。
 横向きに倒れこんだまま、頭を押さえて呻く。足が痙攣するように砂を蹴った。
 ハロが自分の名前を何度も呼び続けている声が遠くで聞こえる。
 ダメだ。とにかく頭が痛い。
 もうそれしか考えられなくなっていた。





 ライトニングが気が付くと、さっきの海岸にそのまま倒れていた。
 そして見知った顔が二つ。心配そうに自分を見下ろしていた。
「…ッ!? 気が付いたか?」
「大丈夫ですか…ッ?!」
「あ……」
 ぼんやりした頭でゆっくりと体を起こす。もう頭痛は収まっていた。
 そばにいたロックオンが、ぼんやりしているライトニングの肩を支えてやりながら、低い声で訊く。
「俺がわかるか?」
「…ロックオン……」
 ライトニングの小さな声に、ホッと息をついてアレルヤと顔を見合わせてお互い安堵した表情で笑う。アレルヤがつぶやいた。
「良かった…」
「ハロに感謝しろよ? ったく…」
 だんだんと意識がはっきりしてきて、ライトニングの横で飛び跳ねているハロに目をやる。
「ヨカッタ! ヨカッタ!」
 ロックオンがしみじみと呟いた。
「ハロが呼びに来なきゃどうなってたことか…。そういや、アレルヤは?」
「僕はたまたま通りかかって…」
 苦しい嘘だが、脳量子波のおかげです。とは、口が裂けても言えない。
 アレルヤは続けた。
「頭痛…ですか?」
「ああ…。うん。なんか、こんなに痛くなったの初めてだったからちょっとビックリしたけど、もう平気。ごめんね。二人とも。わざわざ来てもらっちゃって…。ハロも、ありがと」
「ライトニング、ゲンキデタ! ゲンキデタ!」
「うん。もう分解するとか言わない」
 そのやり取りに、思わずロックオンが苦笑する。
「分解ってお前…ハロにそんなこと言ったのか」
「や、それはあの…なりゆきってやつで」
「はいはい。立てるか?」
「大丈夫。もうちょっとここで休んでから行くよ」
「そか。んじゃ、おやすみ。早く寝ろよ」
「ライトニング、マタナ! ライトニング、マタナ!」
 ハロを抱えて行ってしまったロックオンを見送ってから、ずっとこちらを見ているアレルヤに言ってやる。
「わかってるよ…。今度またこんなことがあるようなら、一度モレノさんに相談してみるよ。だからそんなに心配しないで…」
 遮るように、アレルヤが硬い声で言った。
「いつまで偏頭痛なんて言ってるつもりなんですか?」
「え……?」
「…いえ。なんでも…。すみません、忘れてください」
 暗い顔で淡々と言って去っていこうとするアレルヤに慌てて声をかける。
「ちょ…ちょっと待ってよ、アレルヤ。何の話?」
「………」
 背を向けて立ち止まったまま何も言わないアレルヤに、ライトニングが立ち上がって続ける。
「あのね、私の頭痛は前に一度だけ行った病院で原因不明の偏頭痛だって言われて、それっきり調べたりもしてないから偏頭痛って言ってるけどホントに偏頭痛なのかは確かに分からないけど! 実は不治の病だったりするのを隠してる人とかじゃないからね? そんなドラマチックな話じゃないよ?」
 アレルヤの態度と自分の頭痛に何の関係があるのか、わけがわからなくて一気にライトニングがまくしたてると、しばらく彼は黙っていたが、やがて振り返って言った。
「本気で言ってるんですか?」
 信じられないような、何かに酷く怒っているような、そんな眼だった。
 その真剣さに思わず絶句した後、ライトニングが小さな声で訊き返す。
「ね…。どしたの? アレルヤ。私、何かした?」
 その様子を見てしばらく考えた後、アレルヤは何かを決心したように口を開いた。
「ライトニング、あなたは本当に…。本当にその頭痛に心当たりはないんですか?」
 真剣な顔でライトニングは即答した。
「ない」
 長い時間、アレルヤはライトニングの眼を見ていたが、やがて小さな声で言った。
「…わかりました。すみません。おかしなことばかり言って…。お体、お大事に」
 そのまま歩き去ろうとするアレルヤの背にライトニングが叫んだ。
「いつか」
「………」
「いつか、話してくれるよね?」
「…そうですね。いつか」
 それだけ言い残して、今度こそ彼は去って行った。
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