dream

□第四話-グラハム・エーカー-
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 結局、あの後アレルヤはプトレマイオスで営倉入りになったらしい。200人を超える要救助者は彼のおかげで全員無事保護された。
 定時連絡のついでにその報告を受けてから、ロックオンはそっと通信を切った。
 自分たちはしばらく地上で待機。
「…行くのか?」
 振り向かずに訊くと、ライトニングの張りのある透明な声が返ってきた。
「けじめを、つけてくるよ」
 どこへ行くとは言わない。訊かない。
 今の彼らは、そんな関係だった。
「なんなら…そのまま戻ってこなくてもいいぜ。エルミナ」
 しかし、冗談とも本気とも取れないその言葉に、ライトニングは笑顔で言い切った。
「ニール、いってきます」
「いってらっしゃい」
 穏やかな声で返して、背後の気配が遠ざかっていくのを背中で感じる。
 しばらくして顔を上げると、ブリューナクが飛び立つところが見えた。





 人気のない町はずれ。本来こんなところにいるはずのない金髪の男は、先に来ていた女性を確認し、そっとサングラスを外した。
「呼び出しとは恐れ入った…。君は、私が軍人だということをよもや忘れたらしいな」
「忘れるわけないでしょ? 私の…戦友だった人なんだから」
 ライトニングの声が、冷たい風に乗ってグラハムに届く。少し距離を離したところでグラハムは立ち止まった。
「私も、今でも君を友だと思っている。だから、誰にも言わずここへ来た」
「…ありがと。まだ友達だって言ってくれて」
 ライトニングの声が、柔らかくて、二年間の隔たりを全く感じさせない。未だに、悪い夢でも見ているかのような、そんな気分にさえなってくる。
「何の用だ?」
 そんな思いを断ち切るように、できるだけ固い声で訊く。
「グラハム。君に聞いてほしい話が…」
「聞けというのか? テロリストの話を」
 ぴしゃっと言いきると、ライトニングは少し笑った。
「変わらないね、君は。そうだね。確かに今の私はソレスタルビーイング…テロリストだ」
 その声が、本当に淡々としていて。グラハムの中で何かが爆発した。
「何故だ…。何故、テロに加担するッ?! 私の知る君はそんな人ではなかった…。何故…」
 こみ上げてくる想いを押し殺すような声で何故…と繰り返すグラハムに、ライトニングが低い声で告げた。
「…今日はそれを、話しに来たの。聞いてくれる? グラハム」
 やがて、渋々男は言った。
「………わかった…。聞こう。テロリストではなく、友の話として」
「ありがとう」
 心の底から感謝の気持ちを口にして、ライトニングは語った。
 あの日何があったのか。
 真実を。
「なんだと……ッ。准将閣下が…」
 驚愕するグラハムの目を見てライトニングは続けた。
「事実よ。そして私は、大破した機体とともにCBに回収された。CBのベッドで意識が戻った時には、もう彼は世界の英雄だったよ」
「………。それが本当なら…私は」
 言葉に詰まってしまったグラハムに、ライトニングは続けた。
「グラハム。今の私がしていることは君が言うようにテロだよ。でも、それでも私は世界を変えたい。私たちのような犠牲を踏みにじって素知らぬ顔でみんなが平和に暮らすような…そんな世界は嫌だ」
「そんな世迷い言を…夢のようなことを言うなッ!! テロで世界は動かん。君ほど優秀な人間が、その程度のことがわからんわけでもあるまい」
 何とかして、目を覚まさせてやりたかった。
 きっとこれは、それができる最後のチャンスだ。
 しかし、彼女は切なげに笑った。
「夢か…夢というなら…私にとって、君と空を飛んでいた頃の方が、今よりよっぽど夢みたいだったよ」
「エルミナ…」
「その名を呼んでくれる君に、これを託したい」
 それは、一本のメモリスティック。
「これは…まさか」
「大破した機体から抜いた音声レコードだ。あの日の通信記録が全部残ってる。私が今日話したことを証明できる、唯一のデータ」
 ライトニングは続けた。
「彼を、裁いてほしい。しかるべき場所で法の元、彼の話を聞いてちょうだい。私の代わりに。そして、世界のゆがみを正して。こんなことが二度と起こらないよう」
「…何故。それを君の手でやらない…?」
「さっきも言ったでしょ? 私は…もう」
 しかし、グラハムは最後まで言わせなかった。
「まだやり直せるッ!!」
「………ッ!!」
 全力で叫んだ男にライトニングが絶句する。
 グラハムは必死に続けた。
「理由があるとはいえ罪は罪だ。だが、君はまだ若い。罪を償い、正しい道で世界を変えることだってできるはずだ。私も手を貸す。だから…ッ」
「それはまだ出来ない。…CBでやるべきことが残ってる」
「エルミナ、連中と手を切れッ! 確かに君の命を救ったのは彼らかもしれない。だが、何故そこまで君がCBに肩入れする…ッ!?」
 切ない顔で、女は言った。
「ほっとけないのよ…。あそこには…私の仲間がいるから」
 ガチャ…と、音を立ててグラハムの片手に握られた銃口がライトニングに向けられる。
「最後の頼みだ。投降してくれ…。エルミナ」
「…断る」
 瞬間、銃声が響いた。
 微動だにせず表情を変えずに立ち続ける彼女の耳元をかすめた銃を手にしたまま、グラハムは言った。
「もしこのまま君を帰したら…君はガンダムに乗る」
「…だから、今のうちに殺しておく?」
「できればそうしたくない。頼む」
「んふふ。どっちもダメよん。…私はまだ生きて…やることがある。ガンダムに乗って…」
「だが、その後はどうするつもりだ? ガンダムに乗って戦争の根絶を謳い、世界を変えた後…君はどうする?」
「咎を受けるわ。しかるべき場所で」
 グラハムの良く知る、彼女のまっすぐな眼だった。
「…それが、君の答えか」
 やりきれない思いを言葉に乗せ、ゆっくりと銃を降ろす。
 …軍人失格だ。
「わかってる。私たちがいくら頑張ったところで、最後はどうなるかってことくらい。けど、やるべきことを全てやって、取るべき責任を果たすまで、私は死ねないし、あなたに捕まるわけにもいかない」
「エルミナ…」
「ごめんなさい…。勝手なことばかり頼んで。あなたに甘えてしまって…」
「謝るなッ! …君に謝られたら、私の立場がないぞ……エルミナ」
「そっか…そうね。あと一つだけ。礼を言わせて。私の墓に…花を添えてくれて…ありがとう」
「………」
 微笑んで、彼女は言った。
「君は、日の当たる場所で真っ直ぐに生きて。…私は彼らと、運命を共にするよ」
 ここに至ってようやく、グラハムはCBが自分から彼女を奪っていったことを知った。そのことが、どうしようもなく悔しかった。
 絞り出すように、声を出す。
「……戦場で…会おう」
「ああ」
 穏やかな顔で言って、グラハムにメモリを渡す。しっかりと受け取って、彼は言った。
「エルミナ。君の…いや、散って行った君たちの無念は、必ずこのグラハム・エーカーが晴らすと誓う」
「感謝するよ」
 いつもグラハムに向けられていたあの、彼女の笑顔だった。
「それじゃ…」
 ゆっくりと自分に背を向けて歩き出す彼女に再び銃を向けることはできなかった。
 このまま彼女を行かせて彼女がガンダムに乗れば、味方にどれほどの犠牲が出るか、わかっているのか…グラハム・エーカー。
 いくら叱咤しても、どうすることもできない。
 代わりに彼の口から出たのは、感情の塊だった。

「行くなッ!!!」

「………ッ!!」
「…いかないでくれ…頼む…ッ」
 崩れそうになる心を必死に支えながら、決死の思いで叫ぶ。
 勢いよく振り返り、今まで見たことのないグラハムの表情を見て絶句した後、振り切るように彼女は叫んだ。
「グラハム・エーカーッ」
「?!」
「短い間だったけど…君と共に空を飛べたこと、誇りに思うッ!!」
 真剣な顔で米軍の頃の敬礼をして、今度こそ彼女は去って行った。





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