dream

□第三話-姉-
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「ライトニング、ゲンキダセ! ゲンキダセ!」
 整備中のキュリオスからひょっこり顔を出してライトニングは苦笑した。
「はいはい。…私も焼が回ったね。ハロに慰めてもらえるなんて…」
 ああ、何と情けない。それというのもハロと二人っきりで黙々と機体の整備なんてやってるからだ。
「整備カンリョウ! 整備カンリョウ!」
「おつかれさん」
 ぽんぽんッと、片手でハロの頭を撫でてやりながら道具を片づける。
 機体の開発にも携わっていただけあって、ライトニングの整備技術には定評があった。
 元々、子供のころから機械を弄るのは好きだったが、こういう形で役に立つ日が来るとは。
 よく兄と二人で、それぞれ作った小さなロボットで勝負して遊んでいた。
 二人とも十歳でハイスクールを卒業して周囲からは天才呼ばわりされていたが、やっていることはあまり普通の兄妹と変わらなかった気がする。
「……痛…ッ!!!」
 ああ…またいつもの偏頭痛だ。急に痛みだした頭でそんなことを考えながら、収まってくれることを祈りつつ壁に片手をついてしゃがむ。ライトニングがしばらくその場でうずくまっていると、入り口付近から鋭い声が飛んできた。
「大丈夫ですか…ッ?!」
「…ん……ッ、アレルヤ?」
 ライトニングがしかめっ面で顔を上げると、驚いた顔のアレルヤが心配そうに自分を見下ろしていた。そういえば、彼はまだ自分の偏頭痛を知らなかった気がする。
 ズキズキする頭を抑えながら、一生懸命苦く笑ってライトニングは言った。
「あー…へ…き。ちょっと偏頭痛が…ね」
「偏頭痛……?」
 その瞬間、アレルヤの中でものすごく嫌な予感がした。根拠はなかった。
 ただの気のせいや、考え過ぎならばいいのだが。
 何か。何か腹の底が抉られるような気持ちの悪さが拭えない。





 対面テーブルに腰掛けて、頭痛薬を水で飲み干してからライトニングは言った。
「ふぅ。ビックリさせてごめんね。あ、キュリオスの整備ならばーっちり終わってるよ。安心してバンバン乗り回してきなさいッ」
 すっかり頭痛が収まって、いつもの笑顔で軽口を叩くライトニングの顔を見ても、さっき感じた嫌な予感が…アレルヤの中で払拭しきれずにいた。
「ええ…。ありがとう、ございます」
 暗い顔で礼を言うと、いつもの優しい笑顔が返ってきた。
「そぉんなに心配しなくても、お姉さんピンピンしてるから! ね?」
 まったくこの人は…。深刻になっている自分が滑稽に思えてくる。思わず苦笑してアレルヤは軽く訊いてみることにした。今の空気なら、訊けるような気がした。
「ライトニング。その…守秘義務に抵触することを承知でお聞きしたいのですが…」
「スリーサイズなら秘密よん?」
 この空気を作り出せる技術には本当に感心する。ほんの少し笑ってからアレルヤは首を横に振って、続けた。
「昔、どこかの大きな施設にいたことはありませんか? 子供の頃とか…」
「施設? んー…半年くらい小さな孤児院でお世話になったことはあるけど…大きくはなかったわね…。施設って言うより少し大きな家みたいなトコだったし…。それ以外はそういうところでお世話になったことは一度もないわよん?」
「そう…ですか」
 やっぱり思い過ごしだったんだろうか。
 きっとそうだ。
 自分に言い聞かせて、アレルヤは笑顔で言った。
「すみません。僕の勘違いみたいです」
 そのあとライトニングとたわいない会話をして別れてから、任務に出るための荷造りに取り掛かる。
 小さなカバンに手回り品を詰め込んでいると、頭の中で声がした。
(……ありゃ完全に同類だな)
「ハレルヤ?」
(なぁにが思い過ごしだ。めでてぇ頭だな相変わらず)
「……どういうこと?」
(さっきの女だよ。わぁかってんだろ?)
「でも彼女は知らないみたいだし…」
 必死に否定しようとするアレルヤを弄ぶように頭の中の声が笑った。
(どうせ嘘ついてンだろ。…ケッ、自分が改造されてンのに正直に話す奴がいると思ってンのか? ならてめぇはさっきみたいに誰かに聞かれりゃ馬鹿正直にホントのこと答えンのかよ。えぇ? アレルヤ)
「それは……」
 確かに。確かにそうだ。
 でも。あの時のライトニングの顔はとても嘘をついている感じではなかった。
「ハレルヤ。君は彼女の脳量子波を…」
(感じたからいってンだろうが。それとも何か? 俺の方が信用出来ねぇってか?)
 いや、それはない。ハレルヤがこの手の嘘をつくとは思えなかった。
 同類…。しかし、アレルヤに子供の頃、施設で彼女と会った覚えはない。考えてみれば、ライトニングは自分よりかなり年上だ。ロックオンとほとんど変わらないと聞いたことがある。
 なら…。自分が知らないということは、自分が施設に入る前に施設にいて、逃げた…ということなのだろうか?
 それならそれでいい。
 でももし、彼女が施設に入ったこと自体、アレルヤが逃げた後だとしたら?
「続いている…のか?」
 今も。あの研究が。
 いや違う。考え過ぎだ。
 だが…。
(ごちゃごちゃうっせーンだよ。とっととあの女を吐かせりゃ済むことだろうが。俺に任せりゃ一分で…)
「やめろ。…ハレルヤ」
(あぁ? なんでだよ?)
「やめてくれ! あの人は言いたくなかったんだ。その気持ちは僕にもわかる。頼むからあの人を傷つけるようなことは…」
 ライトニングのいつもの優しい笑顔が歪むところを、アレルヤは見たくなかった。
『んじゃ、今日はアレルヤの為にお姉さんがとっておきの技を教えてあげよう』
 とかなんとか言いながら、笑顔でずっとアレルヤを気にかけて面倒を見てくれたライトニングが、本当に姉のようで。
(テメェが先に確かめようとしたくせに善人面すんじゃねぇよ)
「あれは僕が無神経だったんだ。これ以上は…詮索しない方がいい」
(ケッ…後悔しても俺はしらねーからな)
「ハレルヤ…」
 ハレルヤの返答はなかった。
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