dream

□第二話-世界-
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「さて…と」
 サードミッションが一通り片付いて、ようやくほんの少し、落ち着いた。
 ティエリアはセカンドミッションのあとにプトレマイオスへのエネルギー供給のために宙へ戻り、刹那は東京の仮住まいに帰った。
 特に行き場のない残りの三人は、デュナメスとブリューナクを無人島のドックに置いて、一番隠しやすいキュリオスで近くの国に移動した。
 レンタカーを借りて適当な街で買い出しを済ませる。
「どこか行きたい奴はいるか? すぐにまた次のミッションが入る。遊びに行くなら今のうちだぜ?」
「特に予定はないから、僕はこのままドックに…」
「私も〜」
 後部座席から聞こえてくるアレルヤの声と隣の席から聞こえてくるライトニングの声に運転席のロックオンが思わず苦笑する。
「おいおい、次の連絡があるまでドックで三人そろって仲良く合宿生活かよ。結局まともに一人暮らしできてんのは刹那だけってか…」
 否。刹那は仲良く合宿生活するのが嫌だったからわざわざ部屋を借りたのではないだろうか。…あり得る。
 同じような顔で苦く笑いながらアレルヤがバックミラーの中のロックオンに返す。
「なんだかんだ言って、近くに機体を隠しておける場所で住めるところを探すのって、面倒だったから。光学迷彩があるといっても、機体そのものが消えるわけじゃないし…」
「そうねぇ…。機体そのものを消したり出したりするとなると…」
 うーん…と、考え込むライトニングにロックオンが食いつく。
「お。久々に天才発明家ライトニングさんの出番か?」
 実際、CB内でもライトニングは工学関係にも顔を利かせている。イアンに天才と称された発想力と知識、発明センスは伊達ではない。
「え…まさか本当に?」
 流石に驚いた顔で後ろから凝視してくるアレルヤに、ライトニングは笑顔で告げた。
「機体を全部GN粒子だけで構築しちゃうとか。戦闘中も好きに変形できるし、戦闘が済んだら粒子になって飛んでいくから便利よん?」
「えええええ…?! た、太陽炉も?」
 想像もしていなかった返事に面食らうアレルヤ。走行中にもかかわらずロックオンがハンドルにかぶさって笑いをかみ殺しながらクツクツと肩を震わせ始めた。
「うんうん。当然太陽炉も粒子で作らないとね。他には…」
「まだあるのッ?!」
「ものっすごーく質量の変化が激しい素材を使って、戦闘中以外は手のひらサイズまで小さくしておけるようにするとか…」
「……あの…ライトニング…? …これ僕、からかわれてるんですよね、ロックオン。ロックオン?」
 次の瞬間、車内にロックオンの爆笑が、そして車外にはタイヤのスリップ音が響いた。
 揺れる車内で顔を上げてひたすら楽しそうに笑っているロックオンに慌ててアレルヤが叫ぶ。
「ちょ…ッ!! ロックオン、前見て運転してよッ! ライトニングもつられて笑ってる場合じゃないってッ!!」
 アレルヤの可哀そうな叫び声が車内に響いた。





「…今度から、車は僕が運転します」
 キュリオスから二人を降ろしてドックに入れた後、無表情で呟くアレルヤの背後で、ロックオンが小さく呟いた。
「……いや、お前、無免許だろ」
 実際、MSの操縦が出来て車の運転ができないわけがないのだが。免許がないのも事実である。
「あれ…冷蔵庫こっちにもなかったっけ?」
 ライトニングの声に、なんとなく反応するアレルヤ。
「ああ、それなら地下に…。持ちますよ」
「ありがとう。部屋の冷蔵庫小さくて入りきらなくってさ…」
 とかなんとか言いながらライトニングの腕からとった重い袋の中身を見て再び叫び声が上がる。
「て、これ…全部お酒…ッ!!?」
「えへ…」
 これには流石のロックオンも眉をしかめた。
「おま…これ一人で飲む気か?」
「残ったらスーちゃんにお土産ってことで」
 ヒラヒラと片手を振りながら去っていくライトニングに、アレルヤがそっと呟いた。
「ハレルヤ…まるでスメラギさんがもう一人いるようだよ…」





 無人島の夜は、星が多くていい。
 星は好きだ。
「で? さっそく一人で晩酌か?」
 夜の海岸でこっそり酒を呑んでいたライトニングの背後からやってきた男が、そっと横に座る。
「ん…呑む? つまみも用意してあるよ」
 これは完全にライトニングが夜通しでスメラギと飲み明かすときの構えだ。慌ててロックオンが苦笑する。
「俺じゃミス・スメラギの代わりは無理だって…」
「はぁ…スーちゃんがいないと淋しくってさぁ…」
 全然そんな顔じゃねぇだろ…と胸中呟いてから、ロックオンはあえて軽く話題を振ってみることにした。
「普段飲みながらどんな会話してんだ?」
「そりゃもう。世界の動向と戦略について熱〜く…」
「ほーぉ…」
 絶対に嘘だ。この酔っ払いめ。
 胸中呟きつつ突っ込みを入れようとした瞬間だった。
「い…ッ。つつ…」
 急に頭を押さえて俯くライトニングに苦笑して言ってやる。
「おいおい…大丈夫か? 頭痛がするまで呑んじまったら本末転倒だろ…」
「ん……」
 軽く呻いてしばらく頭を押さえているライトニングに流石にロックオンが少し不安になりかけた時だった。ライトニングが静かに顔を上げた。
「あー…収まってきた。まだそこまで呑んでないんだけどなぁ…」
 呑気な声に内心少し安堵しつつ、笑って返してやるロックオン。
「今日はもう酒はやめとけ。…身体にもよくないぜ」
「了解。…まぁ、元々偏頭痛持ちだから関係ないとは思うけどね」
「偏頭痛ねぇ…。そういや、前にも頭痛薬飲んでたな…。結構長いのか?」
「ここ十年くらいかなぁ…。長いっちゃ長いけど」
「そうか…」
 心配するほどではないのかもしれないが、心配と言えば心配だった。だからといってロックオンにできることなど皆無だが。
「…さっき、ニュースでリアルIRAが活動停止したって流れてたでしょ?」
「ん? ああ…」
 急に振られて少し驚いたが、あえてそのまま彼女の言葉を待つことにした。
 まさか本当に世界の動向について話すつもりだろうか。
「向こうからしてみれば、CBと全面戦争するか活動停止か。二つに一つだもんね。ならもし、全てのテロ組織が活動停止、もしくはCBとの全面戦争により壊滅した場合…今まで彼らが溜めていた世界の悪意はどこへ向かうんだろうね」
「世界の悪意ねぇ。まぁ、こっちの筋書き通りだと俺たちに向かうことになってんだけど」
 苦く笑いながら言うロックオンに、確信めいた声でライトニングは言った。
「多分、すべてがそうはならない。絶対的な力の前になす術のない者たちの悪意の矛先は、より力の無い者へと向かい、力のない者はさらに力の無い者へ…。そして、一番力の無い者が犠牲になることでこの世界は安定する」
「……………」
「要するにいじめられ役の子が一人で全部やられて泣き寝入りだね。そしてたとえそれを知る第三者がいたとしても、みんな自分の平和を手放したくないから、見なかったふりをする。それが…政治の正体だよ。世界の正体と言ってもいい」
 泣き寝入り…。一方的に奪われて、そのまま何もせず。…俺は絶対にごめんだ。
 ロックオンは、怒りのこもった声を胸中に吐き捨ててから、月明かりに映し出されるライトニングの横顔を見た。何かを悟っているような、それでいて、どこか頼りない子供のような淋しそうな顔。
 そういえば、アレルヤも刹那もよくそんな顔をする。
 しばらくの間、波音だけが空間を支配していた。
 やがて、空間を引き裂くように低い声で男は言った。
「変えるんだろ? そんな、世界を」
「………」
「そのためにガンダムマイスターになったんじゃないのか?」
 軽く笑いながら、女は答えた。
「そう。変える。世界も、人も。全部ね」
 傷つける人間、見て見ぬふりをする人間。でももうこれからは誰にとっても対岸の火事じゃない。
 ガンダムがあるのだから。
「ロックオン」
「ん〜?」
「そのためにも、私はみんなを守るよ」
「……ライトニング」
「稀代のテロリストの私が言うのもなんだけど、戦ったって結局何も生まれないし、何もかも消えていくばかりなんだよ。馬鹿げたことしてるって自覚もある。でもね。戦うことで誰かの悲劇を変えられるなら、守れるものがあるなら…そのために戦うことを私は馬鹿げているとは思わない」
 今まで聞いたことがないほど、ライトニングの声は透明だった。月明かりに照らされる横顔が、さっきとは別人に見えるほど凛としていて。そして…儚い。
「私がユニオンで守りたかった人たちはもういないけど…。ここにはみんながいる。だったら私はまだ戦るよ。君の引き金の後ろは、私が守る」
 衝撃…というのだろうか。
 少なくとも、想像もしない内容だったことは言うまでもない。
 いや、きっと。他のマイスター達でさえ想像できないだろう。
 なぜならCBにいるみんなは、世界の変革の為に、自分のために戦っているのだから。
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