dream

□第二話-世界-
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 ライトニングが軍に入ったのは15歳の時だ。
 特別待遇の軍属としてパイロット候補生に混じって訓練を受け始め、みるみるうちに頭角を現し、通常で三年かかる訓練を僅か半年足らずでクリア。その後、正式に軍人として配属が決まり、実戦になると次々戦果を挙げるようになり、米軍の航空隊の中で稀代の天才と呼ばれるようになった。
 その卓越したセンスはもちろんのこと、華奢な見た目に反して、何故か彼女は身体能力も高かった。
 ベテランの軍人と同じ機体に乗り、その性能を100%使い切り、その際にパイロットにかかる負担をすべてその細い体で耐えきった。
 そして、軍の中で当時彼女に唯一対抗できたといわれているのが、グラハム・エーカー准尉だったのである。
 彼は模擬戦で負けなしだったライトニングと唯一引き分けることに成功した最初のパイロットであり、それはグラハムの側でも同様だった。
 最前線の同部隊に二人揃って配属が決定すると、グラハムは当然のように急激に彼女に惹かれていった。
 MSのこと、戦術のこと。二人で語り、共に空を飛ぶ時間は彼にとってまさしく宝であり、最初は純粋なパイロットとしての興味だったのが、徐々に人間としての興味へ、そして一人の女性への興味へと変わるのは時間の問題だった。
 ライトニングの側でも、初めての信頼できる戦友であったことには間違いない。
 ただ、彼女が異性としてグラハムを意識していたかどうかは定かではなく、その関係は決して一線を越えることはなかった。
『君の存在に心奪われた男だ』
 などという気取った口説き文句が彼女の心に冗談以上の意味として響かなかったことは確かだが、それ以上に、ライトニングにも恋愛ができない事情というものがあったのである…。





「民族紛争ねぇ…」
 CBのセカンドミッション。それは小さな国で起きた民族紛争への武力介入だった。
『それなりの戦果を期待しているのでヨロシク』
 と、ロックオンは言っていたが。
「戦果って言うか、弱い者いじめに近いよねぇ…」
 上空から各部隊の指揮官っぽい機体だけを狙って次々撃っていく。
「ホラ。もう隊長はいないんだから、逃げても怒られないよ? ……さっさとおうちに帰りなさいって」
 ほどなくしてミッションコンプリートの合図とともに帰投命令が出る。消化不良というか、なんとなく気だるい気分で海の上を飛んで帰投する。
 しかし次の瞬間、ライトニングに強烈なプレッシャーが走り抜けた。
 レーダにはまだ反応がない。
 しかし…気の所為じゃない。
 くる…ッ。
「エクシアの様子を見てくる」
『はぁ? おい、どうしたいきなり…』
 面食らうロックオンに返事すらしないまま、離れたところを飛んでいるエクシアまで、最速で飛ぶ。
 その途中でレーダにもようやく反応が出た。すごい勢いで敵機が迫っていた。
「あれは…フラッグ…?」
 瞬間、攻撃してきた敵機に反応したエクシアと敵機のフラッグが接触し、反動で距離が離れる。先手必勝。その瞬間を見逃すわけにはいかなかった。
「二対一だけどやらせてもらうよ…ッ」
 武器を抜いてフラッグの背後に回り込む。
 しかし、完璧に間合いを取ったはずの致死の一撃を間一髪の機転で受け止めたフラッグから一般回線で通信が流れてきた。
『できるな…ッ、ガンダムのパイロット…ッ』
「……ッ!!」
 この声…ッ。彼女が考える間もなく男は聞かれてもいないのに高々と名乗りを上げた。
『私はグラハム・エーカー! 君の存在に心奪われた男だ!!』
 それ前にも聞いたよッ!!!!
 と、全力で突っ込みたい気持ちを抑えて高速で何度もフラッグとやりあう。
 どうせ今頃コックピットで乙女座がどうとか呟いているに違いない。
 CBに入った時から、いつか戦場で出会うことになるかもしれないとは思っていた。でもなんで…なんでこうも早く…ッ。
「対応が…ッ!」 
 早い。まさかこの一瞬の激突で中のパイロットがばれるようなことも…否、あり得るかもしれない。
 そしてこの時の彼女の予想は当たっていた。
 コックピットの中で一人、男がつぶやく。
「この回避パターンは…」
 よもや、まさかという思いと、そんな馬鹿なという思いがグラハムの中で逡巡する。
 その瞬間、エクシアの一撃がフラッグの片腕を凪いだ。
「………ッ!!」
 もう少し反応が遅ければ真っ二つになっていたところである。
 踵を返して撤退するフラッグを見送るライトニングが我に返って通信を送る。
『せっちゃーんッ、大丈夫かい?』
「………」
 予想通り、返事はなかった。





「どうしたんだい? さっきから。何か、気になることでも?」
 ガンダムをロストしたと艦長から報告が入ってから、ずっと黙りこくっているグラハムに端末から顔をあげずにビリーが訊いた。
「片桐、エルミナ・ニエットを覚えているか?」
「ああ…。確か何年か前に戦死した君の同僚だったかな? あまり詳しくは知らないけど、演習中に突然テロリストの襲撃を受けたかなにかで…。彼女が、どうかしたかい?」
 以前からユニオンを脅かしていた国際テロ組織。しかし、実際には何度かテロ行為は行われたものの、彼らがやったという証拠はついにあがらなかった。犯行声明なども当然なく、彼らを叩きたくても叩く事が出来ない。そんな状況だったところに、突如彼らが動いた。
 グラハムも参加する予定だったが別任務の為不参加になってしまった宇宙でのMS戦の演習部隊が、彼らの急襲を受け壊滅したのである。
 部隊の生き残りはたった一人、隊長だったカエサル少佐のみ。
 航空隊の精鋭部隊を失った米軍は復讐心のままにテロ組織を強襲。その撲滅と圧倒的勝利をもって、犠牲となったパイロットたちに報いたのである。
 当然その時の作戦部隊には、自分の部隊と、戦友を全て失ったグラハムの姿もあった。
 ただ、仇をとったとて彼女が戻るわけではない。当時強烈に彼を支配していたのは、なぜエルミナや仲間たちがこんな連中に…という思い。
 そして、彼らが散ったその時、共に宙にいられなかった自分の不甲斐なさを呪い、ただただ、虚しさに浸ることだけだった。
「………いや、意味はない。訊いてみただけだ」
 少し首をかしげていたビリーだったが、やがて何かを思い出したように話し出した。
「………? なら、いいけど。そういえば、彼女は確か、あのニエット博士の娘さんだったんだってねぇ…。噂で聞いたときは驚いたよ」
「ニエット博士…?」
「あれ? 君は知らなかったのかい? ニエット博士はこの業界では結構有名な人だったんだけどねぇ。博士の影響か、エルミナ・ニエットも機械工学の知識はすごかったそうだよ。研究所の職員顔負けだったとか」
 何か、嫌な予感がした。特に根拠はない。
 だが、これはパイロットの勘だ。
「…片桐。その博士は…今はどうしてる?」
「え? ニエット博士かい? あー…昔ね……。発表した研究がインチキ呼ばわりされて…当時所長を務めていた研究所を追い出されたそうだよ。噂じゃその後は家族を連れて各地を転々としていたみたいだけど…どこへいっても非難の嵐で。結局、すぐに亡くなったそうだよ」
「………」
 グラハムの元同僚の父親のことだから気を使っているのだろう。言いにくそうに、しかし知っていることを全て教えてくれたビリーに礼を言ってから、グラハムは静かに目を閉じた。
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