dream〜2nd season〜

□Birthday!
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「それじゃ、フェルトとミレイナが戻り次第、ミッションを開始するわね」
 スメラギの言葉と同時にブリーフィングが終わって、ライルが軽く体を伸ばしながら部屋を出ていく。ふと、立ち上がったシヴァが何か嫌な予感を感じてスメラギの方を振り向いた瞬間だった。まったく同じ表情でスメラギの方を見ていた刹那と目が合う。
 当のスメラギは手元の通信機を見ていた。
「どうした?」
 訊いたのは刹那だった。
「え? ああ。フェルトから通信だったんだけど、すぐに切れちゃって…どうしたのかしら?」
「……折り返してみてくれ」
 真剣な表情で言ってくるシヴァと、深刻な表情の刹那を見て、少し驚きながらスメラギがそれでも言われたとおりに通信機のリダイアルを試す。
「………。やっぱり出ないわね。二人とも、どうしたの? そんな怖い顔して…」
 まだ何か言ってるスメラギから視線を外して刹那の顔を見る。話すまでもない。何かを感じ取っている顔だ。
 硬い声でシヴァが言った。
「ミス・スメラギ、二人が乗る予定だったトレインのナンバーを教えてくれ」





「つ…つまりそれって…」
 薄暗い地下室の中。震える声のミレイナに、小声でフェルトが説明する。
「さっき廊下を歩いている人たちの会話に資料で見た名前が出てたから…間違いないと思う」
 周囲では大勢の人たちが不安そうに身を寄せ合っていた。フェルトの覚えている限り、同じトレインの乗客だ。
「それやば…ッ」
 やばいですと言い切る前に、慌ててミレイナの口をふさぐフェルト。
「他の人たちに聞こえたらパニックになるし、何より私たちが彼らの情報を持ってることが知られると…まずい」
 万が一にでもCBだと知られるわけにはいかない。それに…。
「早く何とかしないと…さっきから数人ずつ順にどこかへ連れていかれてる」
 比較的広い地下室のような場所だった。
 窓はない。あるのは先ほどから連中が出入りしている扉一枚。扉の前には数人の武装した男性。そこからできるだけ離れて壁に張り付くように大勢の人が座っていた。
「で、でも…武器とかないですよ? そ、そうだ、仮病とかで…」
「下手にそんなことしたら、かえって殺される可能性があがると思う。この人数だし、一人一人の人質にはあまり価値がなさそうだから」
「れ…冷静すぎるです……」
 口から泡を吹きそうになっているミレイナを抱きしめて、なんとかする方法を考える。
「大丈夫…大丈夫だから」
 生き残る。戦場は慣れている。
 今は…ここが戦場だ。
 フェルトが動こうとした時だった。
「敵襲…ッ!!」
 叫び声と共に武装した男たちが走りながら出ていく。同時に、大きな振動と爆音が響いた。

 



『こっちは予定通りだ。外は任せる』
 通信機から聞こえてくる刹那の声に、次々出撃してくるMSを打ち落としながらライルが叫んだ。
「オーライッ!! しっかし最近のテロ組織ってのはリッチなもんだな。どんだけMS買ってきてんだ」
 その金の裏で悲惨な末路をたどった被害者が…浮かばれない。
「……徹底的に狙い撃つぜ…ッ」
 低い声で言い放ち、引き金を引いた。





 刹那と別れて建物の東側を調べていたシヴァが爆音の中からかすかな喧噪を聞いて、そちらへと向かう。
 どうやらこのエリアは被害者がいるエリアではなかったらしい。とすれば、当たりは刹那が向かった方か。角を曲がったところで、武器を持った男が数人、少女を追い回しているのが見えた。
「……ッ」
 とっさに引き金を引く。
 ぜぃぜぃと息を切らしながら死に物狂いで走っていたのは…よく知っている少女だった。
「フェルト…ッ!」
「…ッ!! シヴァ…ッ!! 私…ッ」
「大丈夫か?!」
 追っていた人間は一応全員息の根を止めたが。周囲を警戒しながらフェルトの無事を確認しているシヴァに、必死にフェルトが口を開く。
「爆音がしたから…混乱したのを利用して逃げたんだけど、思ったより残ってた敵の人数が多かったから…ッ、それで…ッ、私が囮になって引き付けて…ミレイナと他の人たちを…」
 息が切れるたびに荒い呼吸を繰り返しながら、それでもさっきまで殺されかかっていた少女とは思えないほど堂々と話していた。
「……フェルト…」
 硬い表情のフェルトに、シヴァはそっとヘルメットを外して続けた。
「…信じてた…つもりだったがな」
「え?」
「お前は約束を守るって…信じてたつもりだった。でもな」
 数年前にトレミーで交わした約束。必ず生き残ると、二人で約束し合った。
「でも…?」
「お前が連中に捕まったって聞いてから今まで…ッ、俺は生きた心地がしなかった…ッ!」
 フェルトが誘拐されたと聞いたとき、真っ先に男の脳裏をよぎったのは、過去、妹の身に起きた出来事。心も体もぼろぼろになって、壊れ切ったあの眼。何年たっても昨日のことのように思い出せるあの顔が頭をよぎった瞬間、身体が、末端から急激に冷えていくのを感じた。再び失うかもしれないという現実が…怖かった。
「ホントに…無事で良かった…」
 ごく自然に、口から出てくる気持ちと共に抱きしめる。
「……ッ」
 抱きしめられている体が暖かくて、ようやくフェルトは自分がまだ生きていることに気づいた。必死すぎて忘れていた恐怖がゆっくりと体に戻ってくる。
「べ…別に…このくらい…いつも…戦ってる時に比べたら…」
「ああ。お前は強いからな…」
 耳元でささやかれて、目の前が一気に歪む。顔が熱くて。ダメだ…。泣いたら…。胸中でフェルトが必死に叱咤しても、止まらない。
「私…泣かない…から…て…約束…した…のに…」
 抱きしめられている腕を伝って何筋も流れていく透明な雫が、床へと落下していく。
「ああ…。泣いてねぇよ。俺の腕が濡れてるのも…お前の顔が涙でぐちゃぐちゃなのも、きっと全部俺の気のせいだ」
 しばらく抱き合っていると、男の手に握られたままのヘルメットから刹那の叫ぶ声が小さく漏れ聞こえてくる。ゆっくりとフェルトの体を放して、男は静かに言った。
「俺のそばから離れんなよ」
 頷いて、シヴァの背後から一緒に走ってついていく。
 いつものこの戦場を。





 数日後、ふくれっ面のミレイナがトレミーでぼやいていた。
「せっかく買ったのに…残念です…」
「ごめんね…。ミレイナ。預けてた荷物の方に入れてたらよかったんだけど…」
 シヴァの為に二人で地上で買ったリベンジプレゼントのことである。トレインの中で紛失してしまったらしく、結局、事件後に探しても見つからなかった。
「フェルト、少しいいか?」
 待ちに待った男の声に、ミレイナの耳がぴくん…と動く。
 フェルトを廊下に呼び出して、男は言った。
「これ、やるよ」
 渡された古い金属を手の中で確認してみるが、見覚えのない形をしていた。
「これは…? 何かの…パーツ…?」
「見慣れねぇだろ? ひと昔前はこいつをMSの駆動系によく組み込んでたんだ。最近じゃ全部Bパーツに切り替わったおかげでめったにお目にかからない代物だが…」
「えっと…」
 シヴァの言いたいことがわからなくて困惑しているフェルトに、彼はいたずらっぽい笑顔で続けた。
「俺のクソ親父が遺してった部品の一つだ。後生大事に今の今まで持ってたが、お前にやるよ」
「で、でも…ッ、前にそういうのは…人にあげない方がいいって…」
「だから、さ」
 綺麗な笑顔で男は言った。

「もらうよ。この前のプレゼント。んで、こいつと交換。そしたら、お互いこれからも大事に持っていられるだろ?」

「………ッ!」
 力いっぱい男の胸に飛び込んで、笑う。
 最高の、笑顔で。
 結局何一つ言葉にはならなかったけれど。
 何も伝えられていないけれど。

 何かが伝わったような、そんな思いが体の温かさから伝わってくる。
 そんな、トレミーのひと時だった。
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