dream〜2nd season〜
□Birthday!
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足跡の一か月後くらいの話。
主にトレミーがメインです。
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その日も島には気持ちのいい西風が吹いていた。無表情に窓の外の空を眺めていたエルミナの耳に、ドアを開ける音と共に聞きなれた声が聞こえてくる。
「ただいま」
「………」
ほんの少し、極々僅かに微笑んだだけで何も言えないでいるエルミナの横に腰かけて、男は続けた。
「空を見ていたのか」
「………」
随分前、まだ自分たちがCBとして武力介入をしていた頃、この島で同じように空を見上げていたエルミナに同じ質問をしたことがあった。
あの時は…確か。
「………素敵じゃない…? 空を…飛べるなんて…」
小さな声だったが、はっきりと彼女は言った。
今はまだ、飛べないままのマイスターの言葉。
静かに苦笑してニールは言った。
「……そのうちまた嫌というほど飛ぶことになるさ。ガンダムマイスターだからな、俺たちは」
嬉しそうに頷いてまた空を見始めたエルミナの背後から、そっとネックレスをかけてやる。
「………?!」
少し驚いてこちらを見ている彼女に、笑顔で男は言った。
「誕生日だろ?」
「………」
エルミナがそっと手で掬ってみると、細工に隠れてわかりづらかったが薄いロケットになっていた。
『いつも空ばかり見ているエルミナへ』
開いて文字の横の写真を見つめている彼女をそっと抱きしめて、ニールは言った。
「おめでと」
珍しく、しっかりと抱きしめ返してからニールを見上げて、透明な声でエルミナが返した。
「ありがとう」
静かに目を閉じたエルミナを包み込むように抱きしめたまま、ニールも静かに目を閉じた。
透明な時間に、窓から涼やかな風が流れて込んでいく。
いつかまた、二人で空に戻る日が来るまで。
「誕生日? 誰の?」
ブリーフィングルームで小首をかしげているスメラギに、フェルトが慌てて人差し指を口の前に立てて言った。
「い、言わないで…!」
真っ赤になっているフェルトに、察した様子でスメラギが返す。
「あー…そういうことね。で? 何かあげるの?」
「恋の花を咲かせるです…!!」
嬉しそうに目をキラキラさせているミレイナと、にやにやしながらこちらを見ているスメラギ。フェルトがこの二人に相談したことを軽く後悔していると、スメラギが静かに言った。
「まぁ、いい加減そろそろ進展があってもいいとは思うけどね。あなたたち」
「ち…違うの…ッ! エドは…あ、違…ッ、シヴァは全然何も……だから…要するに私が一方的に……何かしたいっていうか…」
一方的にも何も、彼がフェルトに気があることはトレミー中の全員が知っている。
というか、見れば誰でもわかる。
「それじゃ、プレゼントをあげるですッ! プレゼントを渡して、シンクレアさんにバシッと『好きです! 愛してます! あなたの彼女になりたいです』と…」
遮るように悲鳴交じりにフェルトが叫んだ。
「む…無理ッ!! お願いホントにやめてミレイナッ! 渡すだけで精いっぱいだからッ!!」
はぁ…とため息をついてスメラギが言った。
「というか、そういうこと当日になってから相談する? 今から用意するの?」
「気持ちがこもっていればなんでも大丈夫ですッ! 自分が大切にしているものとか」
「そうね…。相手があのシヴァだし…変に高価なものを買って渡すより、ちょっとした小物とか思い入れのあるものとかのほうがいいかもしれないわね」
困ったような顔でフェルトがつぶやいた。
「ホントは買うかどうかすごく迷ってて…でも何をもらったらうれしいかとか、そういうの…わからないから…。そもそも私からプレゼントなんて…いらないんじゃ…て…」
「はいはいはいはい。照れなくていいのッ! フェルト。こういうのは思い切りよ。プレゼントを渡したいって気持ちは間違ってないわ。とにかく…」
ようやく顔を上げた迷える少女に、スメラギは明るい声で告げた。
「勇気を出して、頑張ってきなさい。応援してるから」
ブリーフィングルームに張り詰めた声が響いた。
「はい………ッ!!!」
コンソールを叩く手を止めて、シヴァは静かに宙を見上げた。このところ減少傾向にあるテロ組織の中でも、より陰湿な部類の集団。
「……やっぱ直接行くしかねぇか」
ヴェーダがCB向きの仕事としてこちらに振ってきたのも頷ける。政府や正規の軍人が動くには、証拠がなさ過ぎた。
向かいに座っていたライルが軽い口調で言った。
「いいんじゃねぇか? 来週には刹那もミッションが終わってトレミーに戻ってくる。三人で本格調査といこうぜ」
好戦的な表情で笑ってシヴァが返した。
「調査だけなら俺一人で十分だ。調査が済むまで、お前ら二人は他の準備にあたってくれ」
そこまで話した時だった。いつの間にか近くに立っていたフェルトに気づいて、ライルがそっと席を外す。
「ちぃとタバコ吸ってくる」
苦笑して立ち去っていくライルを肩をすくめて見送っているシヴァに、フェルトがそっと声をかけた。
「…あ、あの…ごめんね。打ち合わせ中だったのに…」
軽く笑ってシヴァが答える。
「ちょうど終わったところだ。気にすんな」
「で、でも…忙しいよね? 時間…ないよね?」
珍しくもじもじしているフェルトにシヴァが淡々と返す。
「30分後にイアンと別のミーティングが入ってる。それまでは暇だ。どうした? 何か言いにくい相談でもあるのか?」
シヴァが優しい声で応じれば応じるほど、フェルトはどんどん真っ赤になってゆく。
「あ…あの…、そういうわけじゃ…なく…て…あの……たん……び」
「? フェルト。悪い、よく聞こえねぇんだが…」
「……ッ」
勇気を振り絞って少女は大きな声で早口に一気に言った。
「あ、あのねッ! 今日エドの誕生日だから…何か渡したくて…ッ。でも私…人にものをあげたりとか…ッ、そういうのあんまりないから…何あげていいかもよくわからなくて…ッ、それでもどうしても何かあげたくて…いらないかもしれないけど……」
そこで詰まってしまったフェルトに、シヴァははっきりと言った。
「もらうよ」
「え…?」
「お前がくれた物なら、何でも大事にする。さんきゅ、フェルト。わざわざ誕生日なんか覚えててくれて」
その明るい笑顔についついつられるように泣きそうな顔で笑いながら、フェルトは大事に持ってきたものをそっと渡した。
「これ…」
その瞬間、男の表情が固まった。
しばし、男の頭上をゆっくりとクエスチョンマークが飛ぶ。
「……フェルト…? これ…は?」
手元の金属片をまじまじと眺めるシヴァ。
「え? ガンダムのエンジン部分を固定するGパーツの一部…」
「見りゃわかるッ! あ、いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて…」
シヴァの言いたいことを何となく察してフェルトが語りだした。
「それね…私のパパの遺品なの。事故で死んじゃったときに残った数少ない遺品で…ずっと今まで大事に持ってて…」
「………あー…な、なぁ、フェルト。その、こういうものって…あまり人とかにあげねぇほうがいいんじゃねぇか…?」
固まる少女。
「え…? いらないってこと?」
「ま、まぁ…ある意味…いらね………いやいやッ! こんな大事なものもらえねぇって意味だ。どう考えたってこいつはお前が持ってるべきだろ」
シヴァとしては優しく諭したつもりだった。しかし、みるみるうちにフェルトの表情が悲しげに曇っていく。
「……そっ…か…。そう…だよね…。何考えてるんだろ、私…」
うつむいているフェルトに、焦る男。
「え…? い、いや、ちょっと待て…」
「……ごめん…」
ターン…ッ! と勢いよく振り返って床を蹴り、反重力の中を弾丸のように飛んでいくフェルト。後には、目を点にした男が残された。
「おいッ!! なんで俺が悪いことしたみたいになってんだよッ?!」
一人叫んでいる男に、どこからともなくスッと現れたスメラギが静かに言った。
「ま、フェルトも大概だけどね。あなたもあなたよ…ッ! それだけ大事な物をあなたにあげようとしたフェルトの気持ちを考えなさいッ」
スメラギの隣にいたイアンが渋い顔でつぶやいた。
「…まぁ、広い宇宙にはああいう愛情もあるってこった」
思わず叫ぶシヴァ。
「愛情が重すぎンだよッ!!! 受け取れるかッ!!!」
スメラギが小さくため息をついた。
フェルトの後を追っていったライルがうまくフォローしてくれているといいのだが。