dream〜2nd season〜

□泪のムコウ
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「んじゃ、冷めないうちにそっちの新作の方も頂くとするか」
「オーケイ! 紅茶淹れるね」
 まだ暖かい出来立てのスコーンを手に取りながら、準備を始めたエルミナの背中に言ってやる。
「…で、この形はなんなんだ?」
「何かに似てると思わない?」
 ふう。と軽く息をついてからニールが言った。
「ひよこ饅頭のマネか?」
 六年前、確かこの場所でこうやって二人で食べた。東京土産のひよこ饅頭に似ている。
「それがねぇ…なかなかうまくいかないのよねぇ…。ひよこ型のスコーンが焼きたいんだけど…」
「はいはい。なかなか善戦したほうだと思うぜ」
 苦笑しながらひよこの頭にこんもりクリームを盛ってパクッと口に放り込む。
 味は決して悪くないのだが。
「…どう?」
 ドキドキしながらこちらを見つめているエルミナに、男は言った。
「99.5点」
「ちょっとぉッ!! いつになったら100点になるのよ! この前は99点だったから今回は絶対いけると思ったのに…ッ。小数点なんて聞いてないわよ?!」
 100点が取れたらトレミーにパティシエとして戻れる約束だった。
「…うまいな」
 思わず呟きながらもう一つ手に取って今度はジャムを塗るニール。
「で、次は99.6点になるのかしら?」
 紅茶を淹れながら毒づいて睨むエルミナ。
 手元のスコーンを食べてしまってから、ニールが軽く笑った。
「…自分でわかってんだろ? 焦んな。その身体で無理さえしなきゃ……」
 最高の笑顔で、男は言った。
「お前の作る菓子はいつでも満点だよ」
「…………ッ!!」
 少し赤い顔で紅茶を置いて黙ってしまったエルミナに、苦笑しながら訊いてやる。
「健康と美容には美味い菓子と紅茶が一番…だったか?」
 いつも彼女が口にしている言葉だった。
 ほんの少し苦味の混じった、はにかんだ笑顔でエルミナが呟くように話し始めた。
「…それ、ホントは受け売りなの」
「らしいな」
 軽く頷いて、天井を眺めながら彼女は続けた。
「育ててくれたおばさん。おじさんと二人で、紅茶と自家製ケーキのカフェをやっていてね。私もたまにお手伝いで紅茶を淹れたり…」
 穏やかな顔で相槌を打ちながら、ニールは黙って聞いていた。
「お客さんがいない時は、兄さんと二人で店番したり。小さいけど、おばさんのこだわりがいっぱい詰まった、いいお店だった。来たお客さんがみんな幸せそうで…」
 ニールが意外そうに呟いた。
「ちゃんと手伝いもしてたんじゃねぇか。前に聞いた時は遊びまわってたって…。俺の方こそガキの頃なんて遊びまわってばっかで家の手伝いなんてほとんどしてなかった。たとえ駄賃目当てでも、偉いと思うぜ」
 首を軽く横に振って、エルミナは続けた。
「お駄賃はもらってなかったの。たまーにしかやってなかったから。そのかわり、しょっちゅう兄さんと二人で店のケーキを盗んで外で食べてた」
「前言撤回」
 くすくす笑いながら楽しそうにエルミナが片手をヒラヒラふった。
「だぁって、おばさん隙だらけだもの。毎回毎回、またやられたぁーーッ! って叫んで」
 そして叫んだ時には盗人はもう店の外である。思わずニールが呟いた。
「…酷い話だな」
「でしょう? 私たちの誕生日に焼いてくれたケーキだって、どうせいつものお店のケーキでしょ? とか、酷いこと言って。…本当は前の日にお店が終わってから夜中までかかって焼いてくれてたの、知ってたのに…ね」
 こんな話をするとき、顔は笑っているのに彼女はいつも泣き出しそうな眼をしている。
「…おばさんは、なんて言ってた?」
「え?」
 真顔で、ニールは続けた。
「その時に。怒ってたか?」
「え…。ええっと…どうだったかしら? 確か…」
『あっはは! またアンタたちはそんなことばっか言ってッ!』
 男は余裕の笑顔でサラリと言った。

「笑ってたんだろ?」

「………ッ」
 その瞬間、息が……つまりそうだった。
 その通りだった。
 エルミナの記憶の中で、その人は…いつも笑っていた。
「……そう……ね」
 やっとのことで頷いたエルミナに、彼は言った。
「もう自分ばっか責めんな。子供は親に面倒かけるのが仕事なんだよ。んな当たり前のことで、いちいち自分を責めたって何も始まらねぇ。人間誰だって間違えるさ。人を傷つけることだってある。たとえそれでも…その夫婦はお前ら兄妹に出会えて、良かったと思ってると思うぜ」
 エルミナは静かに目を閉じた。
 自分たちがいなければ良かったと…思ったことは何度もあった。生意気で反抗的で素直じゃなくて迷惑ばかりかける子供で。
 自分たちさえいなければ、あの時あの夫婦があの大学で死ぬこともなかった。
 それでも…。たとえそれでも…。
「…好きだった」
「ああ」
 家族が。
 小さな窓の外には、あの頃みたいな青い空が広がっていて。
 人は多分、一生のうち、一度も誰かを傷つけずに生きていくことはできないんだろう。
 ならせめて…。
「私も…おばさんみたいな人になりたかったな…」
 誰かを傷つけて笑うのではなく、傷ついた誰かの為に笑える人に。
 顔を上げて軽く笑ってくれたエルミナにつられるように笑いながらニールが返す。
「今からでも遅くないんじゃないか?」
「そう…? この期に及んでまっとうに生きるってアリかしら?」
「ん…そうだな。なら…二人でカフェ経営か。悪くねぇなぁ。紅茶とひよこスコーンの店ならいけるんじゃないか?」
「確かにいいかも…! アルバイト店員として、みんなにも来てもらいましょ。表にひよこの看板を出して、看板には大きな文字で…」
 頷きながら聞いているニールに、次の瞬間、エルミナは言い放った。
「喫茶ロックオン! と書いてある」
「なんでだよッ!!」
 思わず笑いながら叫んでしまったニールを無視してスコーンを食べながら次々とんでもない店の構想を語っているエルミナに、楽しそうにお腹を抱えて笑いながらニールがごくごく小さな声で言った。
「……そんな人生も、悪くなかったかもな」
 あまりに小さすぎて聞こえていなかったらしい。紅茶を飲んでいたエルミナが首をかしげた。
「ん? 何?」
「いや、なんでもねぇ。今こうしていられるだけでも、充分幸せだ」
「…ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな?」
 微かに笑ったエルミナに口づける。
 口内に紅茶の香りが移って広がった。
「夢くらい見たっていいだろ? …たまにはな」
 こんな、何でもなくてかけがえのない日常に。
 スコーンの甘い香りが、室内に漂っていた。






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サイトの一万Hit記念にリク募集して書かせていただきました。
一ヶ月もお待たせしてしまったのにこんな出来で申し訳ない…!
いや、色々納得いかなくてせっかくリクしてもらったのだからと延々悩んでこれ以上お待たせするのも…となって、結果こんな感じになりました。
今できる精一杯…!
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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