dream〜2nd season〜

□泪のムコウ
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応援してくださった沢山の方々と、リクして頂いた都さんへ


本当にありがとうございました。



□泪のムコウ


 雪の降る街で灰色の空の下、一人の少年が寒さに震えていた。
 明らかにこの土地の人間ではない顔立ちに、みすぼらしい服装。
 だが、あどけなさの残る薄汚れた横顔には、決意に満ちた目が光っていた。
「……僕は……神のために……」
 腕に抱えた荷物をきつく抱きしめて祈る。
 逃げたりなんかしない。
 神のために戦って神のために死ぬ。
 それが、正義だ。
 目の前に広がるショッピングモールには、幸せそうな人々が笑っていた。
 暖かいコートを着た家族連れ。
 風船を配る人。受け取る子供。
 自分の地元では食べ物すらまともに配給されないのに…!
 誰かが正さなければならない。
 この世界を…。
 きつく目の前の現実を睨みつけて、少年が一歩を踏み出そうとした瞬間だった。

「それで、お前の世界は変わるのか?」

 少年が思わず硬直し、すごい勢いで振り返る。
 背後にいた長身の青年は続けた。
「お前と、ここにいる大勢の人間が死んでも」
 エメラルドグリーンの双眸が薄暗い裏道に光る。
 息を飲んで男を凝視する少年に、彼は続けた。

「世界は何も変わらない。変わらないんだよ…!」






 波の音が響く孤島の昼下がり。
 ノリの良い綺麗な声が響き渡る。
「じゃんじゃじゃーーーーんッ!! ティエリア、見て見て! 今度こそ完成よん!!」
 コンテナ内で嬉しそうに笑うエルミナに、ディスプレイの中から硬い声が返ってくる。
『……。ライト、一体あなたは何をしている?』
「何って…。スコーン作りよん?」
 呆れたような顔で苦笑しながら、画面の中の半透明のティエリアが言った。
『…この様子をトレミーに中継したら、流石の刹那ですら笑わざるを得ないだろうな』
「あらん? 刹那、最近またむっつりさんなの?」
 焼き上がったばかりのスコーンを冷ましながら笑っているエルミナに、ティエリアが真面目な顔で言った。
『このところ日増しに覚醒が進んでいる。自分自身の急激な変化に、本人も戸惑っているようだ』
 くすっと笑う声が漏れた。
「真面目くんだからね、刹那は」
『君の方はどうだ?』
 久しぶりにティエリアが訪れているから元気な様子を見せてくれているのだろうとは思ったが、実際のところはどうなのか。ロックオンからの報告ではまだトレミーに戻るのは避けたいと聞いていた。
「そうね。最近は…」
『ああ』
 真剣な顔でティエリアに向きなおると、彼女は真面目に言い放った。
「スコーン作りに夢中なのよねぇ…」
 ぴし…。と、画面の中にノイズが走る。
 痛む頭を抑えながら、ティエリアがなんとか我を保って苦笑した。
『…あなたらしい…とでも言っておこう』
 高い笑い声が響いた。
「自分で言うのも何だけど、研究の成果もあって、なかなか美味しいわよん?」
 フッと軽い笑い声がディスプレイの中に響く。
『…そうか』
「食べられなくて悔しいでしょ? …悔しかったらあの計画、さっさと進めちゃいなさいよ」
 笑顔のまま、後半は少しトーンを落としてきたエルミナに、ティエリアが真面目な声で言った。
『君のその不格好なスコーンが食べたいわけではないが、あの計画はペースを上げて進めている』
「…そろそろ、来るって事かしら?」
 笑顔を消し去った真面目な顔になっているエルミナに、ティエリアが続けた。
『来たるべき対話の時…。その様子だと、刹那だけでなく君も何か感じているようだな』
「……この前の一件以来、どうも私の脳量子波も前より強くなっているようね。リボンズが私の身体にいろいろ何かしてくれた影響なんでしょうけど……」
 その瞬間、鋭い激痛がエルミナの頭を駆け抜ける。
 まただ。このところ、頭痛が頻繁に起こる。
 しかしそれを表情には出さず、強気な笑顔でエルミナは続けた。
「……スコーンの研究もそろそろ極めつつあるし、トレミーにパティシエとして復帰させてもらえないかしら?」
 しばらく黙ってから、ティエリアは静かに言った。
『………。もう少し、身体の調子が戻ってからにした方がいい。あなたが思っている以上に、あなたの身体は以前よりイノベイターに近づいている』
 というか、もうほとんどイノベイターと化している。苦い顔でティエリアは続けた。
『どのみち、いずれあなたやロックオンの力は我々にとって必要になってくる。それまで…ゆっくり体を休めておいた方がいい』
「パティシエとして働くくらいなら大丈夫でしょ? 今と大して変わらな……ッ」
 今度こそ殺しきれない悲鳴を小さく上げて、頭を抑えながらエルミナが顔をしかめる。
 ティエリアが小さな声で言った。
『…このことは、ロックオンには?』
「………まだ……言ってない…。だって…そうでしょ? 危ないミッションは全部彼に任せっぱなしで、私は島にこもってスコーンの研究してるんだから…」
 辛そうな顔で苦笑しながら、なんとか彼女は再び顔を上げて言った。
「…せめてCB専属のパティシエくらいはきちんとこなさないと…ね」
 ティエリアが何か言おうとした瞬間だった。
 軽い口調が部屋の入り口から飛んでくる。
「いい匂いだな。また新作か?」
 テーブルの上のスコーンに苦笑しながらニールが四角いケースを置いてコートを脱ぐ。
『ロックオン。首尾はどうだった?』
「…訊くまでもねぇだろ? ヴェーダの予想通りだよ」
『例の子はどうした?』
「政府の厚生施設に任せたさ。ミッションコンプリート。…だろ?」
 ティエリアが軽く笑って小さく息をついた。
『あなたも相変わらずだな、ロックオン。事と次第によっては狙撃してでも止めろとヴェーダからは指示があったはずだが?』
 軽い笑い声と共にニールが肩をすくめる。
「よせよ。あんな小さな子供の一人や二人。狙い撃つまでもねぇ」
「ちなみに組織の本拠地も割れて軍にリークしておいたから、今回は狙い撃ちさんの出番はなしよん?」
 笑っているエルミナにニールが同じような笑顔で返した。
「そいつは嬉しいな。無駄な弾を使わずに済む」
『…あとでヴェーダに報告書を送ってくれ』
 苦笑してそれだけ言って、さっさとディスプレイの中から消えてしまったティエリアにニールが小さく笑った。
「ティエリアも相変わらず忙しそうだな。例の計画はまだかかるのか?」
 前回の戦いで失ったティエリア自身の身体を再構築する計画。仲間と直接顔を見て話したい気持ちはニールもエルミナも同じだ。
「急いで進めてるとは言ってたけどね」
「そうか…」
 ティエリアが消えていった画面から顔を上げてから、ニールは軽い口調で訊いた。
「それで? お前さんの新作はどうなった?」
 キラキラと輝く眼でエルミナが返す。
「食べる?」
 苦笑してニールが返した。
「そっちじゃねぇ。完成した後継機の資料。おやっさんから送ってもらったんだろ? …ったく。俺に内緒で後継機の設計書なんか書きやがって…」
 無理をさせたくないから、本当はもっとゆっくり休ませてやりたかったのだが。
 ニールの想いとは裏腹に、CBはエルミナの技術屋としての力を人手として必要としていたし、エルミナもそれに応えたがっていた。
 そしてニールは知らないことだったが、状況も……切迫していた。
「あらま……ばれちゃってた?」
「俺に隠し事ができると思ってんのか?」
 勝ち誇った笑顔で言われて、素直に苦笑してエルミナは謝った。
「……ごめん。CBの事は…ニールに任せるって言ってたのに」
「おやっさんに言われたよ。…怒らないでやってくれってさ。ま、お前が元気になれるならそれでいい」
 低くて暖かい声に、つくづく自分はニールに甘えてしまっていると思いながら、それでも笑顔でエルミナは言った。
「私をここまで元気にしてくれたのは、あなたよ。あなたが傍で笑っていてくれたから…」
 軽く笑って彼女を抱きしめてから、男は耳元で言った。
「…今日は随分と素直じゃねぇか」
「たまには…ね」
 くすっと笑いながら、低い声が返ってくる。
 これだから、彼女には勝てない。
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