dream〜2nd season〜

□足跡
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「それで、これからどうするつもりだ?」
 真剣な眼で訊いたシヴァに、しばらく黙った後、ニールは静かに口を開いた。
「お前が何のためにここへ来たかはわかってる。だがさっきも言ったように今のエルミナにガンダムマイスターは無理だ。かといって統一政府に出頭して咎を受けられるだけの気力もねぇ。…頼む、エド。見逃してくれ。このまま自分たちだけ逃げようなんて思っちゃいねぇ。だがあと一年…いや半年でいい。このまま静かに二人で暮らしたい。せめてあいつが自力で動けるようになるまでは…」
 勝手なことを言っているのは理解していた。
 本来ならば、自分たちにこんな穏やかな時間を過ごす資格なんてないということも。今すぐCBに戻り、世界に対してなすべき事をなすか、それができないのなら咎を受けるべきだということも。しかしそれがわかっていても、今の政府や軍にすべてを任せて出頭することはできなかった。
 一年前、咎を受ける覚悟でアロウズの取り調べに応じたエルミナがどんな目に遭ったか。今ではニールも知っている。
 どちらも何も言わない無言の空間で、窓から差し込む光の筋の中で小さな埃が静かに舞う。
 耳が痛くなりそうな静寂の中、シヴァがハッキリと言った。
「勘違いすんなよ。ニール」
「……………」
「俺はお前らが見つかったことをまだ誰にも報告してねぇ。今日ここに来ることもだ」
「エド………?」
「『二人はあの時の戦闘で死んでいた』と。トレミーにそう報告することもできる。一年や半年どころか、一生静かに暮らしたきゃそうしたっていいんだぜ? 俺だって…そのくらいしてやれるさ…身内として」
 世間が何と言おうと、彼らの咎を勝手に見逃すことがどれだけ重い罪になろうと、仲間を裏切ることにすらなっても。
 ずっと静かに…このまま二人で生きていくことが彼らの幸せなら。
 この上なく。どうしようもないほど幸せそうに笑ってから、ニールは顔を上げてきっぱりと言った。
「感謝するぜ、兄貴。だが俺の答えは変わらねぇ。俺もエルミナも、この期に及んで自分たちだけ助かろうとは思っちゃいねぇよ。あいつの身体が回復したら、今後の身の振り方を決める。おそらくトレミーに戻るだろうが…。咎を受ける前にこの世界に対してまだやらなきゃいけねぇことが多いし、統一政府もまだどこまで信用できるかわからねぇ。少なくとも今、俺たちが所有している機体と太陽炉はトレミーに返した方がいい。その後の事はCBに…ミス・スメラギの判断に任せるさ」
「……そうか」
 結局思いはみんな同じだった。
 トレミーの連中も、ニールも、エルミナも。
 シヴァが吹っ切るように軽く笑って言い放った。
「なんつってな。全部冗談だ。俺がお前らを見逃すわけねぇだろ? んなことしたらフェルトにもあいつらにも顔向け出来ねぇ。大体、ガンダムを持ち逃げしといてCBから逃げられると思ってんのか?」
「エド…………」
 観念したような顔で苦笑しているニールに、シヴァが紙面を一枚取り出して紙幣と一緒にカウンターに置いた。
「酒代! あと、お前ら二人は機体と一緒にそこでトレミーから指示があるまで待機しとけ。期限はなしだ」
「ここ…は…」
 あの島だった。
 刹那の、アレルヤの、ティエリアの…。
 五人で過ごした思い出がたくさん詰まったあの無人島。
「粋なことしてくれるねぇ…ほんっと」
 喉の奥で呟いたニールにシヴァが淡々と言った。
「…物資や医療系の手配はティエリアに頼んどく。どうせ復帰すんならCBでお前らをかくまった方が安全だろ? いつマイスターとして活動を再開するかはお前の一存で決めりゃいい。お前としちゃ組織に一方的に世話になんのは不本意だろうが、今回だけは甘えてやれ。…みんな喜ぶ」
 何もかも見透かしたような言い方に、返す言葉もなくカウンターの中で崩れるように椅子に座ってただひたすらニールは笑っていた。
 みんなが…あまりに優しくて。
 そして一人で気負っていた自分が、あまりにおかしくて。

 幸せで。





 ニールが店から戻ると、二階からエルミナが降りてくるところだった。
 壁に寄りかかりながら、階段を少しずつゆっくりと。
「お前…なにやってんだ一人でッ」
 驚いて駆け寄ってきたニールに、必死に笑いながらエルミナが細い声で返す。
「……ニール。今日は調子がいいの。何か、仕事はない?」
 この強気な笑顔と性格は精神崩壊したくらいじゃ変わらないらしい。思わず苦笑して軽く抱きしめてから、男は言った。
「それじゃ、一つ頼んでもいいか?」







「開店前だってのに気の早い客がもう店に来てんだ。俺が今日の買い出しに行く間、その客の話し相手になってやってくれないか?」


「オーケイ。まかせといて」





 見上げた雲一つない真っ青な空に、渡り鳥の群れが並んで飛んでいた。







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