dream〜2nd season〜

□足跡
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 これでもう思い残すことはなくなった。
「さぁ…勝負と行こうぜ」
 平日の昼下がり。
 山奥にガンダムを隠して、徒歩で獣道を使って麓の長閑な村へ降りる。
 音をたてないように村で一軒しかない酒場の裏手に回った。裏に建てられている酒蔵の扉の前で、中の気配を確認する。
 いる…。中に人が。
 ドアを開けて真っ暗な建物の中に入って扉を閉めた瞬間だった。
 カチャ…と嫌な金属音が暗闇に響く。
 冷たい銃口がドアの陰からシヴァの背に突き付けられていた。背後の闇から静かな声がした。
「…動くな。ここに何の用だ? どうやってこの場所を調べた?」
 慌てて両手を上げてシヴァが叫ぶ。
「ちょ…タンマタンマ!! 俺だ!」
 次の瞬間、灯りがついて驚いた声が飛ぶ。
「エド…ッ!!? お前…ッ、なんだって…」
「驚いたか?」
 眼を見開いて絶句している男に、満面笑顔でシヴァは続けた。

「久しぶりだな。………ニール」





 錆びついた音を立てながら、ニールが店のシャッターを開ける。
 木製のテーブルや椅子が雑多に置かれたノスタルジックな雰囲気の酒場に、窓からの陽が差し込んでテーブルやカウンターの上に残った昨夜の酒瓶を照らしていた。
 カウンターの適当な席に腰掛けて、シヴァが煙草に火をつける。
「よくまぁ、こんな所見つけたよなぁ…。ここのマスターはホントはお前じゃねぇんだろ?」
 店の中を軽く片付けながらニールが答える。
「流石にわかるか…。ここのマスターは最近腰が悪くなった爺さんだよ。俺が手伝ってる間にマッサージ行けるようになったって喜んでくれててな。少し前から住み込みで世話になってる」
 元々力仕事や掃除など身体を使う仕事を引き受けるだけのはずだったのが、ニールがカウンターに立つと客が増えるとかで最近はもっぱら接客することも多くなり、挙句ニールだけで開店させられることすらある状態だ。
「似合ってんじゃねぇか、臨時マスター」
 カウンターに立ったニールにシヴァがニヤニヤ笑う。
「お客さん、何を呑まれますか?」
 営業スマイルで訊いてきたニールに声をあげて笑いながらシヴァが適当な酒を注文した。
「真昼間の明るい酒場で酒を呑むって最高だな。ミス・スメラギがいないのが残念だぜ」
「勘弁してくれ。ミス・スメラギが来たら、ここの小さい酒蔵の酒なんてあっという間に売り切れちまう」
 二人して楽しそうに笑い合ってから、久しぶりの再会を祝して乾杯する。
 グラスの当たる透明な音が、二人しかいない薄明るい酒場に響いた。





 窓から差し込む日の光が、カウンターの上のグラスに反射して光る。
 ニールが穏やかに訊いた。
「…どうやって足取を掴んだ?」
 シヴァが口元で軽く笑ってから静かに話す。
「正直、苦労したぜ。なんせ用心深すぎる。少しでも近づこうもんなら速攻で移動しやがるし、しかもお前、移動にガンダム使ってんだろ? GN粒子のステルスでどの国の記録にも何も残らねぇ」
 おかげで何度も逃げられながら追いかけるという、某怪盗と某名探偵のような駆け引きが続いた。近づいていることを悟られれば逃げられる。だが近づかなければ相手が自分であることも伝えられない。
 そうして慎重に慎重に事を運び、丸腰で突っ込んでようやくニールと対面できたのである。
 楽しそうに笑いながらニールが返した。
「お前やトレミーの連中には悪いと思ったが、こっちも必死だったんでな。…何しろ、あいつを探したがってる奴が多すぎる」
 良くも悪くもエルミナは有名になり過ぎた。
 ブレイクピラー事件の映像は未だにテレビで流れ続け、アロウズではカティ・マネキン現准将に協力し人類の敵と戦い続けた指揮官、かつエースパイロットとして多くの軍人や一般市民に高い支持と人気を得ている一方で、マスコミは面白半分に彼女の過去を掘り返し、サクリファイス・エスケープ事件の裁判記録や当時彼女自身の手によって公表してしまった暴行の記録を面白おかしく脚色して電子週刊誌に毎週のように特集を組んで報道した。
 さらには、彼女の実の両親が四半世紀も前に起こしたスキャンダルや、実の兄が超人機関を脱出した際に引き起こした大量殺戮事件、そして彼ら兄妹がわずか十一歳で合格したイギリスの某有名大学が彼らの合格直後にテロで消し飛んだこと………。
 尾やヒレが大量にくっついた記事はどれも飛ぶように売れ、様々な憶測やデマや噂話が世間を楽しませていた。
 そしてむろん、彼女を探したがっているのはマスコミや興味本位の一般人だけではない。
 彼女の能力を欲しがっている軍関係者や、彼女の政治影響力を欲している一部の国や勢力。
 そして………ガンダムマイスターとして彼女を必要としているソレスタルビーイング。
「…………」
 シヴァのグラスに酒を注ぎながら、ニールは続けた。
「俺のしていることが間違ってるってことはわかってる。戦うこともせず、取るべき責任からただ逃げてるだけだってこともな。だが、今のあいつに、あいつを探したがってる奴らに応えるだけの力はねぇ」
 リボンズによって徹底的に破壊された身体と精神状態で、ニールの言葉にごくわずかに頷くのが精一杯だった彼女を。
 過酷な今の世界に晒すことはできなかった。
 たとえそれが彼女の責任だとしても。今はまだ…。
 シヴァが明るい声で言い切った。
「だから、守っててくれたんだろ?」
 目を丸くしてシヴァを見るニールに、彼は笑って続けた。
「お前は間違ってねぇよ、ニール。世界で一番あいつのことをわかってるお前があいつの為にそれが一番だって思って行動してんだ。何も悪いことじゃない。…大変だったろ? あいつの世話すんの」
 感謝するように軽く息をついてから、穏やかな顔でニールは言った。
「大分良くはなってきてる。少しずつ、口もきけるようになってきたしな」
 二度目の精神崩壊を起こしてボロボロになったエルミナが何度も何度もニールに面倒をかけて悪いと謝るたびに、笑って言ってやった。
『俺が望むように何でもしてくれるんだろ? …甘えてくれ。俺に、格好つけさせてくれよ』
 いつもベッドの上から無表情に窓の外ばかり見ている彼女だったが、ニールが傍にいる時だけはごくわずかだったが、幸せそうに笑ってくれた。苦労なんて何もしていない。
 ゆるやかに流れる時間の中で二人で暮らした記憶は、ニールにとってどこまでも幸せな時間だった。
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