dream〜2nd season〜
□第二十五話-未来のために-
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空間に舞う無数のアルケーガンダムの破片を見ながら座り込んでいたライルに、ハロが告げる。
『トレミーヨリ通信! トレミーヨリ通信!』
感傷に浸る時間もない。
それが、彼が選んだ道だった。
ずっと手にしたままだった銃を肩に担いで立ち上がる。
「あいよ」
動いたのは、リボンズだけではなかった。
システムのバックアップを切り離してリボンズの援護に駆け付けたイノベイター達と、刹那の援護に駆け付けたマイスター達により、戦闘は混戦と化した。
「刹那…ッ!」
ケルディムのスナイパーライフルで刹那を援護しながら叫ぶ。その脇を、アリオスが目にもとまらぬスピードで駆け抜けていった。
『はははッ!! はははははッ!!! 超兵復活と行こうぜぇッ!!!! ……戦うさ…ッ、僕たちの行動に、未来がかかっているッ!!!』
同じ声だった。
「アレルヤ…?!」
思わず呟いてしまったライルに、ウロボロスから通信が入る。
『どうやらあいつの相方も生きてたらしいな…。今のアレルヤならほっといても大丈夫だろ。そっちの機体の状況はどうだ? いけそうか?』
アルケーとの戦闘で中破してはいたものの、戦闘できないレベルではなかった。
『ああ…問題ない。……バハムートは?』
「連絡がつかなかったらしい。機体の反応はあったみたいだが…中破だそうだ。…ライル。無責任なことを言うようだがお前の兄貴なら大丈夫だと思うぜ」
『…さんきゅ。お前が言ってくれると、説得力あるよ』
いつもの軽い口調で笑ってくれたライルに好戦的に笑い返して通信を切る。
最後にかわしたニールとの会話がシヴァの脳裏をよぎった。
『普通の兄妹ってのは脳量子波なんてねぇんだよ。んなもんなくたって…お前は間違いなくあいつの兄貴だよ。お前はいるだけでいい』
「そうだ…。信じるさ、俺も」
呟いて吹っ切る。そして、出力を最大にして真っ直ぐ戦闘区域に突っ込んだ。
イノベイターと正面から戦いながら、シヴァの心はどこまでも透明だった。
変われば変わるものだ。
四年前。
刺し違えてでも妹の…エルミナの人生を狂わせた男を倒そうとして何もかも投げ出して戦って、結果死にかけて一度は本気でそのまま死んでもいいとさえ思った自分が。
今、本気で未来をかけて生き残りたいと思っている。
彼がイノベイターと戦うのは、もはや復讐ではなかった。
エルミナが彼女を壊して道具にしたアロウズに残り続けた理由は、リボンズにいつ操作されるかわからない状況だったからというだけではない。もしそうなら、彼女はもっと早く確実な手段でリボンズを暗殺することだってできたはずだ。
彼女がそうしなかった理由は…自らの仇であるはずのアロウズにあそこまで肩入れした理由は…。
『私は………この世界を変えようとして必死に生きるこの世界の全ての人が…好き』
まったく……。
本当につくづくお人好しな奴だ。
それだけは…子供の頃から何度言って聞かせても絶対に治らない。
だがそのお人好しが大勢の命を救った。
人と人が分かり合える道を…アロウズとカタロンとCBが手を取り合って戦える今日のような日を作った。
だから。
「……俺も戦う。生きて戦い続ける。ガンダムマイスターとして…ッ!」
宙が、光った。
四年前。
深夜。誰もいないトレミーの格納庫で、ブリューナクのコックピットに座ったエルミナが端末を操作していた。
やはりトランザムシステムを起動すると機体への負担は半端ないようだ。
まぁ、トランザムシステムの存在を知らずにガンダムを作っていたのだから機体が対応できないのは当然なのだが。後継機シリーズにはトランザム機能の使用を前提とした設計を組み込むとして。
そこまで考えたエルミナがそっと機体に手を触れた。
………ごめんね。ブリューナク。あなたには…すごく負担がかかってしまうけど。
胸中でブリューナクに謝ってから、ふぅ…と息をついて考える。
いけないいけない。状況が悪い方へと流れている今だからこそ、明るいことを考えるようにしないと。
そうだ。
この前から密かに作っていたシステムの試作品が昨夜完成したのだ。最高傑作を自慢しようとする子供の表情でリズミカルに端末を叩いてシステムを呼び出す。
声紋認証による対話型システム。彼女がずっと夢見ていた、パイロットがMSと直接声で対話しながら操縦できるシステムだ。
さっそく音声登録にとりかかるべく録音のスイッチを入れて、誰もいない静まり返った深夜の格納庫で声を出す。
「あー…あー…なんかいざ登録するってなると何を喋っていいのか困るわよね。歌でも歌っちゃおうかしら……」
その瞬間、下から大きな声がした。
「エルミナ! こんな時間まで機体の整備か?」
危うくコックピットからずり落ちそうになったエルミナが慌てて下にいるニールに返した。
「も…もう寝るところッ!! あなたこそ怪我人なんだからこんな時間まで起きてちゃダメでしょ…ッ」
全員寝ていると思い込んで歌わなくて本当に良かった。
眼帯をしている男が苦笑して床を軽く蹴って、コックピットまで上がってくる。
「お前、ホントに何してたんだ? 一人でガンダムと喋りながら…」
「うわわわわッ! どこから聞いてたのッ?!」
狭いコックピットの中で、密着して座りながら男が笑う。
「…歌でも歌っちゃおうか」
「ああああああ、もう…ッ、忘れてッ!!」
顔を真っ赤にして叫びながらスイッチを切ろうとするエルミナに、ニールが小さな声で言った。
「歌ってくれよ。……眠れなくてな」
からかうわけでもなく、穏やかな表情で笑っているニールにエルミナが少し恥ずかしそうに呟く。
「……苦手なのよ。そういうの。昔から…その……音痴で…」
軽く笑ってエルミナの肩を抱きながら、男は言った。
「こりゃまた意外な弱点だな。…ま、いいんじゃねぇか? 俺しか聴いてねぇんだし」
「何がいいのよ。ったく…」
腕を回して髪を撫でてくれている男の横顔を見る。癖のある髪に少し隠れている眼帯。
その下に隠れているはずの眼が、彼女にはやけに淋しそうに見えた。
「…こんなサービス、滅多にしないんだから」
言っとくけど、本当に下手だからね? 一言断ってから、たどたどしい歌声で子供の頃に覚えた歌を歌う。昔、ジュニアスクールで流行っていた歌。
「誰かさんと誰かさんが麦畑〜」
よりによってその歌かよ。と、子供の頃から聞き慣れたなじみ深いメロディにニールがお腹を抱えて楽しそうに笑う。
少なくともこのようなシチュエーションで歌う歌でないことだけは確かだ。ムードもへったくれもないあたり、エルミナらしいと言えなくもないが。
ノリの良い、のんびりとした明るいメロディが続く。
ところどころ音程を外しながらも懸命に歌うエルミナの柔らかい声に、やがてニールの声が重なっていた。
Gin a body kiss a body
Need a body cry?
Ilka lassie has her laddie
Nane, they say, hae I
Yet a' the lads they smile at me
When comin' thro' the rye.
決して上手くはなかったがどこか温かみのある優しい歌声と、一緒に口ずさんで楽しそうに笑い合っている二人。
それが、太陽炉を介してバハムートに唯一残っていた自分の親と、子守唄の記憶だった。
ブリューナクが宙に散ったのは、このわずか二日後の事である。
出典:Comin' Thro' the Rye(故郷の空)/スコットランド民謡(作曲者不詳)