dream〜2nd season〜

□第二十三話-ニール・ディランディ-
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 トレミーが駆け付けたとき、既に戦いは始まっていた。
 アーサー・グッドマン准将率いるアロウズ艦隊、巡洋艦21隻、MS108機のうち、半数近くにも及ぶ巡洋艦9隻、MS49機が戦場にて離反。その見事なまでの統率のとれた動きと、あらかじめ示し合わせていたかのような完璧なまでの反旗を翻したタイミングの良さは、残り半数の艦隊を動揺させ、混乱させるに十分足るものだった。
「これは……アロウズ同士で…戦っているの?」
 戦闘区域に差し掛かったタイミングで、アロウズのMS隊からトレミーに通信が入った。
「スメラギさん…。どうやら、アロウズの中でクーデターが起きたようです。あらかじめ決起する前提でこの戦闘に参加した人たちが、艦隊司令官であるアーサー・グッドマン准将に対し宣戦を布告。CBに対し、一時休戦を求めてきています。その中のパイロットの一人が直接こちらの司令官と話したいと言ってきていますが……どうしますか?」
 スメラギの中で、もう答えは出ていた。
 この完璧なまでの艦隊の動き。半数もの兵隊を味方につけ、動きがとれるまでに構成できる人間など、今のアロウズには一人しかいない。
「…回線を開いて」
 やがて画面の中に、知らない青年があらわれた。軽い挨拶を済ませた後、彼はこう切り出した。
『本来なら、この役をやるべき人間は俺じゃないんですがね。ご本人が来られなくなってしまったもんで、代わりに俺が…』
「ありがとう。あなたは?」
『MS隊所属、エイベル・ロウ中尉。エルミナ・ニエット中佐の副官です』
「じゃあ…やっぱりこのクーデターの首謀者は…」
『まぁ、クーデターなんて真面目な存在じゃないですよ。俺たちはあの人の個人的なファンクラブみたいなもんですから』
「ふぁ…ファンクラブって…ッ?!」
 ヘルメットの中で猫中尉が楽しそうに笑う。
『いくらお偉いさんがふんぞり返って命令したところで、戦場で戦うのは俺たち兵隊ですからね。俺らだってどうせ命をかけるなら、惚れた人のために戦いたいんですよ。あの人は…ニエット中佐は、聞きたくもない命令ばかり下されていた俺たちに、アロウズの中で唯一正しい軍隊の在り方を示してくれた。軍隊は本来、市民を守るためにあるってね。俺ら軍人だって元は一般市民です。家族だって一般市民だ。市民を虐殺するような命令を下す連中は敵って事ですよ。あの人は俺たちに戦うべき敵と戦う手段をくれた。アロウズの酷い有様の中でどうすることもできなかった俺たちに、道をくれたんです。…惚れたんですよ、俺ら全員。たとえ彼女が、元CBのテロリストだとしても、ね』
 この世界の未来に夢をくれた。
 イノベイターに支配された軍の中で使われて散っていくはずだった自分たちを拾ってくれた。
 彼らの為にアロウズで体を壊しかけるまで無茶をして、嘘のない言葉で正々堂々彼らに真意を語ってくれた。彼女が元CBなのも本人から聞いたことだ。自分の非も、してきたことも、自らの想いも、何も隠さず真剣に向き合ってくれた上官を、彼らは信じた。だからこそ、猫中尉の『今回の出撃は記念すべきエルミナ・ニエットファンクラブ活動の第一回だ。よって参加は任意とする。降りたい者は基地に残って構わない』という発言に対し、不参加希望者が一人もでなかったのである。
 それもそのはず。皆思いは同じだった。
 ここで恩を返さなければ…男ではない。
 猫中尉の言葉を通信機越しに聞いていたCB側のクルーたちはしばらく、誰も言葉が出なかった。
 これが、アロウズでエルミナがしていたこと。
 エルミナが、見せてくれた答え。
 スメラギが、覚悟を決めて訊いた。
「……彼女が……あなたの上官がここにこられない理由を…訊いてもいいかしら?」
 軽く笑ってから、猫中尉は言った。
『…それは俺にも…。けど、生きてると思いますよ。あの人、あれで結構しぶといですから。だから…』
「……?」
『あの人を、お願いします。多分これはアンタたちにしか頼めない。救ってあげてください。…あの人がこの世界にいないと、これから先、生きてても面白くありませんから』
 通信はそこまでだった。
 コックピットの中で、思わずニールが苦笑する。
「ファンクラブってお前……。…妬けるじゃねぇか。なぁ、バハムート」
 どうする? お前の母さん、モテモテみたいだぞ? 言葉とは裏腹にニールが楽しそうに笑っていると、ブリッジのスメラギから全員に向けた通信が入ってくる。
『たった今、カティから………元アロウズのマネキン大佐から一時休戦の申し入れがあったわ。クーデター派の彼らは、今は味方として考えましょう。それから…』
 カティから受け取った一通のメール。
 彼女はそれを『友人』から頼まれて預かった物だと言って渡してきた。むろん、中身も検閲していない…と。
 もしトレミーと接触することがあれば渡して欲しいとエルミナから頼まれたそれを渡して、さっさとカティは通信を切ってしまったが。
 通信機越しにフェルトの声が聞こえてきた。
『スメラギさん。やっぱり…ライト姉さんからみたいです。読んでも、いいですか?』
『…ええ。お願い』
 全員、静まり返っていた。
 フェルトの声だけが響く。
『では…読みます。…みんな、今までごめん』
 乾いた空気が流れる。
 アレルヤが固まった顔で呟いた。
「ご…ごめんって…」
 笑いをかみ殺しながらスメラギが言う。
『フェルト、続けて』
『は、はい。えっと…沢山迷惑をかけた分は、いつか必ずトレミーで返す。できれば営倉以外で』
 通信機越しに何人かの笑いが漏れ聞こえていた。更にフェルトが続ける。
『今はみんなのおかげで以前の自分を取り戻せている。いつまで正気でいられるかはわからないけど、五年前に自分がしたことのけじめくらいはつけるつもり。その後で自分自身の状況もなんとかするつもりだけど、万一しくじったら………あ、あの。…ごめんなさい。読みます。…しくじったら、その時は撃って欲しい。多分そうなったらもう、以前のように説得が通じる状況じゃない。厄介なことを頼んで申し訳ないけれど、これはみんなにしか頼めない。それじゃ、戦場で待ってる』
 随分と…あっさりした手紙だ。
 ティエリアが小さく呟いた。
「ライト。本当に…君も相変わらずだな。何故いつもみたいに笑ってしれっと帰ってこなかったんだ。笑って誤魔化すのは君の専売特許だろうに…」
「今までごめん…か」
 軽く笑って、アレルヤが胸中で呟く。
 なにも…なにも謝ることなんてないんだ、姉さん。
 生きていてくれただけで。それだけで充分だ。
 震える声で、フェルトが呟く。
『………ロックオン…』
「どうした?」
『…添付されているデータが…あなた宛てだって…』
「転送してくれ」
 即答したニールに黙ってフェルトがデータを転送する。
 送られてきたデータは、アロウズでエルミナが搭乗している専用機の解析付きデータだった。どうやら、向こうでも彼女は自身で設計した機体に乗っているらしい。データを見る限り、設計思想はバハムートに良く似ていた。さしずめ兄妹機と言ったところだろうか。
 搭載武器、ドライヴの出力値、トランザム時の性能上昇値と、限界時間。そして、搭載されている戦闘用モーションデータなど。その全てを渡してきたということは。
「……………」
 考えるまでもない。子供が見てもわかる。撃ってくれと。言っているようなものだ。
 以前、シヴァから聞いた言葉が頭をよぎる。
『助けるのか、楽にしてやるのか』
「………決まってんだろ?」
 このデータの意味は。
 撃ってくれじゃない。

 助けてくれ……だ。
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