dream〜2nd season〜

□第二十二話-エルミナ・ニエット-
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 軍基地の様子をそっと覗いて、自分抜きで艦隊が完璧に動いていることを確認する。
 どうやら、猫中尉は上手くやってくれたようだ。
 エルミナが、愛用の銃を握り直して息を整える。
 狙い撃つ。
 あの男の口調を真似て心の中で呟いてみる。
 生きるか死ぬか。ここですべて決まる。
 部屋のドアを勢いよく開けて中にいる少年に向けて横から銃を構える。

「やぁ、遅かったね」

 こちらを見ることもなく、正面を向いて足を組んで堂々とソファーに座ったまま、リボンズは笑っていた。
「動かないで…ッ」
 トリガーに指をかけたまま、鋭い声でエルミナが叫ぶ。この時間にこの建物に他の人間がいないことは既に調査済みだ。
「そんなに緊張しなくても、僕は丸腰だよ。それで?」
 からかうように言ってくるリボンズに、エルミナが言った。
「全イノベイターの武装を解除させて、アロウズの総司令に停戦命令を」
「ああ、なるほど。どうしてすぐに撃たないのかと思ったら…そんなことか。さっさと撃てば良かったのに。今の君の状況で助かりたかったら、君自身が僕を直接殺すしかないからね。エルミナ・ニエット」
「…大人しく従ってくれれば殺しはしない。あなたにはこの戦争の元凶としての責任がある」
「君は元々軍人だったにも関わらず、今まで一度も正義という言葉を使っていない」
「悪いけど、あなたと余計な事を話すつもりはないわ。従わないなら、撃つ」
「…それは君が、自分自身が人殺しであることを自覚しているからだ。ベクトルが違うだけでやっていることは君の育ての親を奪ったテロリストと何一つ変わらない」
 銃声が響いた。完璧にリボンズの前髪をかすめて眼前五ミリのラインを弾丸が通過する。
 リボンズは涼しい顔で続けた。
「だから君は僕を撃たずにそうやって威嚇射撃までする。ただの人殺しとは違う勝ち方をして、自分の正しさを証明したい…いや、認めたくないのかもしれないね。今、君の後ろにいる人間と、自分が同類だという事を」
「……ッ!?」
 瞬間、エルミナが床を蹴って飛ぶ。
 エルミナの背後から飛んできた銃弾が二発。先程までエルミナが立っていた空間を通り抜けて壁に穴を開けた。
「おいおい、大将。せっかく助けに来たってのに敵に位置を教えるってのはどういう了見だ? ったくよぉ…」
 ぶつくさ言いながら、銃を片手に部屋に入ってきた男が舐めるように銃を構えているエルミナを上から下まで見る。
 瞬間、エルミナの背筋を冷たいものが這った。この男は…この男の自分を見る眼は…戦場で敵兵を見る眼ではない。子供の頃刑務所で散々見た…餓えた男がこれから嬲り殺す少女を見る眼だ。
「よぉ、姉ちゃん。悪いが雇い主を殺されちゃ困るんでな」
「……ッ」
 軽く言いながら何発も発砲してくる相手の弾を家具の陰に隠れてかわしてエルミナが応戦する。
 男の口から軽い口笛が漏れた。
「今のをかわすたぁ…アンタ、いい筋してんじゃねぇか」
 リボンズの呑気な声がした。
「できれば彼女の体に傷はつけないでほしいね。その身体はまだ使える」
 エルミナの怒鳴り声が響いた。
「人を………なんだと思って…ッ!!!!」
 エルミナがリボンズに銃を向けた瞬間、男の銃弾がエルミナの身体をかすめてやむを得ず再び彼女が男の方に集中する。
「言うことに欠いて殺すな怪我させるなってかぁッ?! 俺は戦争屋だぜ?!」
 言いながら隙をついて距離を詰めて彼女の死角から銃で殴りかかる。とっさにガードしようとした彼女の身体を蹴り飛ばした。死角からのフェイントについていけず予想外の蹴りをまともに食らってエルミナが壁に身体を叩きつけられる。銃を持った腕を壁に押さえつけて、至近距離で男は言った。
「…命令じゃしょうがねぇ…と言いたいところだがなぁ…? それじゃ俺の気が済まねんだよ…元CBのテロリストさんよぉ…ッ!」
「な……ッ」
 とっさに抵抗しようとしたエルミナのこめかみに力いっぱい銃口を押し当て、楽しそうに笑って男は続けた。
「アンタの事はそこにいる大将から聞いてるぜ? あの男とデキてたことまでちゃあんとな」
「あなた…一体…ッ」
 その質問に答えたのはリボンズだった。
「アリー・アル・サーシェス。名前は聞いたことがあるよね?」
 確かに聞き覚えがあった。その名は…四年前に刹那が…。
『俺は、神を信じていた。信じ込まされていた。あの男がそうした』
「KP…SAの……ッ」
 歪んだ顔でエルミナが口にすると、サーシェスは満足そうに笑った。
「ご名答…ッ」
 ガッとエルミナの下っ腹に膝で蹴りを入れて、咳き込むエルミナの身体を更に何度か乱暴に蹴り飛ばして彼は続けた。
「アンタに恨みはないが、ちょいと俺の気が晴れるまで付き合ってもらうぜ? 恨むならテメェの男を恨むんだな」
「……ニー…ル…」
 確かにKPSAはニールにとって仇だ。しかし、ニールがこの男に恨まれる理由が…あるのか?
 胸中を読んだかのようにリボンズがエルミナの方を見もせずに淡々と言った。
「ロックオン・ストラトスは…いや、ニール・ディランディは、君がいなくなった後、マイスターとしての使命より家族の仇討ちを優先した。そこにいる彼と刺し違えたんだよ。…四年前にね」
「………ッ! う…そでしょ………?」
 青い顔で絶句しているエルミナに、サーシェスが続ける。
「それで殺り損なってりゃ世話ねぇよなぁぁぁッ!! つってもおかげさまでこっちも身体半分飛んだけどなぁ…ッ!」
 本来、この男に女性を嗜虐する趣味はなかったが、ニールには再生治療の付けを払わせなくては気が済まない。ニールを殺すだけではとてもではないが足りなかった。
「…逆…恨み…じゃない……」
「知ったこっちゃねぇなぁ…ッ!!」
 苦しそうに言い返してくるエルミナの細い手首を折れそうなほど強く握りながら男はぎらついた眼で眼下の女を眺めた。
 苦痛に歪んだ顔で強気に睨み返してくるエルミナの耳元で囁く。
 なぁ…。もしこのまま俺がアンタに何かしたら…あの兄ちゃんは今度こそ狂っちまうよなぁ?
 エルミナをこの場で殺せないのが残念で仕方なかった。リボンズさえいなければ間違いなく殺していたのに。
 すると、俯いていたエルミナが低い声で言った。
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