dream〜2nd season〜
□第二十二話-エルミナ・ニエット-
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初めて知った時から、面白い人間だと思っていた。
ニエット兄妹。
天賦の才とその努力。世が世なら彼らの才は数奇な運命にもてあそばれることなく発揮され、人類に大きく貢献する結果を残したかもしれない。
「しかし、この世界は彼らを否定した」
彼らの親を排除し彼ら自身の体も心も弄び徹底的に破壊した。
それでも彼らは壊れない。前に進むことを、やめようとしない。
「…さしずめ人間の底力といったところだね。君がどこまで僕の予測を超えられるのか。正直もう少し君はできるかと思っていたけど…」
結局、見込み違いだった。最後に圧力をかけて追いつめてみたら、残り時間が少ないことを知って、それでも仲間を救うことを優先した。それも、とっくの昔に裏切っていたような器の小さな女を。
彼女は王留美を見捨てるべきだった。
見捨ててでも、残り時間を使って自分の生き残りをかけて行動すべきだった。
そう。人間にしては非常に優れた思考能力を有していながら、感情に流されるその愚かさが人間であるが故の限界。
リボンズが、無感動に呟いた。
「さよなら。エルミナ・ニエット」
君にもう用はない。
刹那のダブルオーと王留美の小型艇がそれぞれ飛び立つのを見届けて、エルミナが軽く息をつく。
どうやら彼らの用は無事済んだらしい。
刹那にはああ言ったものの、身体が…もう動かない。このまま死ぬならいっそトレミーの世話になる選択もあったのだろうか?
「んふふ…それはない…わね…」
死ぬ前に確実にリボンズの人形と化すことがわかっていて、このタイミングでトレミーと接触できるわけがない。そしてそれはアロウズの仲間も同じだ。以前の自分のように誰かに危害を加える可能性がある以上、誰もいない宇宙の果てでこうして独りで終われるのなら、ある意味最悪の事態は回避できたと言えるのかもしれなかった。
意識が白い色に飲まれていく。
「……ッ!? これは………」
愕然とした表情でリボンズが叫ぶ。
脳量子波が遮断され、エルミナが…自分からの脳量子波を一切受け付けなくなっていた。
その瞬間、愕然としているのはエルミナも同じだった。
「ち…ちょっとちょっと、何なのこれッ?!」
意識が飛んだ瞬間、気が付くと不思議な空間にいた。身体の苦痛が…というより、感覚が一切なくなっていた。
つまり…。
「死んだ……?」
呟いた瞬間だった。
『ここは一体…。私は既に涅槃にいると言うのか…?』
グラハムの声がした。
「な……ッ?! グラハム…ッ?!」
しかし、エルミナの叫びは全く届いていないらしい。今度は刹那の声がした。
『違う』
「………ッ!! そ……うか」
刹那の言葉に、エルミナがようやく状況を理解する。この意識の世界はダブルオーライザーの光…。つまり外で、グラハムと刹那が戦っているのだ。
それは不思議な感覚だった。二人が戦っているのが見える。それは、至近距離でそれを見ているような、それでいて遠方から傍観しているかのような。
『私が求めるのは、戦う者のみが到達する極み…ッ!!! その極みにある勝利をッ!!!!!!』
『勝利だけが望みかッ!!!?』
『他に何があるッ!!?』
『決まっている…ッ!』
少年は叫んだ。
『未来へと繋がる、明日だッ!!!!!』
その瞬間、エルミナの意識が覚醒する。
「………ッ!!」
一気に意識が戻って気づくとエクリプスの中で浮いていた。
思考も…記憶も身体の感覚も何もかも…すべてがはっきりしている。
まだ生きてる…!
ならば、さっき見たものは…。
急いで自機を置いた場所へ向かう。
身体が嘘のように軽い。体調の悪さが全て消えていた。
「刹那………」
直感だったが断言できる。これは刹那の力だ。
無重力の中、全力で廊下の壁を蹴って自機のコックピットに乗り込む。
『見てるから。刹那の…戦いを』
そうか。自分がああ言ったから…。
だから刹那は…きっと。
『俺は…生きる。生きて明日を掴む。それが俺の戦いだ』
「武士道とは…」
ただ一人、戦いに敗れて宇宙に残された男が刀を抜きながら呟く。
「死ぬことと見つけたり…」
すると、どこからともなく聞き慣れた女性の声がした。
「…毎朝毎夕、改めては死々、常住死身に成て居る時は、武道に自由を得、一生落度なく家職を仕課すべきなり。…その言葉の意味は、武士道とは死を覚悟してつとめるものである。毎朝毎晩、死ぬ覚悟で一生働き続けて武士としての職務を全うせよって事なのよん?」
グラハムが見上げると、いつの間にか自機の上にエルミナの機体が浮いていた。コックピットハッチを開けて堂々と立ったエルミナが満面笑顔でこちらを見下ろしている。思わず苦い顔で叫んだ。
「エルミナ…ッ。………見ていたのか…」
「んふふ。しかとこの目で見届けたり。いい戦いだったわ、グラハム」
笑っているエルミナに、グラハムが小さく呟く。
「……生きろというのか…君まで…」
綺麗な笑顔で彼女は答えた。
「生きること、これすなわち戦いなりってね。死んだら戦えないもの。敵前逃亡は不本意でしょ? グラハム」
「………………」
「それじゃ、時間がないから私はもう行くわ」
それだけ言って、コックピットに戻ろうとする女の背中に彼は叫んだ。
「エルミナ…ッ!!」
「……ん?」
「これが…今生の別れとなるか?」
彼女がゆっくりと振り向く。
「………。多分、ね」
結末がどうなろうとも。きっとこれが。
「生きろ」
「グラハム…」
「もし二度と会いまみえることが叶わなかったとしても…生きてくれ…ッ。この世界のどこかで…」
十年以上も前に出会って、戦友として…同じ戦場で戦って、何度も死線を駆け抜け、一度は敵対する立場になったこともあった。軍人とテロリストとして何度も宙で戦って…。そして彼女が記憶を失ってからは……。
記憶を取り戻した彼女を助けて共にアロウズを立て直して、そして今、その関係の全てが終わろうとしている。
分かり合っていた。
今も…分かり合っている。だから。
「戦わなきゃね…お互い。生きるために」
「ああ」
「ありがとう、グラハム。…さようなら」
「さらば…ッ」
背を向けた互いの顔は、清々しいほどに笑っていた。