dream〜2nd season〜

□第二十一話-迷宮の囚人-
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 気が付くと、瓦礫の街にいた。
 細い身体と、低い目線。
 帰省の時にいつも使っていた使い古したリュックと、寄宿舎では普段は着ない、外出する時に着る服。
 背後から声がした。
『ライル……?』
 振り返ると、驚いて見開いた眼が自分を見つめていた。
 自分と同じ顔をした…兄が。
『兄さん…ッ!! ああ…良かった……。…兄さん……』
 思わず笑みがこぼれてニールに駆け寄る。
『……え……?』
 呆然と立ち尽くしたまま小さな声で訊き返してきたニールに笑顔のまま軽い口調で話す。
『えじゃねぇよ、ったく…。これでも心配して飛んできたんだぜ? 家族がみんな安否不明だって聞いてたからさ』
『…………そ…っか。そういう…意味か…。悪い……。お前に……連絡…しないとって思ってたんだけど……』
『いいっていいって。こんな状況じゃ仕方ないって。あーーーもう、縮んだ俺の寿命返せってのッ! ほんっと無事でホッとしたけどさ…。まぁ、うちに限ってまさかとは思ってたけど? なぁ、兄さん』
 調子のいい口調と笑顔のまま、ライルはサラッと続けた。

『父さんと母さんとエイミーは?』





 こんな気持ちだったんだ。
 ああ、きっと。
 あの時のニールも。

 やっと…………わかった。

「………………アニュー………ッ」
 真っ暗な部屋で一人で目が覚めて、両手で顔を覆う。
 その手の下から、微かな嗚咽が漏れた。
 涙に塗れた顔を歪めながら、胸の中の喪失感に叫び出しそうになる。
 彼女は…死んだ。死んでしまった。
「………ッ」
 もうこの世界のどこにもいない。
 会えない。話せない。笑ってくれない。
 経験したことのない底なしの孤独が男の心を襲っていた。

『…そんな淋しそうな顔しないで、ライル。あなたには私がいるから』

「アニュー…………ッ、なん………で………………ッ」
 なんでそう言ったお前が俺より先に逝くんだ。いてくれるんじゃないのかよ?!
 胸中叫ぶライルの心に、あの日の彼女が語りかけてくる。
『言ったでしょ? ライルがいなくなったら………淋しいって。どこまでだって…傍にいるから…』
「…俺だって……淋しいって……」
 なぁ? 頼むよ。誰か…。
 俺たちを、出会ったあの日に戻してくれ…ッ!

『ねぇ、私たち、分かり合えてたよね?』

 ああ…。分かり合えてた…分かり合えてたさ…ッ! ずっと…ッ!


 閉ざされたままのライルの私室から、すすり泣く声が延々と廊下に漏れ聞こえていた。





「……刹那。…悪かった…」
 暗い顔でブリッジに入ってきたニールが刹那の顔を見て開口一番に詫びた。
「ロックオンが謝ることじゃない」
 ティエリアが小さな声でニールに訊く。
「ライルは…?」
 軽く首を横に振って、ニールは言った。
「…もうしばらく、一人にしてやってくれ」
 声をかけようかとも思った。しかし、部屋の前に立っただけで、ノックすることすらできなかった。彼の苦痛がどれほどのものか、エルミナを一度目の前で失った自分が一番よく知っている。
 頷いてから、ティエリアが言った。
「ロックオン。システムダウン中に、トレミーに緊急暗号通信が入っていた」
「暗号通信?」
 ポイントだけが書かれた謎の通信だったが。
 相談の末に向かうことが決定して、刹那がダブルオーで先行する。一緒に行くと言ったニールの申し出を断ってから、刹那は言った。
「ロックオンは、彼の傍にいた方がいい」
「刹那。ライルのことなら……」
「違う」
「?」
「シヴァだ。…この前の戦闘の時から、何かの攻撃を受け続けている」
「この前って…、本人曰くおさまったって話だっただろ…? 大体、刹那。お前一体なんでそんなことがわかる……?」
「………それは…」
 言いかけてやめてしまった刹那を少しの間見つめてから、ニールは場違いなほど明るい口調で言った。
「わぁかったよ。どうも最近のお前さんは一人で思いつめすぎてっからな。ダブルオーでひとっ走りしてスカッとして来い。な?」
 少し驚いた眼でニールを見た後、刹那がホッとしたような顔で少し笑う。
「……ああ。ロックオン」
「ん…なんだ?」

「……ありがとう…」

 背中で言って、そのままブリッジから出て行ってしまった刹那に、ニールはおろか、その場にいた全員が硬直する。
「あ……あり…ありがとうって…」
 乾いた声で言ったニールの声に全員の声が重なった。
「あの刹那が…ッ?!」





 狭い廊下で、向こうからやってくる刹那の正面に立つ。
「ライル…」
 真っ直ぐこちらの目を見て逸らさない刹那に、目線を逸らしてライルは言った。
「この間は悪かったな…。感情的になり過ぎた。マイスター失格だ」
「ライル…俺は…ッ」

「戦うぜ」

「……ッ」
 男はもう一度、はっきりと言った。
「俺は、戦う」
「…………」
 一度も刹那の目を見ようとしないライルに、刹那は小さく返した。
「わかった」
 それだけ言って、去って行こうとする刹那の背中を見ずに、ライルは静かに目を閉じた。
 彷徨っている。
 みんな。どこへも行けずに。
 目指す変革は果たして出口なのか地獄の底なのか。それすらわからずに。ただ、未来を目指して、自分自身を変えるためにもがき続けている。
 だから…。

 俺は俺自身の意思でイノベイターを叩く。
 カタロンでも、CBでもなく。

 けどなぁ……ッ!!

 胸中叫んでホルスターから銃を抜く。
 去っていく刹那の背中に狙いをつける。
 ほんの少し。指を引くだけで簡単に仇が討てる。
 ………。
「…………………ッ」
 視界が…霞んでいく。
 銃を降ろして壁に背中を預ける。
 心臓が締め上げられるような思いだった。
 こんな…気持ちだったんだ。
 こんな……!
「兄さん…」
 何を…やってんだろうなぁ…俺は。
 哀しく胸中呟いて天井を仰ぐ。

 彼女が笑っているような…そんな気がした。
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