dream〜2nd season〜

□第二十話-アニュー・リターン-
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「どこだ…どこにいるッ?!」

 アニュー。
 新型機の屈折ビームをケルディムのシールドビットでガードしながら、少ない敵機の中からアニューを探す。いるはずだ。…必ず。

「興奮しないで、ライル…ッ! いい男が台無しよ?!」

「アニュー…ッ!!!」

 問答無用で斬りかかってきたアニューの攻撃を受けながら、距離を取って応戦する。
 やはり…アニューは。
「何故だッ!! 何故俺たちが戦わなければならない…ッ!?」
『それは…あなたが人間で私がイノベイターだからよッ!!!!』
 ライルの放った中途半端な弾を楽にかわして、アニューが一気に距離を詰める。瞬間、目の前で近距離武器のプラズマが眩く閃いた。
「………ッ!! 分かり合ってたッ!!!」
『偽りの世界でねッ!!』
「嘘だというのか…ッ? 俺の想いも……お前の気持ちもッ!!」
 ようやく見つけた…心から愛せた人を。
 たとえ彼女が何者でも構わなかった。
 愛していた。
 愛している。
 ああ、そうだ。今も…。
 ならば…!
 トランザムをかけて一気に畳み掛ける。
 ゼロ距離で機体の頭部にピストルを突き付け。
 一気に乱射した。
『……ッ!!』
 強い。
 アサルトモードでのビットとトランザム化したケルディムの攻撃になすすべなくアニューが追い込まれていく。
 舐めていた。この男を…。
 他の戦闘タイプのイノベイターほどではないとはいえ、アニューとて決して弱くはないつもりだったのに。
「………ッ」
 戦闘不能に陥ったアニューの機体をビットが取り囲む。正面からピストルを突き付けたケルディムから、ようやくトランザムの光が消えた。
 勝負あった。
 …殺られる。
 コックピットの中で、静かにアニューが呟く。
「ライル……」
「…………………」
 しかし、トリガーが引かれることはなかった。
 構えたピストルを投げ捨て、半壊したアニューの機体に手をかける。
「な、何を……?」
『決まってんだろッ!』

『もう一度お前を…俺の女にするッ!!!』

 絶句。
 とは、このことだった。
 この人間は…この男は一体何を…。
 アニューが何者で、何をしたか知っていて、それでもなお。
『嫌とは言わせねぇッ!!』
 この男は…。
 アニューを一人にしたくないと言ったこの男は…。
 コックピットハッチが破壊される。
 アニューの壁が、剥がれ落ちていく。
「ら……ライル……」
 裸にされたコックピットの中で、小さな声が漏れる。
 まさか…。なおも愛しているというのか…?
 裏切った相手を…?
 そのまさかだった。
 この男は本気だ。
『欲しいもんは奪う。たとえお前が…』

 連れて帰る。
 無理矢理でも。不可能でも。

「イノベイターだとしても」

 強く暖かい口調で、きっぱりと言い切る。
『ライル……』
「アニュー…」
 ゆっくりと手を伸ばして、ライルは言った。
「戻ってこい。アニュー」
 目の前のその手が…暖かい。
 アニューの瞳から滴が溢れて無重力に散る。
「ライル……私……………私は……」

 あなたを…。



 ぷつり…と、そこで意識が途絶えた。



『愚かなニンゲン…』
 呟いた「それ」はもう、アニューではなかった。
「アニュー…?」
 半壊した状態のまま突然武器を振り回して暴れ始めた機体の中で、アニューの中にいる何かが言った。
『イノベイターは人類を導くもの。そう。上位種であり、絶対者だ。人間と対等にみられるのは我慢ならないな』
 その存在は、突然の事で反応できないライルを攻撃し続ける。
『力の違いを……見せつけてあげるよ』
 もう、ライルは戦えなかった。
 アニューに…否、イノベイターに殺されかけながら、ただ悲痛に叫ぶことしかできないライルにとどめを刺そうとした瞬間、男の眼の前で彼女の機体を閃光が貫く。

 トリガーを引いたのは、刹那だった。





 たとえば。

 この世界を一つのパレットだとする。
 そこには無数の絵の具が星のように散って自由に飛び回っていて、偶然隣り合った色同士が何かの拍子に混ざり合って、元の色を一部に残したり、時には完全に別の色になってしまったりする。
 まったく見た目が同じパレットが、上にも、下にも、横にも、無数に並んでいる。
 これらは決して重なり合うことはなく、お互いのパレットの中だけで色は存在し続けている。
 全て同じに見えるそのパレットには、実は少しずつ違う部分がある。あるパレットには赤がなかったり、別のパレットには青がなかったり。
 偶然に。あるいは必然的に赤と青の両方が存在するパレットの中でだけ、紫は生まれる。
 それはそのどちらかが存在しないパレットの中では決して起きない現象。合縁、奇縁、愛情、怨恨、その場に集まったものの起こす奇跡、その場に居合わせたが故の絶望。その現象が幸運であった時人は運命に感謝し、悲劇であった時人は運命を呪う。
 もしかすると、無数に存在するパレットの中に、片方の色が存在しなかったためにその幸運も、悲劇すらも、何事も起きなかった場所も、どこかにあるのかもしれない。
 ただ、偶然に。あるいは必然的にこの世界にはその両方が存在し、隣り合い、混ざり合ってしまった。


 

 気付くと、光の中にいた。









『ライル…私…イノベイターでよかったと思ってる』



『なんでだよ…?』



『そうじゃなかったら、あなたに会えなかった。この世界のどこかですれ違ったままになってた』



『いいじゃねぇか……それで生きていられるんだから…』



『あなたがいないと生きてる張りがないわ』




『アニュー……』








『ねぇ、私たち、分かり合えてたよね?』










『ああ…もちろんだとも』












『良かった』










 その瞬間、機体が閃光に包まれる。
 男が絶叫する中で、一つの命が宙に散った。






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