dream〜2nd season〜

□第二十話-アニュー・リターン-
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 遅れてブリーフィングルームに入ってきたシヴァが青い顔で呟く。
「……悪い、遅くなった」
 慌ててフェルトが叫んだ。
「まだ寝てなきゃ駄目…ッ」
 ニールが軽くフェルトを制止して、シヴァに椅子を用意してやりながら言った。
「座ってろ。…ブリーフィングが終わったらすぐに医務室に戻れ」
 その言葉に男が何か言う前に、フェルトが射るような眼で男を見つめた。
「…オーケイ。素直にそうさせてもらうぜ」
 場が落ち着いたのを見計らって、スメラギが重い口を開いた。
「あなたが倒れたってことは、ライトに何かあったって考えていいのかしら?」
 それはまさに、この場にいた全員が訊きたかったことだった。アニューの一件が起きたのとほぼ同時に彼が倒れ、事が済むまでニールが彼につく羽目になっていた。
「みんなが予想してる通りだ。……俺が邪魔だったんだろうよ。んでエルはまた俺のとばっちりだ。……くそ…ッ!!」
 珍しく荒れた態度を隠そうともせず、彼は座ったまま横の壁を拳で思いっきり殴った。ニールが静かに訊いた。
「今は…まだ続いてるか?」
「いや……。さっき急に落ち着いた。こいつはただの勘だが、向こうもまだ無事だと思うぜ」
「そうか…」
 重い顔のまま、それでもいくらか安堵したような顔で呟いたニールに、シヴァが訊いた。
「ライルと刹那はどうした?」
「…刹那がライルを呼びに行ったっきり、戻ってきてねぇ。大方、二人で何か話してんだろ。…結局、ライルはアニューを撃てなかったからな……」
 ニールの言葉に、全員が重い顔で沈黙する。
 口を開いたのはスメラギだった。
「…でも、次の戦闘で確実に彼女は戦場に出てくる」
「ライトの時のように説得する…というわけにはいきませんか?」
 最大限気を遣ったアレルヤの台詞だったが、ティエリアが静かに否定した。
「あの時とは状況が違う。…というより、状況が逆だ。ライトは元々こちら側の人間だった。アニュー・リターナーは…元々イノベイター側だった」
 本来いるべき場所に戻ったのであって、昔のエルミナのように操作されているわけでも、強制されているわけではない。強制的にエルミナを再びCBに戻すのは救出だとしても、強制的にアニューを再びCBに戻すのは拉致でしかないのだ。
 フェルトが細い声で呟いた。
「ライル……」
 ケルディムから降りてきた時の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
 愛した女に手酷く裏切られて、その上逃げるアニューに銃口を向けてトリガーに指をかけたまま、結局撃つこともできずに戻ってきたライルの顔が。
 シヴァが淡々と言った。
「厳しいようだが、向こうは敵で全力でこちらを殺しに来る。とっとと決めねぇと迷ったまま戦った挙句死ぬことになるぜ」
「何を…決めるの?」
 代表するようにフェルトが訊く。全員の視線がシヴァに集まっていた。

「助けるのか、楽にしてやるのか」

 フェルトが訊き直す。
「……鹵獲するのか、倒すのか…ってこと…?」
 ティエリアが硬い声で言い切った。
「ならば答えは決まっている。たとえ誰であろうと、イノベイターは倒すのみだ」
 ニールが慌てて口をはさんだ。
「待てよ。せめてライルにも話を訊いてやってから……」
 部屋の入り口から遮るような声がした。
「その必要はない」
「刹那……」
「ライル・ディランディは…自分で引き金を引くと言ってきた。…もし彼ができないときは、俺が引き受ける」
 ニールが苦い顔で言った。
「…カッコつけんな。その時は俺がやる」
「ロックオンが彼女を殺せば、ライル・ディランディを救う人間がいなくなる」
「だからってなんでお前が引き受ける…。こいつはお前一人で背負い込む問題じゃねぇ」
「……いや、むしろ今はそれしかない……」
「刹那?」
「ライル・ディランディは…おそらく彼女を撃てない。撃てない理由がある。だが、ロックオン…いや、ニール・ディランディ。お前が代わりに撃てば彼は自分自身で撃つ以上に深い傷を負うことになる」
「……ッ!!」
 絶句しているニールに、刹那は続けた。

「俺にやらせてくれ」





 星が大量に散らばる宇宙をガラス越しに見ながら、ニールが一人で小さく呟く。
「いつの間にか一人前の口きくようになりやがって…」
 刹那……。ライルから家族も恋人もすべて奪った罪を一人で背負う気か。それが…過去に対するお前の生き方か。
 過去に対する生き方。今を変えようとしている。刹那も、エルミナも。
 …変わろうとしている。
 ならば、お前はどうなんだ?
 ニール・ディランディ。
 ガラスに映る自分に問いかける。あとどれほどこの問いを繰り返せば、あの男の生きている世界で前だけを向いて進んでいけるのか。彼女を弄んだイノベイター達を、私怨ではなく未来のために倒せるのか。
 自嘲気味に笑いが漏れた。
 割り切れと必死に自分に言い聞かせている時点で話になっていない。
「……あ…」
 背後からデッキに入ってきたライルがニールに気づいて小さな声を漏らす。ガラスの中に増えた自分と同じ顔を振り返って、ニールは言った。
「お前も天体観測か?」
 ライルが軽く笑う。
「懐かしいな。兄さんか俺が望遠鏡磨いたら絶対その日の夜は雨になるからってエイミーが…」
 だから望遠鏡は絶対私が磨くんだから。と、楽しそうに一人でレンズを磨いていた妹の姿が懐かしい。長期休暇中に帰省した時の、数少ない実家の思い出だ。懐かしそうに笑っているライルに、暗い顔でニールが言った。
「お前にとってはあれが最後か…」
「え? ああ…言われてみりゃそうか。まぁ、今となっちゃいい思い出だよな」
「…いい思い出…か。…強いな。お前は」
 珍しく低い声で呟いたニールに、ライルが軽い口調で返す。
「急になんだよ。兄さん」
 ライルの顔を真っ直ぐ見て、ニールははっきりと訊いた。

「狙い撃てるのか? 彼女を」

 そして時が経てば、自ら撃ったアニューとの思い出ですらいい思い出だったと笑えるのか?
 ライルは真剣な眼で答えた。
「……狙い撃つさ。俺はその為に…カタロンに……CBに入った」
「俺なら無理だ」
 ライルが笑顔で言った。
「兄さんはそれでいいんだよ。兄さんは俺とは…違うんだ」
「お前はそれでいいのか? アニューも」
「………」
 表情が消えてしまった弟に、ゆっくりと出口に向かいながらすれ違いざまに兄は言った。
「俺を殴った時のお前は…今のお前とはまるで別人だ」
「………ッ」
 ライルが振り返った時には、閉まる扉の向こうに一瞬背中が見えただけだった。
 ニールを…殴った時の、自分。
『無理矢理でも不可能でも連れて帰りゃ良かっただろうがッ!!』
 なるほど。確かにニールの言う通りだ。
 目の前のガラスに映る自分の顔は…殴り飛ばしたくなるほど無様だった。
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