dream〜2nd season〜

□第二十話-アニュー・リターン-
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 思い出した…すべて。





 今朝目が覚めると、いつものライルの腕の中だった。
「おはよ」
 うっすら開いた透き通るような瞳に少し笑って、ライルの額に軽く口づける。

「おはよう、ライル」

 当たり前のようにそこがアニューの居場所になっていた。
 さっきまでは。





「リターナーさん、やめませんか? 今ならみんなも…」
「黙って」
 ミレイナのこめかみに銃を突き付けて、端末を操作させる。
 そう。彼女はこのためにトレミーに乗った。
 このために…生まれてきた。
 イノベイターとして。
 それを思い出したのがつい先ほど。
 鹵獲された振りをしてトレミーに乗ってきたリヴァイヴからの脳量子波を受け取った瞬間……覚醒した。
「これで全部?」
「は、はいです。指定されたデータは全部…」
「………」
(こっちは済んだわ)
(了解。なら、あとはダブルオーだ)
 リヴァイヴと頭の中で会話しながら、ミレイナを掴んで銃を向けたまま格納庫へ向かう。
 同位タイプであるリヴァイヴとアニューは完全に思考を共有することができた。
 どこかの不完全な改造人間の兄妹とは違い、完璧に思考を共有することの出来る上位種。
 その意味で、人間たちの中でも高ランクの脳量子波を持つシヴァは計画にとって一番厄介な存在だった。
 人間離れした能力を持つ彼だが、リヴァイヴからの報告によると手は既に打ってあるらしい。となれば、自分たちの脳量子波に対抗できる存在はもう…。
「……ッ!!」
 角を曲がろうとしたところで人の気配を感じてとっさに銃を構える。
「脳量子波が使えるのが自分だけだと思うな」
 …そうだった。
「あなたの存在を失念していたわ」
 銃を構えるソーマの背後から、刹那と…そして、あの男があらわれる。
 ライル・ディランディが…。





 医務室は普段誰も来ないから、静かでいい。
『おっと、邪魔したか?』
 茶化すようないつもの声に、軽く笑って答える。
『ライル…。邪魔するぜって正直に言えば?』
『手厳しいねぇ…』
 くすくす笑いながらアニューが続ける。
『それで? 今日はどこが痛いの? お腹? それとも頭? それとも…』
『…君に会いに来た』
 ストレートな表現にアニューが思わず驚いた声を出した。
『ビックリね。もうお医者さんごっこは卒業したの?』
 ライルは楽しそうに笑っていた。
『酷いな。これでも精一杯だったんだぜ? 君と二人きりになる口実が欲しくて、さ』
『……今日は随分積極的ね』
『ああ。今日は君を口説きに来た』
 気付くと、すぐ近くに彼の顔があった。

『君を一人にしておきたくない』

『え…? それは…』
 思わず顔を上げると、真剣な眼をしたライルと目があった。
 その瞬間、表情を誤魔化すように軽く笑ってライルが言った。
『ああ、いや。そんな深い意味じゃないって。君のような魅力的な女性を一人にしておくのは、男として如何なものかと思ってね』
 歯の浮く様なセリフを吐きながら軽い口調で口説いてくる男を、アニューが挑発するように笑い返す。
『なら、私にあなたの男を魅せてちょうだい、ライル』
 男は好戦的に笑った。
『オーライ』
 口づけてから、至近距離の男は女から目をそらさずに言った。

『最高の思い出を魅せてやるよ。アニュー』





 最高の思い出だった。彼と過ごした時間はすべて。
 帰還して、リボンズに作戦の失敗を報告する。…ライルのことは報告しなかった。
 女なんかに作るから…と、リヴァイヴは言ったが。
『別にいいよ、気にしなくて。長い間のスパイ活動で君も大変だったろうし』
 意外にも通信機の中のリボンズは笑っていた。
「ええ…まぁ……」
 言葉を濁したアニューに、鋭い笑顔でリボンズは言った。
『次は…上手くやってくれるよね。アニュー・リターナー』
「…………もちろんよ。リボンズ」
 それじゃ…と、通信を切ろうとしたリボンズに訊く。
「エルミナ・ニエットは今どうしているの?」
『さぁ? そういえば、最近姿が見えないね』
「…………」
『気になるのかい?』
「作戦を開始してからシヴァ…いえ、エドワード・ニエットの姿をトレミーで見かけなかったのが気になったの。彼女に…何かしたの?」
『ふふ。そこに気づくとは…流石だね。大丈夫だよ。まだエルミナ・ニエットにはやってもらわなければいけない仕事が残ってるからね』
 それが終わったら…始末するの? とは訊けなかった。
「…あまり、彼女を舐めてかからない方がいいと思うわ」
 フッと嘲笑して彼は言った。
『たかが人間だよ』





 薄暗い部屋の中で女性が機械に繋がれていた。大量のコードが伸びる機械を部屋に侵入した少年がカタカタと音を立てて操作する。
 機械の音に紛れて、コンソールを叩く音と苦しそうな呻き声が細く部屋に響いていた。
「だ………れ…?」
 苦しそうに問いかけるエルミナの顔を汗が何本も伝う。眼鏡をかけた少年は真剣な声で言った。
「静かに。…大丈夫。これを外せばすぐに楽になる。……て、聞こえてないか」
 まだ目が見えて口がきけるだけでもよく耐えた方だ。
 荒い呼吸を繰り返しながら、彼女が小さな声で呟く。
「……ティエ………リア………?」
 ふっと笑って少年がボタンを押した瞬間、全てのラインが停止して、機械から解放された彼女の身体がどさっと床に沈む。床の上でぐったりとしているエルミナに、彼は言った。
「違うよ。僕の名は……」
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