dream〜2nd season〜

□第十九話-交錯する想い-
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 目が覚めると、明け方だった。
 カーテンの外が薄暗い。
「ニール……?」
 一人でベッドの上で思わず呟いてしまってエルミナは自分で自分の言葉に苦笑した。
 何故だろう。隣に彼が…いた気がした。
 寝なおす気にもなれず、そのまま仕事に出かける。
 いつもよりかなり早い時間に出勤したにもかかわらず猫中尉が先に来ていて、挨拶もそこそこにニヤニヤしながら言ってきた。
「今日は機嫌がよさそうですね、中佐」
「久しぶりに夢見が良かった気がするの。何も覚えていないのが残念」
「俺は覚えてますよ?」
「昨日見た夢?」
「中佐が出てきて、働き者の俺の給料を明日から十倍にしてくれるって言ってました」
「良かったわね、夢で」
「ええ。残念です、夢で」
 いつもの朝の掛け合いを済ませて仕事モードに入ったエルミナに、猫中尉が真顔で言った。
「中佐、先程ライセンス持ちの美少女から伝言を預かりまして」
「……一応、聞こうかしら?」
 エルミナの表情を見て、猫中尉が鋭い眼で軽くうなずく。
 アロウズで唯一エルミナの状況を把握している副官として、彼は言った。
「一人で指定の場所に来てほしいそうです。用件は機密事項の為その場で説明すると。時間と場所は…」
 猫中尉の短い報告を聞いて、エルミナが苦く笑う。
「…いかにも今まで待ってたって感じよね」
 ついに来てしまった…ということだろうか。
 それにしてはいささか早すぎる気もするが。
 どちらにしても、行けばここには二度と戻ってこられないだろう。たとえそうなったとしても、今のアロウズなら大丈夫だろうが。
 心残りといえば、ルイスをあのままにして行かなければならないこと。けじめがつけられなかったこともそうだが、自分がいなくなったあと彼女はおそらく…。せめてもう少し…時間があれば…。
「まさか…行くつもりですか?」
「行っても行かなくても同じよ、にゃんこ中尉」
「主役が退場するにはまだ早いと思いますが? 俺だってまだ野良猫になりたい気分じゃありません」
 あまりの事に、猫中尉の毒舌もこの程度である。
「そうね。私もまだ早いと思うわ」
「?」
「さっきも言ったけど、向こうが用済みになった私を消すつもりなら行っても行かなくても同じなのよ。呼び出しなんてするのは、おそらく何か別の目的があるから。良くて人質…悪くすればまた何か私を使ってやらかす気かもしれないけれど…」
「…それがわかっていても、中佐は行かざるを得ない…」
 彼の上官はあくまで笑顔のままだった。
「その通り。私にとっても私が人質であることにかわりはないもの…。表面上だけでも要求には従うしかない。猫中尉、もし私が戻ってこなかったら…手筈通り頼むわよ?」
 準備は出来ていた。エルミナと連絡が取れなくなったらすべきこと。指揮系統の代行先、処分するデータ、そのほかにも猫中尉の役割は山のようにある。エルミナが寄せてくれたその信頼に、今は信頼で応えるしかなかった。
「……イエッサー」





「…ッ」
 頭に軽い脳量子波を感じて、顔をしかめる。
「シヴァ?」
 フェルトが心配そうな顔で休憩室の椅子に座った男を見下ろしていた。
「…大丈夫だ」
 今のは…エルミナではない。誰だ…?
 それでも心配そうにこちらを見つめ続ける少女に満面笑顔で言ってやる。
「んな顔すんなって。隕石が降ってきたらどうすんだ」
 くすっと笑ってフェルトが返した。
「ここ、宇宙なのに?」
「知らなかったか? 宇宙には隕石を通りすがりの宇宙船にぶつけてくる宇宙怪獣がいるんだよ」
 今度こそフェルトの笑い声が響いた。
「ちょっと待って! その話聞いたことがある」
 確か出典はエルミナだ。
 二人の声が重なった。
「宇宙怪獣メテオン」
 なんて安直な名前なんだ。二人で笑い合って、フェルトが笑いながら言う。
「泣いてる子がいたらぶつけてくるんだよね」
「ああ。出たらガンダムで退治しねぇとな」
 幼い頃、泣き虫だったエルミナの為に母親が描いてくれたイラストをフェルトに見せてやりたいくらいだった。泣きじゃくっているエルミナをよそに、幼いシヴァがそんなものいるわけがないと口にしたら、母に、不在を証明できないものは信仰の有無次第で存在し得ると言いくるめられた。言い返せなかったことは言うまでもない。ついでに、ならば得になる物の存在は信仰したほうが人生が面白くなると言われ、妙に納得してしまったのをいまだに覚えている。宇宙怪獣メテオンが得になるのかどうかは甚だ疑問だったが。全く、困った母親だ。
 そこまでの話をずっと笑いながら聞いてくれたフェルトの顔に少しホッとした瞬間、さっきからしばらく続いていた脳量子波がようやく止まる。
 結局、誰のものかは…わからないままだった。





『アニュー』

 まただ。また…呼ばれている気がする。

『…………誰?』

 頭の中で呼んでみても、答えはない。

「………アニュー? アニュー?!」
 気が付くと、ライルの腕の中だった。
「あ……私…」
 薄暗い部屋の中で、ライルが苦笑する。
「ったく…キスの途中に呆けんな」
 つられるように笑ってアニューがライルの胸に顔を埋める。
「ごめん…」
 しっかりと抱きしめてやりながら、ずっと前にシヴァから聞いた言葉がライルの中で確信に変わりつつあった。
『彼女からは、強い脳量子波を感じる。俺らみたいな超兵の生き残りか、トリニティの連中みたく別の機関の出身か…あるいは、ティエリアのような…』
 イノベイター。
 ティエリアから聞いたその単語が脳裏に響く。
 だとすれば、彼女がトレミーに…否、CBに入った目的は…。
 いや、関係ない。
 自身の考えを打ち消すように胸中でかぶり振る。
 たとえイノベイターだとしてもアニューはアニューだ。
 エルミナの言っていた通り、今すべきこと…今はアロウズにいるイノベイターを倒すことに集中すればそれでいい。
 そうすれば……関係ない。
 ああそうだ。イノベイターを倒す為に、自分はカタロンに…そしてガンダムマイスターとして今ここにいる。
 敵襲の放送を聞いて、お互いノーマルスーツに着替えて部屋を出る。
 ブリッジへと向かうアニューの背中を、呼び止めた。
 振り返った彼女に、そこで言うのがなんだか勿体なくなって、彼は言った。

「いいや、なんでもねぇよ」





「行くのかい?」
「無論だ」
 冷たく言い放って出て行くソーマの背中を見送りながら、アレルヤは小さく呟いた。

「わかった」
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