dream〜2nd season〜

□第十八話-兄妹-
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「そりゃ大変だったな」
 トレミーの喫煙室にシヴァの笑い声が響く。
 苦い顔でライルが煙を吐いた。
「それだそれ」
「あぁ?」
 小首をかしげているシヴァにライルが苦笑して言った。
「そのタチの悪い笑顔。妹そっくりだよ」
 タチが悪いと称された笑顔で楽しそうに笑って、彼は言った。
「お前がニールと似てるのと同じだ。諦めろ」
「………。…ほんっと、お前ら見てると自分の悩みがどうでもよくなってくるぜ…」
 エルミナと別れてトレミーに戻ってきたのが昨日の夜。スメラギに一通り報告を済ませて、一応この男にも報告しておいてやらねばと思ったらこの有様だ。
「んなもん、気にしたって仕方ねぇよ。…生まれる前から一緒にいたんだ。似て当たり前だ」
 その達観したような表情も、どこかエルミナと似ている気がした。
 無理もない。
 エルミナの経歴は半分はこの男の経歴でもある。
 新しい煙草を取り出して火をつけているシヴァに、表情を消してライルが言った。
「…知ってたのか? お前」
「ん?」
「ずっと前に彼女の事を調べに一人で出て行った時の事、話したくないって言ってたろ?」
 アロウズで彼女がどうなっているか。彼ならば簡単に調べられるような気がした。
 それでなくても、この二人には脳量子波がある。ライルには何がどこまで伝わるものなのかよくわからなかったが。
「……エルは、何か言ってたか?」
 その顔に全ての答えが書いてあるようだった。
 やはり知っている…か。
 ライルの心が軋んだ音を立てる。
 目の前の男はあの頃から…エルミナと戦っていた頃からずっと一人でその事実を知ったまま戦っていた。
「そう…だな。本人の言葉を一言一句違えずに伝えると、『今はもう平気』だそうだ」
「そうか…」
「俺にはとても平気そうには見えなかったがな」
 軽く笑って短くなった煙草の火を消してから、シヴァは言った。
「…さんきゅ。あいつの事心配してくれて」
 喫煙室から出て行くその背中を見ながらつくづく思う。
 本当に、不器用な兄妹だ。
 自分とニールも、人の事は言えないが。





 散々迷った末、ニールの部屋の戸を叩く。
 二ヶ月ぶりに見るライルの顔に、ニールは軽く苦笑して部屋に入れてくれた。
「一応、兄さんにも言っといたほうがいいと思って。それじゃ」
 報告事項だけを事務的に話して、さっさと出て行こうとする弟を背後から呼び止めて、兄は言った。
「ライル」
「…なんだよ」
「ありがとな。今回の件、すげぇ感謝してるよ」
「……ッ!!」
 振り向かずに絶句している弟に、彼は言った。

「お前がいてくれて良かった」

「…………」
 絶句したまま、何も言えずに自室に戻る。
 ドアを閉めてロックした瞬間、ドアに背を預けた。膝から力が抜けていく。
 俯いて切ない顔で笑いながら、男は結局、今回の行動がエルミナの為でもニールの為でもシヴァの為でもトレミーのみんなの為でもなく、自分自身の為だったことを再認識していた。
 アニューの言う通りだ。
 周りの人間を立ち入らせない癖に、自分の存在を認めてもらいたい気持ちだけは一人前で。
 最初から。
 最初からずっとニールはライルを認めてくれていたのに。
 ニールとの関係に向き合う努力を怠っていた…否、放棄していたのはライルの方だ。
「そうだよな……兄さん…。言わなきゃ…わかんないよな……」
 良かった。
 お互い生きて話せるうちに気づけて。





「ライルが戻ってきたと思ったら、次はシヴァ…ね」
 ライルが持ち帰ったメメントモリのデータを解析しながらスメラギが呟く。
 フェルトが端末を叩きながら軽く笑った。
「休暇だって言ってましたね」
「数日だって言うから許可したけど…。どこ行く気なのかしら」
 定時連絡は入れるように言ってあるが。
 例の一件で倒れてカプセルから出てきて以来、シヴァがワンマンアーミーとして以前のように自己判断で長期間単独行動をとることはなくなった。何かするときは、必ずスメラギか誰かに考えを全て説明してくれるようになった。
 彼も少しずつ、変わってきている。
 彼だけではなかった。
 ニールもライルも刹那もティエリアも、少しずつ変わってきている。
 そして…。





「いつまでそうしている?」
 ベッドに腰掛けたソーマの硬い声が飛んだ。
「さぁ…ね」
 定期的にソーマの部屋を訪れてはただ何もせずにしばらく隣に座っているだけのアレルヤに、最初こそ徹底的に無視を決め込んでいたソーマも無視しきれなくなっていた。
「いくらお前が毎日来ようとも、私は…」
 苛立つように言いかけた言葉を遮って、ベッドの上についているソーマの片手の上に自分の片手を乗せて男は言った。
「わかってるよ。…ソーマ」
「………ッ!! 勝手にしろ…ッ」
 顔だけそっぽ向いて、それでも手は払わなかったソーマに少し苦笑して、そのまま横に寄り添うように座る。
 何も言わずに、ただただずっと。そうしていた。
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