dream〜2nd season〜

□第十七話-ライル・ディランディ-
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「エルミナ、単刀直入に言う。…アロウズから手を引いてくれ」
「……………」
 無言で顔を伏せてしまったエルミナに、思わず立ち上がってライルは彼女の頭上から続けた。
「トレミーに戻れとは言わない。…そりゃ戻ってくれるならそれが一番だけど…。でも、それが出来なくても、アロウズに力を貸すのはやめてくれないか?」
「…あなたの言いたいことはわかる。アロウズは、CBのみんなの…というより、今や人類の敵だからね」
「なら…」
「………アロウズにいる兵隊に罪はない」
 言葉に詰まってしまったライルに、エルミナは続けた。
「五年前。私たちは武力介入の名のもとに、世界に喧嘩を売って…そして大勢殺したわ。世界から戦争をなくすと口にして。でも、それじゃダメだった。ただ自分の国を…家族を守りたいだけの軍人を何人殺したところで、世界は変わらない。今アロウズにいる兵隊を何人殺したところで、世界が変わらないのと同じように」
「…………」
「ライル。CBのみんなやカタロンが…世界中が今の私がしていることを恨むなら…受け入れる覚悟はできてる。でも今倒すべき相手は…しなければならないことはみんな同じでしょう? 私もそう。私は…五年前に自分がしたことへのけじめをつけなきゃいけない。咎はその後で受ける」
 今度はライルが顔を伏せる番だった。
 今更ながら、相手の悪さを痛感する。
 何しろあの兄さんが惚れた相手だ。
 この程度の安い説得に応じてくれる人間ではない。
 それでも…説得しなければ来た意味がない。
「そいつはアロウズでやらなきゃいけない理由にはならないな。けじめをつけるならCBでやったっていいはずだ。トレミーの連中は今だってアンタをずっと待ってる。誰一人恨んでる奴なんていないって。みんな…戻ってきてほしいと思ってるさ」
 相手の一番弱い部分を責めるようで卑怯だと知りつつも、必死に暖かい言葉を出した。
 案の定、辛そうに歪んだ顔で、彼女が必死に言葉を紡ぐ。
「………ッ…。そ…れは…。…そりゃ………私だって…………ホントは戻って………みんなに謝りたい……………ッ」
 しかし、顔を上げて彼女は言った。
「…事が済んだら、必ずそう…させてもらう。けど、今のアロウズには私が必要なの。…今は戻れない」
 苦い顔でライルが返す。
「俺にはわからねぇ。…アロウズは今まで散々アンタを利用してきた。それも…人間じゃなく物のように扱ってな。それでなんでアロウズにそこまで肩入れできるんだ? いくら兵隊に罪はないったって、普通アロウズ自体に腹が立って当たり前っつか…ぶっ潰したいって思うだろ?」
 呆れるようなライルの声に、エルミナの笑い声が響いた。
「まぁ、それに関しては概ね同意するけどね。私があの連中に奪われたものは全部みんなが取り戻してくれたから、もうそれでいいわ」
「みんなって…」
「あなたのお兄さんと、私の兄さん。それから、あなたとトレミーのみんな」
「………ッ!!」
 その綺麗な笑顔は本物だった。
 この人は…本気だ。
 市民の為にイノベイターを倒すなどと言う綺麗言を本気で体現しようとしている。建前でも怨恨でもなく。真っ直ぐに。
 なんて人だ…。そうか…だからニールは…。
 やむを得ず、ライルは一番切りたくなかったカードを切ることにした。本来切るつもりはなかったのだが。
「エルミナ。…ここへ来る前にアンタの事を調べてて…経歴とアロウズでの逮捕後の記録を全て見せてもらった」
 あらま。そんなところまで調べちゃったの。とかなんとか胸中呟きつつエルミナが困ったような顔で苦笑していると、ライルが真剣な顔のまま慌てて言ってきた。
「兄さんには何も言ってない…ッ」
 しばらくしてから、エルミナが表情を変えずに笑顔のまま言った。
「お気遣いは嬉しいけど。…アロウズでのことはともかく、経歴の方はもう全部ニールにバレちゃってたり…」
「な……ッ! 嘘だろ…?」
 擦れた声でそれだけ口にして絶句しているライルに、エルミナが続ける。
「でも、アロウズの話は言わないでおいて。……知ってしまったら…あの人、また傷つくから」
 綺麗な顔で微笑んでいるエルミナに、恐る恐るライルが訊く。
「……兄さんが傷つくって……エルミナは…?」
 ニールの心配をしているこの人自身の心と身体がライルは心配で仕方なかった。
「今はもう平気」
 その硬い言葉と浮かべられた強気な笑顔に厚い壁を感じる。ライルには立ち入れない…というよりおそらく、ニールでなければ他の誰にも立ち入れない壁が。
 わかっていたこととはいえ。やはり…ニールでないと無理か。しかし、ライルも必死だった。
「…エルミナが平気でも、俺はそうはいかねぇんだよ…」
「………ライル…」
「頼むから兄さんの為だと思ってこのままアロウズに残るのだけはやめてくれ…ッ! …こんなことになってるって知った以上、アロウズがどうなったって俺はアンタをあそこに置いておくわけにはいかねぇんだよ…ッ、わかるだろ…ッ!?」
 …なるほど。一理ある。なんだ…。
 お兄さん想いの…いい弟じゃない、ニール。
 四年前にニールから聞いた弟の話を思い出しながら、エルミナが胸中で呟く。
 あの時は、一体どんな弟なのかと思っていたが。
「…確かに。あなたにしてみればそうよね。ニールの為…か。んふふ。なかなかツボをつく言葉を使ってくるじゃない?」
 この期に及んで強気に微笑んでいるエルミナに、呆れ果てたようなライルの言葉が飛ぶ。
「笑ってる場合かよ…。とにかく、トレミーに戻りづらいなら、カタロンに来てくれないか? カタロンに力を貸してほしい」
 この言葉には、流石のエルミナも目が点になってしまっていた。
「えっと……待って。どうしてあなたがそんなこと…?」
 困惑しているエルミナに、ライルが事情を説明する。理解して、苦い顔でそれでも必死に笑いながらエルミナが額に手を当てた。
「……まさか…ニールの弟がカタロンの構成員だったとはね…」
 ライルがカタロンを利用していた時点で、CBは完全にカタロンと手を組んだのかと思っていたが…まさかライルの個人的な繋がりだったとは。必死に笑ってはいるが、かつて、弟のためにガンダムマイスターになったニールの心境を思うと…正直笑えない。だが、これはニールとライルの問題だ。
「あなたがガンダムに乗ってる時点で、ニールが良く許したとは思ってたけど……………そういう…ことね。まぁ、それはいいわ。それより驚いたのは……カタロンの人たちが……」
 アロウズからエルミナを助け出す為にここまで大規模に動いてくれたということ。打算があったことを差し引いても、リスクの方がはるかに大きいというのに。
 少し言葉に詰まってから、続ける。
「…ライル。ごめんなさい。私はあなたの覚悟を甘く考えていたみたい。改めて、礼を言わせてもらうわ。来てくれて、ありがとう。カタロンの人たちにも…伝えてくれると嬉しい」
 しかし、綺麗な顔で笑っているエルミナに対し、ライルの顔は暗かった。
「その物言いだと、返事はノーってこと…だよな」
 笑顔を完全に消し去って、エルミナが真剣な顔で言った。
「本当は言わないでおくつもりだったんだけど…」
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