dream〜2nd season〜

□第十七話-ライル・ディランディ-
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「エルミナ」
 作業中の手を止めずに、エルミナが訊き返す。
「何〜?」
 あれから…グラハムのおかげで状況は随分と改善された。彼と話しながら仕事をしていると、絶望的ともいえる自分の身体の事ですら不思議と希望が持てる。
 助けてくれる友人の手がこんなに暖かいものだったことを、彼女は今更になって思い出していた。
「…君はCBだけじゃなくカタロンにも知り合いがいるのか? 呼び出しが来ているようだが」
「いるわけないでしょ〜? お呼び出しって…もしかして勧誘とか?」
「…可能性は否定できないが…」
「わぉ、私ってなかなか人気者じゃない? 困っちゃうわね」
 ちっとも困った顔をしていない満面笑顔のエルミナに、フッと笑ってグラハムが返す。
「暗殺される可能性の方が高い。そちらの意味でも君は大人気だからな」
 苦笑しながらエルミナが真面目な声で返す。
「そうね。CBでのテロ活動に、悪の権化アロウズでの大活躍…そろそろ世界中から憎まれてもいい頃だし」
 CBのみんなは…流石に殺したいほどこちらを憎んではいないだろうけど。正気に戻ってもアロウズで活動しているエルミナに、流石に呆れてもう見捨てているかもしれない。
 そこにきて、カタロンからのお呼び出し。
 どう考えてもカタロンはエルミナを暗殺してアロウズにとどめを刺そうとしているとしか思えなかった。
「ちなみにグラハム。差出人って書いてある?」

「L・ディランディ。覚えは?」






 少し時間より早くついてしまって、指定のバーで適当にカクテルを注文する。
 いつどこで暗殺されてもおかしくない有名人だというのに、大胆にもサングラスすらかけず、エルミナは堂々とカウンター席にかけていた。
 他に客は一人もいない。
 そのまま約束の時間を過ぎて一時間ほどマスターと二人きりの無言の時間を過ごした頃、一人の男が店に入ってきた。

「…悪いな、待たせちまって」

 聞き慣れた声に、ふとエルミナが店の入り口に目をやる。
 その瞬間、エルミナの眼が瞬きを忘れ、魔法でもかかったかのように硬直した。
 長い時間固まってから、なんとか彼女は口を開いた。
「…………ライル?」
「ああ…」
 思わず顔を片手で覆って泣きそうな顔でエルミナが笑う。
「あ…はは、ごめん。ちょっと不意打ちだった…。双子だって事は聞いてたのに……こんなに………似てるなんて……」
 我ながら、酷な事をしていると。
 今更ながらライルは気づいていた。
 兄と重ねられてこんなにも一切不快な感情が起きなかったのは生まれて初めてだ。
「エルミナさん…だよな」
「ごめんなさい…。不愉快よね。エルミナでいいわ」
 目に溜まった涙を拭って苦笑しながらなんとかそれだけ言えたエルミナの横に座って、彼は笑って言った。
「不愉快なもんか。俺がもしアンタと同じ立場だったら…恋人と同じ顔した双子の姉妹を見たら、きっと同じ気持ちになってたさ」
 一時間も一人で待たせてしまったのは本当に彼女が一人で来ているか確認するためだったが、改めてその必要がなかったことを知る。
 とはいえ。ライル自身はともかく、今回の密会にはアニューを含め大勢の仲間たちが協力してくれている。万が一の時は彼らも巻き込んでしまいかねない以上、慎重にならざるを得なかった。
「ライル。ずっとあなたに、謝ろうと思っていたの」
「え…? 俺に?」
 何か謝罪されるようなネタがあっただろうか? 思わぬエルミナの言葉にライルが必死に心当たりを探していると、真剣な声で彼女は言った。
「初めてあなたに会った時…。記憶がなかったとはいえ、私は本気であなたを…」
 あ…そういえばそうだった。
 ライルが胸中で間の抜けたことを考えている間も、彼女は重い顔で言葉を紡いでいた。
「殺すところだった。謝って済む話ではないけれど……ごめんなさい」
 エルミナにしてみれば恐ろしい話だ。偶然ケルディムが頑丈だったから良かったようなものの。
 そうでなければニールの弟を殺していたのだ。本当に…怪我一つさせずに済んでよかった。
 軽く笑ってライルが言った。
「そいつはエルミナの所為じゃない。連中にやらされてただけだって」
「それは言い訳にはならない。…私は…自分が何をしているのか理解してやっていた。確かに精神操作は受けていたけど…私に責任がないわけじゃない」
 なるほど。ニールと同じで根は恐ろしいほど生真面目だ。そしてこの手のタイプは思いつめやすい。だから二人とも気があったんだろうか?
 胸中そんなことを考えつつ、ライルが笑いながら軽い口調で言い放つ。
「だぁからもう気にすんなって。第一、その後助けてくれたろ?」
「……え?」
 今度はエルミナが目を丸くする番だった。
「メメントモリの時にさ。エルミナ。アンタにとってはただトレミーを助けただけかもしれないが、俺は本気で感謝してる。だから缶詰の話はもう気にすんなって」
 笑いながら話すライルにつられるように少し笑って、エルミナが言った。
「……殺菌して缶詰…ね。なんだか懐かしいわね」
「少し前の事なのに、すげぇ前みたいだよな…ホント」
 軽く笑い合って、グラスが出てくるのを待ってから乾杯する。
 気持ちのいいグラスの音が響いた。





「…それじゃ、記憶の方は」
「もうすっかり戻ったわ。前にあなたと会った時はまだ半分くらいで…。あの時に今くらい思い出せていたら良かったんだけど。あれから、ニールの怪我は?」
 前回ブレイクピラー事件で出会ってから二ヵ月半が経過していた。
「あんなの全然大したことないって。とっくに完治してピンピンしてる」
 本当は全治一ヶ月の大怪我だったのだが。
 楽しそうに笑いながらエルミナが言った。
「もしかして……あなたも結構お兄さんと喧嘩したクチ?」
 複雑な笑顔でライルが適当に答える。
「あー……いや、まぁ、それは割と最近になってからっつーか…」
「んふふ。男兄弟だと喧嘩も派手そうよね。…殴っちゃったりとか?」
 既に殴ってしまったことがある手前、返す言葉がない。目の前で楽しそうに笑っているエルミナに、ライルが好戦的な笑顔で返す。
「そういうアンタも相当兄貴に突っかかってたじゃねぇか。そっちも双子なんだろ?」
「…まぁ、ね。……兄さん…何か言ってた?」
 少し迷ったが、ライルは正直に答えた。
「今の状況で自分が助けに行ったらエルミナが怒ると思ってるみたいだな。でも多分…すげぇ心配してるぜ。口に出さないだけでさ」
 苦笑して、エルミナが呟いた。
「…うん…。知ってた…。繋がってるから。…私と兄さんは」
 淋しそうに笑う横顔を見つめて、アニューと二人で読んだ資料の事を思い出す。
 そう…この人は。

 複雑な思いを抱えたまま、真剣な顔でライルはここに来た目的を口にした。
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