dream〜2nd season〜

□第十六話-君の孤独を分けて欲しい-
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 グラハムの予感は的中した。
 猫中尉から今の状況を聞いてあまりの酷さに頭を抑える。
 執務室で一人、通信機を片手に端末を叩いているエルミナが通信機を切ったタイミングで、背後のドアをそっと閉めた。
「…エルミナ」
「グラハム悪いけど後にしてく…」
「頼みがある」
 その真剣な顔を一瞥して、エルミナが手を止めてグラハムの方に向き直る。
「どうしたの?」
「今日はもう休んでくれないか? 君なら私が言わずともわかるだろう? 不摂生は体力を奪い、睡眠不足は判断力を低下させる」
「…それでも今の私には休んでる時間が惜しい。今のうちにやれることを全てやっておかないと…。…ッ」
 険しい表情で言いながら立ち上がろうとして、一瞬立ち眩んで机に片手をつく。
 グラハムが心配そうな声調で話す。
「ならば今から三時間…いや、二時間でいい。私と重要な仕事の話をしたと思って、二時間仮眠をとれ。その程度ならばさして…」
「…していない話をしたことにできるわけがないでしょう?」
 この融通の利かない物言い。やはり…エルミナの疲労はピークに達している。
 この前廊下で会った時から、何かエルミナらしくないと感じてはいたが。
 あんなに苛立っていたのも恐らくそのせいだろう。どちらにしても、このままではまずい。
「なら、君が行くつもりだった救援小隊の指揮を私が代わりにとる。君は自分で行ったと思って、私が戻ってくるまでの間、ゆっくり眠ってきちんと食事をとってくれ。それならいいだろう?」
「……そう…ね。それなら……」
 言いながらも既にふらついているエルミナの身体を支えてやる事は出来ず、部屋から出て行くエルミナを見送る。
 今のグラハムにできることは、可能な限り彼女の仕事を引き取ってやることくらいしかない。
「今のうちにやれることを全てやっておかないと…か。エルミナ…やはり君は………」
 つい先ほどまで彼女がいた机には、イノベイターに関する資料が残っていた。




「ライル…」
「ん〜?」
「あなたの秘密って一体いくつあるの?」
 ベッドの中で抱き合った体勢のまま、胸元で聞いてくるアニューに、声を出して笑いながらライルが答えた。
「アニューよりは少ないと思うけど?」
 ベッドサイドの明かりしかついていないホテルの室内で、昼に追加でライルが仲間から受け取った資料がテーブルの上に散乱していた。
「………私に秘密なんてあるのかしら」
「え?」
 純粋に声が小さすぎて聞こえなかったらしい。
 くすっと軽く口元だけで笑ってから、アニューが言った。
「なんでもない。…もっと、ライルの話が聞きたい。この街に住んでたの?」
 苦笑して、ライルが天井を見つめながら言った。
「いや、家はこんな都会のど真ん中じゃなくて、もう少し田舎の方だった。俺がいた寄宿舎も、別の街。でも、この街はよく買い物に来たり、遊びに来てたんだ。ここだと何でも揃うし」
「田舎か…。その方が確かに実家って感じがするかもね」
 軽く笑いながらライルが返す。
「都会じゃないってだけで、そこまで田舎ってほどでもなかったけどな。近くの駅も結構大きかったし、駅前にはでかいショッピングモールもあって………」
 そこで止まってしまったライルの顔を見ていなかったアニューが少し笑いながら返す。
「ならここまで買い物に来なくても良かったんじゃない?」
「…ああ。…そう…だよな」
 口を滑らせてしまったことに自分で驚いて、一体自分は何を話しているのだろうと我に返る。
 あのショッピングモールは今はもうない。
 ないのに、なくなった風景をほとんど見ていないせいか、子供のころ見慣れていたあの風景が未だにまだあそこにあるような…そんな気がしてしまう。
 変わり果てたあの場所を見たのは、たった二回だけだ。
 一度目は、寄宿舎で突然呼び出されて連絡を受けた時。
 爆発事件が起きて、君の家族は全員安否不明だと口で説明されても、一体何のことだかわからなかった。
 言葉の意味が分からなかったわけじゃない。
 家族がいなくなったかもしれないという話が、いつまで経っても現実のものにならなかっただけだ。
 まるで、悪い夢でも見ているようで。
 変わり果てたあの場所に駆け付けても、そこに広がっていたのはあまりに見慣れない風景で、間違えて知らない街に来てしまったような…そんな気分だった。
 路上に並んでいる死体袋に縋り付いて泣いている遺族の姿を目の当たりにして急に不安になった時、偶然ニールと再会した。
 そしてホッとしたのもつかの間、両親と妹が既にこの世にいないことを知った。
 知った…だけだ。
 大人になってから、近くに来たついでにあの場所へふらりと立ち寄った時が、二度目。
 その時にはもうすっかり綺麗になっていて、慰霊碑が立っているだけだった。
 目の前ですべてを見ていたニールとは違い、ライルにとっての『テロ』は人から聞いた両親と妹の死を、現実に起きた出来事としてまず理解するところから始まった。
 必死に理解しようとした。
 それでも、あの時見た、慰霊碑に刻まれていた見慣れた名前には……未だに実感がもてないでいる。
 墓に行くときの方がまだ実感はあるが。
「ライル……?」
 アニューの声に突然意識を引き戻されて、慌てて答える。
「あ、ああ…悪い。何の話だった?」
「…もし時間があったら、あなたが子どもの頃に住んでた街や家を見てもいい?」
 どうしてそんなことを言ってしまったのか。
 それはアニューにもわからなかった。
 小さな声で男は答えた。
「行っても何もないって」
「家は、ある?」
「………どうかな」
 最後に見たときは、空き家だった。

 そうだ。一つ思い出した。

 あのテロの後、ニールが一緒に住みたいと言い出した。元々ニールはライルが家から出て行くことに最後まで反対していた。
 その後も、事あるごとに帰ってきてほしいと口にしていた。
 家族がいなくなった後、せめて二人で一緒にいたいと言ったニールの手を突っぱねたのは……自分だ。
 忘れていた…ああ、忘れていた。
 あの言葉は確か…子供の頃…。

『ライル。俺はお前の事、信じてるよ』

 あの笑顔で言われるたびに苛々した。
 勝手な事ばかり言うなと、内心思いながら…口ではわかったと答えていた。

 勝手な事ばかり考えていたのは自分の方で。ニールの事なんて何もわかっていなかった。…何も。





「だぁから何もないって言ったろ〜?」
 呆れた声で車の中から笑っているライルに背を向けて、一人で外に出て空き家を見上げながらアニューが呟いた。
「家……。家族…か」
 セミロングの髪を、風が撫でる。
 車に乗った後で、ライルにそれとなく訊いてみた。
「…淋しくなかった? 家族と離れて暮らすの」
 男は苦笑して答えた。
「すぐに慣れたよ」
 むしろ淋しかったのは、家族の方だったんじゃないだろうか。今更ながら、ライルにはそう思えた。
「…私は淋しいと思う」
「え?」

「ライルがいなくなったら」

 返す言葉が、なかった。
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