dream〜2nd season〜
□第十六話-君の孤独を分けて欲しい-
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カティをはじめとする優秀な軍人がごっそりと行方不明になって早一ヶ月半。
アロウズは勢いを取り戻しつつあった。
艦隊編成は一新され、足りなくなったMSなどの開発も無駄のない完璧な物資運用によって滞りなく行われ、なんとか各地のテロ活動や紛争などにも対応できるまでになった。
イノベイター達は相変わらずCBを攻め続けてはいたが、それ以外のアロウズはどうにか軍隊としての形を取り戻しつつあったのである。
指揮官、パイロット、技術者…他にも、圧倒的に人材が不足している中、この驚異的な再生は奇跡的だった。
否。奇跡などではない。
「……ええ。それも書類はこっちで作る。それから…………」
「中佐。上からの命令で紛争介入に行かせていた第06MS小隊から救援要請です」
思わず苦笑してエルミナが額を抑える。
「…私のお腹には軍隊が無限に取り出せる四次元ポケットなんてついてないんだけど?」
「ま、あの程度の任務で救援要請を出す方も出す方ですが。連中、本気で困ってるみたいです。自分たちで何とかしろと返信しておきますか?」
「………。見殺しにするわけにもいかないでしょ? …02にお願いしてもらっていい?」
「イエッサー」
…正直、限界だった。あれから…立て直せない絶望感の中、死にもの狂いで自分の全能力を使って凌いできた。どの方面の人材不足もエルミナの能力ならば全て補うことができたが、彼女は決して分身の術を会得しているわけではない。
一人の人間が複数人分のポジションに立てば、当然かかる負担も馬鹿にならない。
しかし、今のアロウズは彼女がいなければ決壊する。
なんとか自分がいなくとも機能するところまで復旧させるしかなかった。
…タイムリミットまで、あとどのくらいだろう? イノベイターの考え一つでいつ精神崩壊してもおかしくない状態は、あれからずっと続いている。
いつまで泳がせておいてもらえるのだろうか。もし壊れてしまったら…その後のことは…。
今は考えない…考えない…。
いつ自分が壊されてしまうかわからない恐怖の中、食事も睡眠も最低限しかとらず、無我夢中で働き続けていた。
「中佐。…第02MS小隊ですが」
「何?」
「隊長が過労で入院したそうです」
「………」
湧き上がる何かを抑えつつ、エルミナは猫中尉に言った。
「…病院にお花とメロン、送っておいて。さっきの救援小隊は私が直接指揮するわ」
「待ってくださいッ、いくらなんでもそれは…」
こんなことをしていては、今度はエルミナが過労で病院送りになってしまう。
慌てる猫中尉を無視してエルミナが部屋を出て行く。
早足にツカツカ廊下を歩いていると、珍しい人物に会った。
「エルミナ、何故まだ君がここにいる?」
立ち止まって仮面の男に返す。
「グラハム。あなたこそ、ここにいるなんて珍しいじゃない?」
「…私は軍人で、ここは軍基地だ。それより君は何故ここにいる? 今のアロウズがどういう状態かわかっているのか?」
「んふふ。わかってるから私がこうして働いてるのよ。自分で言うのもなんだけど、結構頑張ってるわよん?」
呆れた口調でグラハムが返す。
「何故君がアロウズにそこまでしなくてはならない。一体どうしてそうなった…。いや、君の性格を考えればわからなくもないが。もうここまでやれば充分だ。早くここから逃げろ」
「あなた、本当にグラハム?」
「………」
「部下を見捨てて逃げろなんて言葉がグラハムの語録にあったとはね。一体どういう考え方をすれば今のこの状況で指揮官が逃げ出していいなんてことになるのかしら?」
「エルミナ。よもや君がイノベイターの存在に気づいていないということもなかろう。君がここにいれば…」
「オーケイ、グラハム。あなたのそのセンスのないアメリカンジョークは今度ティータイムでもしながらゆっくりと聞かせてもらうわ」
グラハムの言葉を遮って強制的に会話を終了させ、再び早足に廊下を歩きだす。
慌てて背後から追いかけながら、グラハムが叫んだ。
「君一人で軍隊の機能を全て支えることは不可能だ…ッ! それでは君がもたない」
「……他に方法がない」
「君の方法では根本的な解決にならないと言っている」
グラハムがとにかく止めようと背後からエルミナの腕を掴もうとして触れた瞬間、すごい勢いで振り払われて、廊下に大きな声が響く。
「触らないで…ッ!!!」
「………ッ」
内心しまったと思う間もなく、疲れてやつれた顔のエルミナが、グラハムを睨んだまま続けた。
「グラハムには関係ないでしょう…ッ?! ワンマンアーミーとか言って今まで軍の事なんて我関せずで好き勝手に武士道やっておいて突然戻ってきて偉そうなこと言わないで。あなたは自分のやりたいように修行でも果し合いでもやっていればいいでしょ?!」
グラハムが考えている以上に、エルミナの精神力は限界だった。
絶句してしまったグラハムに、しばらくしてからエルミナが細い声で続ける。
「…ごめん…なさい。心配して…戻ってきてくれたのよね…。ごめんなさい…八つ当たりなんてして…。あなたは軍からライセンスをもらって活動してるんだから、何も悪いことはしてないのに…」
「………君が謝ることじゃないさ。君の言い分はもっともだ。しかし、私にも譲れないものはある。エルミナ、ワンマンアーミーとして今から私独自の判断で君の職務を助太刀する。構わないか?」
軽く笑って顔を上げてから、エルミナが言った。
「いいも悪いも…ライセンスがあるんでしょ?」
笑っているエルミナのその顔色の悪さに、改めてグラハムが顔を曇らせる。
「…エルミナ、最後にきちんと食事をとったのはいつだ?」
「え…? どうしたの突然…」
「いつだと訊いている」
「………。忘れたわ」
ため息をついて、グラハムは苦い口調胸中呟いた。
これは…嫌な予感がする。
アニューと二人、地上に降りて適当な店で買い物を済ませる。自分の車で次々と手際よく街を回っていくライルに、助手席のアニューが感心したように言った。
「慣れてるのね」
「ん…? ああ。ここは俺の地元なんだ」
「え? ライルの…出身地ってこと?」
地元…。聞き慣れない言葉だった。
「まぁな。アイルランドは初めてか? アニュー」
初めてか…と、訊かれても困る。
「ええ。来た事、ないわ」
「そっか。そういやアニューの出身って…」
「…………」
気まずそうに黙ってしまったアニューに、苦笑してライルは言った。
「言いたくなければ別にいいさ。…せっかく来たんだからこの国の美味い物でも食べていけよ。こんな時に言うのもなんだけど」
軽く笑いながら言ってくれるライルに、少し笑いながらアニューが返す。
「それじゃ、あなたのオススメを紹介してもらおうかしら」
「任せとけって。いい店がある」
奇しくも四年前。その車がその道を通って同じ店に止まったことがあることを、弟は知らない。