dream〜2nd season〜

□第十五話-兄弟-
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 どうしていつもこうなってしまうのか。
「また喧嘩したの? お兄さんと」
 笑いながら言ってくるアニューに、ライルが拗ねた顔で返す。
「してねぇよ」
「…ねぇ。最近、よく友達って人と通信してるけど、もしかして、エルミナさんのこと?」
 何故か、普段からやたらとアニューは勘がいい。
 ひょっとすると、シヴァが以前言っていた脳量子波の影響もあるのかもしれないが。
 飲み物を入れてくれていたアニューの背後に至近距離で立って低い声で言ってやる。
「…どうやら君は俺の秘密を知り過ぎてしまったようだな」
「え?」
 アニューが振り返った瞬間、効果音を口で言いながら立てた人差し指で彼女の額を狙い撃って、いたずらっぽく笑いながらライルは言った。
「口封じが必要だな」
 有無を言わさず抱きしめられて、慌てて手にしていたコップをテーブルに置く。
「あ、ちょっと……もう…ッ、ライル?!」
 軽く抵抗してみても、ライルの勢いは止まらず。強姦さながら、強引に狭いベッドに引きずり込まれた。
 アニューを上から押さえつけたまま荒っぽく口づけて、男は言った。
「俺に付き合うか? アニュー。しばらくトレミーを離れる」
 エメラルドグリーンの双眸が、逆光の中で彼女を見下ろしていた。
 その眼を好戦的な眼で見返して、女は言った。
「…いいわよ、付き合ってあげても。このままあなたに口封じされるよりはそっちの方が面白そうだもの」
 嬉しそうに笑って男は眼下の女を抱きしめた。





「これって…アロウズのエルミナさんの情報? カタロンを通じて調べていたなんて…」
 驚いているアニューに、ライルが静かに口元で人差し指を立てる。
「…どうやら兄さんもシヴァも、今の彼女を助ける気はないらしいからな。俺が行くしかない」
 シヴァにも、ニールに訊いた時と同じように訊いてみた。彼の返答はニールの時よりすごくわかりやすかった。
『ライル。仮にお前が今のエルと全く同じ立場だとして。双子の兄貴に助けに来られたら、お前ならどう思う?』
 なるほど。と、思ってしまったことも事実。
 しかし、それならばいよいよ彼女を助けに行けるのは自分くらいしかいない。
 しかし、少し心配そうな顔でアニューが訊いた。
「…そんなことしていいの? だって、あなたのお兄さんは…」
「兄さんは関係ない」
「ライル…」
「これは俺が自分の為にやるんだ。俺はあの人に借りがある。助けてもらった借りがな」
 頑なに話すライルに、もう一度アニューが切り返す。
「せめて…エルミナさんが自分の意志で戻ってこないのか、何か事情があって戻れないのか…連れ戻すかどうかは、それを確かめてから決めてもいいんじゃない?」
「…そりゃ…確かにそうだけど…」
 口ごもってしまったライルの手元で、端末が軽い音を立てる。
 届いたばかりのメールを確認して、仲間が入手してくれた極秘ファイルを開いた。

 かつてアロウズで使用された、CBのテロリストとして拘束されたエルミナ・ニエットの尋問記録。

 そこには彼女の経歴や、罪状リスト、尋問のやり取りが細かく記載されていた。本当に、良く手に入ったものだ。
「……………これ…って…」
 二人でしばらくの間、無言で資料を読み続けて、最初に口を開いたのはアニューだった。
 青い顔で震える声を出しているアニューに、ライルが今まで聞いたことがないほど暗い声で言った。
「…アニュー…やっぱ…無理だ…。兄さんがなんと言おうと……俺は……この人を絶対にアロウズから……助け出す…」
 たとえそれが兄の気持ちに反していようとも、本人の意思にすら反していようとも。
 強制的に救出すべきだと思えた。
 何故なら。
「……これは……人間の扱いじゃねぇ…」
 アニューが、青い顔で頷いた。
「…私も…そうしたほうがいいと思う…」
 これを見てしまったあとでは、そう答えざるを得なかった。
 犯罪者として逮捕されたにしても、最低限人として扱うべきで、やっていいことと悪いことがある。
 人としての尊厳が…すべて奪われていた。
 まさにライルの言う通り、人間として扱われていなかったのである。
 更に驚いたのは、逮捕前の経歴。
 これまた人間として扱われていたとは言い難い経歴がいくつもあって。
「……過去に受けた虐待の記憶を…尋問に利用したのね…」
 アニューの言葉にライルが重くため息をつく。
「…尋問? 拷問の間違いだろ」
「ライル…。この事、お兄さんには…」
 瞬間、遮るようにライルが叫んだ。
「言えるわけねぇだろッ!!」
「………」
 驚いて黙ってしまったアニューに一言謝ってから、痛々しい表情でライルは続けた。
「…道理で帰ってこれねぇはずだ。こんな……ッ」
 どうやら、この現世には天国はなくとも地獄は存在するらしい。





「……ライル。あなた…一体この情報をどこから…」
 乾いた声でスメラギがそこまでなんとか話して、口元を片手で覆う。腕を組んで壁にもたれているライルが小声で言った。
「俺とアニューの退艦許可が欲しい。期間は二ヶ月。みんなには適当にもっともらしい理由を説明してくれ。アンタから何かの命令が出た…とかさ」
 スメラギが青い顔で訊いた。
「…ライトを助けに行くの?」
「当たり前だろ。向こうでどうなってるかちょっと情報仕入れてみりゃこれだ。ほっとけるか」
「そうね…。少なくとも、ライトと直接会って様子を確認してもらった方がよさそうね…」
 滅多な事では弱い表情を見せないスメラギが、少し泣きそうな顔を隠すように俯いた。
「………」
 驚いてこちらを見ているライルの前で、目元を軽く拭って、何事もなかったかのように平然と彼女は言った。
「吐かなかったのね」
 情報が洩れていないことが、何よりの証拠。
 スメラギが小さな声で続けた。
「あの子……気が狂うまで…」
「………………」
 ライルとて。覚悟はしているつもりだった。
 カタロンに入った時から。楽に死ねるとは思っていない。
 しかし…だからこそ可能な限り助けられる仲間は助けたい。
 エルミナはまだ生きている。
 今なら…まだ。
「ライル。事情はわかったわ。正直、アロウズからの攻撃が続いている今の状況であなたとアニューを欠くのは厳しいけれど…退艦を許可するわ。必ず二ヶ月で戻ってきて、結果を報告すること。いいわね?」
 男は精一杯威勢よく答えた。

「了解!」






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