dream〜2nd season〜

□第十五話-兄弟-
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「それ…ホントか…ッ?!」
 思わず声を上げてしまって、慌てて声を潜めてライルは通信機の相手に言った。
「よくそんなもの手に入ったな………え? ああ、いや。確かに頼んだの俺だけど…………ああ。全部こっちに送ってくれ。送り先はいつものアドレスで……」
 携帯通信機を切って、軽く息をつく。これで、少しは…。そこまで考えた瞬間、壁の通信装置のランプがついた。
『ライル』
 フェルトだった。
「どうした? 珍しいな」
『さっき、ロックオンの意識が戻ったの。もう身体の方も大丈夫みたい。一応、あなたに一番初めに報せようと思って…』
 軽く微笑んでフェルトに礼を言ってから、通信機を切る。ニールとはもう何か月も口をきいてすらいない。
 メメントモリが落ちたあの日から。





「兄さん」
 ニールは何事もなかったように軽い口調で答えた。
「ライル…。悪いな、また心配かけちまって。毎日様子見てくれてたって?」
 ……。そんな余計なことを言ったのは誰だ一体。
「………別に」
 複雑な表情で呟いたライルに苦笑して、ニールは小さな声で呟いた。
「…まだ怒ってるか?」
 あの日、ライルに殴り飛ばされて、返す言葉もないままニールはずっと力の足りなかった自分を責め続けていた。
 そしてそれは、ライルも知っていた。
「…悪かった」
 先に謝ったのはライルだった。
「………」
「最初から知ってたんだ。兄さんが一番悔しかったって。…苦しかったって」
 ニールは以前と同じように、何一つ言い訳はしなかった。
「…助けられなかったことは事実だ。お前が言ったように、エルミナはずっと俺に助けを求め続けていたのに…。あの時の俺にそれだけの力がなかった……」
 あの出来事からずっと…たった一人でそれを背負い続けていた。
 首を横に振って、軽くライルが笑った。
「神様じゃあるまいし、できないことくらいあって当たり前だろ? 結局彼女は生きてたんだから、結果オーライじゃねぇか」
「ライル……」
「兄さんに伝言を預かってる。あの人から」
「………ッ?!」
 ニールが何か訊く前に、ライルは軽く笑ったまま伝えた。
「助けてくれたの、嬉しかったって。ありがとうってさ」
「……そうか」
 救われたような顔で目を閉じて微笑んでいるニールをしばらく笑ったまま見守った後、ライルは真顔に戻って言った。
「兄さん。あの人がトレミーに戻ってこない理由は何だ?」
「…さぁな」
「何か事情があるんじゃないのか?」
「かもしれない」
「なら、助けに行くだろ? 彼女が自力で戻れないなら…」
 しかし、ニールはしばらく考えた後、はっきりと言った。
「いや、俺はエルミナの気が済むまで待つ」
「な……ッ、放っとくのか…?!」
 驚いているライルに、ニールは続けた。
「今のあいつなら、助けが欲しければ自分でそう言ってくるさ。それを言わずに一人で何かしようとしてるなら、俺はあいつを邪魔したくない」
「や…そういう問題じゃねぇだろ…? だってアロウズにいるんだぜ? 今まで連中があの人に何してきたか兄さん見てきただろ?」
 一瞬目に鋭い色が光って、それを必死に隠してからニールは一言だけ返した。
「………。…ああ」
 爪が強く食い込む拳を、ライルに見せないようにそっと隠す。
「それでも本人に任せるってのか…? 誘拐してでも助けだすだろ普通…。傍にいてやりたいって…思わないのか?」
「思うに決まってるだろ…ッ!!」
「だったら…!」
 一瞬大きな声で叫んでしまった自分を必死に押さえつけてから、ニールは静かに言った。
「俺は、彼女を力で無理矢理自分の思い通りにはしたくない」
「………ッ!!」
 絶句したライルに、穏やかな眼でニールは言い切った。
「黙って待つさ。あいつは俺を必要としてくれている」
 過剰なまでの自信。
 ライルの中で、正体不明の不快なものが湧き上がってくる。
「…なんで…そうやって何もかもわかったようなこと言えるんだよ…」
 弟の暗い声に、ニールは笑顔で返した。
「俺はエルミナを信じてるよ」
「……ッ。………兄さんってさ」
 俯いているライルの言葉を、ニールは静かに待っていた。
 弟は続けた。
「昔っからずっとそうだよな」
「………」
 言い捨てて部屋を出て行ってしまったライルがいなくなったドアのかげから、アレルヤが姿を現す。
「…あんまいい趣味じゃないぜ」
 苦笑して吐かれたニールの言葉に、アレルヤが軽く謝ってから、それでも苦い顔で言ってきた。
「ロックオンが羨ましいのかもしれない」
「ライルが? はは、そりゃないって。昔からあいつは…」
 軽く笑っているニールに、真剣な顔でアレルヤが言った。
「…僕が、だよ」
「………。…何があった? アレルヤ」
 低い声で優しく訊いてくれたニールに、アレルヤがぽつぽつとニールが寝ている間に起きた事を話した。
「…僕にとってハレルヤが僕自身だったように、マリーにとってソーマ・ピーリスは自分自身なのかもしれない。けれど…今のマリー…いや、ソーマ・ピーリスは、僕の言葉を…全く受け入れてくれない。あれから一ヶ月経つけど、ずっとそんな調子だよ…」
「…無理もないさ。目の前で肉親同然の人を殺されたんだ」
「ロックオン…」
 目を丸くしているアレルヤに、ニールは続けた。
「お前が今の彼女をマリーだった頃と同じように愛してやりたいなら、今は彼女の気持ちを考えてやれ」
 アレルヤは淋しそうに笑った。
「……そうだね…。ホント…ロックオンが羨ましいよ。ライトとはもうずっと会えていないし、今も遠くにいるのに、気持ちは強く繋がったまま…きっと、ライト姉さんもロックオンを想い続けて…」
 以前。まだエルミナが記憶喪失だった頃。ダブルオーライザーの光の中でニールとエルミナの声を聞いた。何も覚えていなかったエルミナが一度も名乗っていないはずのニールの名前を自分から思い出して呼んだのを聞いたとき、そこには誰にも立ち入れない、二人だけの世界があると……肌で感じた。
 アレルヤは続けた。
「二人が今、苦しんでるのはわかってる。会いたくても会えないのも…。それでもどうしてそんなに強く繋がったままいられるのか、僕にはわからない。僕は…マリーと今はずっと一緒にいられるのに……どうして…」
 軽く息をついて、ニールは笑った。
「そんなに考え込みなさんな。ごちゃごちゃ悩んでる暇があんなら、すぐそこに彼女がいるんだから話しに行きゃいいじゃねぇか」
「ロックオン…でも…」
「でもじゃねぇ。…亡くなった人は、彼女にとって唯一の家族だったんだろ?」
「…マリーはそう言ってた」
「家族を亡くすってのは、言葉で語れる痛みじゃない。まして殺されたんじゃ…。理解してやれなくてもいい。…傍にいてやれ」
 ニールに礼を言って、部屋を出る。
 ニールの言う通りだった。
 今一番辛いのは本人で…。自分が悩んでいる場合じゃない。
 受け入れてもらえなくてもいい。
 自分なりに彼女の力になれる方法を考えよう。

 胸中呟いて、青年はそっとドアをノックした。
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