dream〜2nd season〜
□第十五話-兄弟-
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「私が…転属、ですか?」
驚いているアンドレイに、エルミナが苦笑して言った。
「無理にとは言わないけれど。あなたにお願いしたいの。今のルイスを一人にはしたくない。ルイスについていってあげて…。あなたはいつもルイスの事、気にしてくれていたから」
「………ッ」
勢いよく敬礼して、アンドレイは叫んだ。
「はいッ!!! お任せください中佐ッ!」
「ありがとう。転属しても、相談ならいつでも乗るから」
それだけ言って部屋を出て行こうとするエルミナの背中に、慌ててアンドレイは言った。
「あの…ッ、中佐」
「ん?」
振り向いたエルミナに、彼は小さな声で、しかしはっきりと言った。
「…父の墓に花束を供えて下さって…ありがとうございました」
彼の上官は、綺麗な顔で微笑んだ。
時折、懐かしい声に呼ばれることがある。
『アニュー…』
声の主を良く知っている気がするのに、相手の名前が喉元まで出かかっているのに、思い出せないもどかしさ。
『………』
これが…なくしてしまった記憶の断片なのだろうか。
だとすれば…家族…?
「……アニュー。おい、アニュー?」
突然意識を引き戻されて、アニューが思わず答える。
「え…っと…ライル? あ…医務室に何か用?」
少し笑ってから、ライルはいつもの調子で答えた。
「…一応、兄さんの様子見」
「そっか…」
何も気づかなかったことにしたライルが苦笑して、椅子に座る。
アニューと付き合い始めて、そろそろ一ヶ月近く経つ。
偶然話す機会が多くて…というわけではなかった。気に入って、意図的にライルの方から近づいた。敬語もやめさせて、CBの話だけでなく、世間話やくだらない話などもライルの方から振った。仲良くなって口説いてキスしても、彼女はすべて受け入れてくれた。
最初はただの興味本位だった。賢くて顔も好みで、一緒に話すと楽しい。何より他のクルーと違って彼女はライルをニールと比較しない。というより、彼女だけはニールの事もライルの事も良く知らないから比較することができないだけなのだが。
他のクルーだってはっきりと口に出して比べてくる奴は一人もいない。
だが…わかる。
無意識に彼らはライルと話しながら、ニールと違う部分を探してみたり、かと思えば似ている部分を探そうとしてみたり、そんなことをしているのが…伝わってくる。
子供の頃と何も変わらない。
だが、そんなことはどうでもよかった。わかっていて、承知の上でカタロンの為にCBに来た。
今となっては…CBの連中ともすっかり打ち解けてカタロンと二足のわらじだが。
「ニールさんの容体が心配?」
「ん?」
軽く笑ってアニューは続けた。
「だってライル、最近毎日ここに来てるから」
同じように笑って、カプセルの中のニールを見ながらライルが答えた。
「ああ。癖になってんだよ。三年間、寝てる兄さんを毎日見るのが日課だったから」
「…毎日、病室に行ってたの? 三年間も」
少し驚いた眼でこちらを見ているアニューの方を見ずに、ライルは笑っていた。
「とんだブラコンだろ?」
「仲が良かったのね…」
大きな声を出してしばらく笑ってから、笑いを収めながらライルが言う。
「まさか。ジュニアスクールの頃から俺が寄宿舎にいたせいでほとんど会ってないんだ。…仲が良いも悪いも何もないって」
最後の方は、声がだんだん消えかかっていた。読めない表情で笑っている男に、アニューが訊いた。
「でも、毎日病院に行くなんて、なかなかできることじゃないと思うけど?」
「植物人間は何がきっかけで意識を取り戻すかわからないって医者が言うもんだからさ。できるだけ話しかけろって言われてもな…」
何を話せばいいのやら。返事もしないニールに向かって。
『兄さん…。アンタ……何やってんだよ……』
初日なんて呟くように口にしたその一言だけだった。
それでも、最初は気が進まなかったが一応一日に五分でも十分でも立ち寄るようにはした。
何十日も、毎日毎日無言のニールと向き合う日々が続いた。
黙ったまま、ニールの前で色々なことを考えた。何を言えばいいのかは、なかなかわからなかった。
くすっとアニューの笑う声がした。
「そんなの…話しかける言葉なんて何でもいいのに。今日の天気の事とか」
軽い口調でライルが返す。
「煙草の銘柄の見方とか?」
「…美味しいシチューの作り方とか」
「女の口説き方とか?」
「………昨日観た映画の事とか」
「ヤバい物の上手な隠し方とか」
「…もういい」
ぷいっと頬を膨らませてそっぽ向いてしまったアニューに、ライルが楽しそうに笑う。
「冗談だ。機嫌直せって」
勢いで胸元に抱き寄せると、アニューが困ったように笑いながら見上げてくる。
「もう…。いっつもそうなんだから……」
「好きだろ? こういうの」
低い声で囁くと、女は好戦的に笑った。
「かもね」
「なぁ、アニュー」
「ん?」
「なんで俺とこういうことしてくれる気になったんだ?」
唐突な質問に、くすっと笑う声がした。
「出会った頃のライルは…迷子みたいな顔してたから」
「迷子?」
「トレミーの中で、あなただけが浮いていたの。初めは不思議だったけど、すぐにわかった。…あなたは私と同じだって」
「…………」
無表情に黙っているライルの顔を横から両腕で抱きしめてやりながら、アニューがハッキリと耳元で呟いた。
「お兄さんと一緒に並んでマイスターをやるの、ホントは嫌でしょ?」
何も答えずに、アニューの胸に顔を埋めて、背中に両腕を回して抱きしめる。
「俺はさ、アニュー」
「何?」
「兄さんの事、尊敬してるんだ」
「うん」
「応援してるってのも、嘘じゃない」
ライルの髪をそっと撫でながら優しく相槌を打って聞いてくれるアニューの顔を見ずに、男は続けた。
「幸せになって欲しいし、俺が兄さんの力になれるなら、協力したっていい」
だからさぁ…。
女は言った。
「だから…俺を認めてくれ」
「………ッ?!」
アニューの腕の中で驚いて目を見開いているライルに、アニューは柔らかい声で言った。
「代弁してあげたのよ」
これだからいつもアニューにはかなわない。
返す言葉もなく一人でどこかを見つめている男に、アニューは言った。
「…そんな淋しそうな顔しないで、ライル。あなたには私がいるから」
優しげな顔でライルを見下ろしているアニューにそっとキスして、そのままベッドに押し倒す。
細いアニューの腕を上から掴んでベッドに押し付けながら、もう一度深く口づける。ゆっくりと腕を離してやってから、耳元で男は囁いた。
「なら…アニューには、俺がいる」
細い両腕が、下からライルの首筋を包み込んだ。