dream〜2nd season〜

□第十四話-アロウズ-
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「……昇進…ですって?」
 眉に皺を寄せて低い声で訊きかえしたエルミナに、パトリックが大きな声で笑う。
「そりゃあもう、この前の大尉の大活躍はすっごい有名になってますから」
「ふ……ふふ。もう……笑うしか、ないわね」
 歪んだ顔でエルミナが笑う。
 あの時は…CBで自分が何をしていたか覚えていなかったとはいえ、クーデターの首謀者を相手に自分の事を棚に上げて堂々と正義を語った挙句、鎮圧には成功したものの、イノベイターによるメメントモリを予見できず一般市民に多数の犠牲者を出した。
 そんな自分が…昇進?
 それも、いつイノベイターの傀儡と成り果てるとも知れない人間が…。
 最高の喜劇だ。
「大佐ッ! ニエット大尉をお連れしました」
 部屋の中で、カティが頭痛そうに額を抑える。
「…だから、ニエット大尉は昇進して少佐だと何度言えばわかる…。パトリック、もういい。お前は下がれ」
「はっ」
 嬉しそうに部屋から出て行く大型犬…もといパトリック。
 カティはすぐに本題に入った。
「ニエット少佐。貴官は本日1400をもって、中佐に昇進する」
「は?」
 珍しくエルミナの間の抜けた声が飛んだ。
「…生者に二階級特進は許されん。よって本日0800をもって少佐に昇進。その六時間後には中佐だそうだ。一応昇進の理由は前回のクーデターの鎮圧とブレイクピラー事件の被害を最小限に食い止め…」
 そこまでカティが事務的に話した瞬間だった。
 エルミナが低い声で遮った。
「…そんな話をするために、カティは私をここへ呼んだの?」
「ふ…。そうだな。茶番は上層部の馬鹿どもに任せるとしよう。エルミナ・ニエット。単刀直入に言う。私と共に来い」
 カティが、アロウズの中で一部の部下を引き抜いてクーデターを起こそうとしていることは既に以前にも話したことだった。
 ブレイクピラーの一件以来、エルミナはアロウズで完全に有名人となり、アロウズのやり方に嫌気がさしつつも軍規に逆らえなかった正義を求める軍人たちが、次々と彼女のもとに集まった。彼らをまとめてカティのもとに送り込めば、たとえアロウズが滅んだとしても良識ある軍人を一人でも多く救うことができる。
 そこまでは以前カティと話した筋書き通りだったが。
 その時、エルミナにも来るかとカティが声をかけたが、彼女は首を縦に振らなかった。
「…その話は前に一度、断った。悪いけど、私の気持ちは…」
「エルミナ。私なりに、何故貴様がアロウズに仕官していたかを調査した。最後に私と話してから、何が起きたのか気になっていたからな」
「……ッ、カティ…まさか……」
 一瞬にして青ざめたエルミナの顔を一瞥して、重い顔でカティは続けた。
「…すまなかった」
「………ッ?!」
「軍人として…一度は貴様の身柄を預かった者として、不当な扱いがあったことを詫びる」
「…………………ッ」
 鋭い眼でカティを睨んでいるエルミナに、彼女は続けた。
「許せとは言わん。…私とて女だ。あのような行為を一度受ければ、一生許せるとは思えん。だが、私は二度同じ轍を踏む気はない。今、貴様をここに置き去りにすれば、あの時と同じことになりかねん。事が済むまで、貴様は私と共に行動し、なすべきことをなせ。その後、私の権限において改めて貴様のこれまでの所業を全て明らかにし、しかるべき場所でその責任を問う」
 凛とした声が止んで、しばらく音のない時間が続いた。
 やがて、エルミナが小さく口を開いた。
「私は…ここに残る」
「死ぬ気か?」
 悟ったような表情で軽く微笑んで黙っているエルミナに、カティの右手が飛んだ。
 乾いた音を立ててエルミナの頬を張り飛ばした後、声がひっくり返りそうなほど全身全霊の声を張り上げて、カティは怒鳴った。
「甘えるなッ!! 死んで清算できるほど貴様の罪は軽くはないッ! 貴様には力があるッ。ならばその力と残された時間のすべてを使って償え。そして最後まで生きて自分がしたことの責任を果たせッ!!」
 エルミナが殴られた顔を拭いもせずに、苦笑して言った。
「…出来れば私もそうしたかったんだけど…。そうもいかないみたいね」
 軽く息をついて、話すつもりのなかった、今の自分の状況を話す。今カティについて行くと、かえって迷惑をかけることになる。
「なんだと…?」
 目を見開いて絶句しているカティにエルミナは笑顔で言った。
「んふふ。いいビンタだったわよ、カティ」
 スーちゃんに殴られた時を思い出したわ。
 胸中呟いて、エルミナは続けた。
「…ありがとう。あなたの気持ちは嬉しい。けどね、ここにはまだ放っておけない子たちがいるのよ」
「…ルイス・ハレヴィ准尉とアンドレイ・スミルノフ少尉か?」
「それ以外にも、カティの艦隊に事情があって参加できない人たちがまだ残ってる。彼らを見捨てるわけにはいかない。ここで、やれるだけやってみるわ。あなたたちが事を起こした時は、最大限協力できるよう全力を尽くすと約束する。だから……」
「駄目だ」
 きつい表情できっぱりと否定したカティに、エルミナが思わず苦笑する。
「……あなたもなかなか頑固な人ね」
 刹那やニールといい勝負なんじゃないだろうか? エルミナの腕を掴んでカティは言った。
「さっきも言ったはずだ。私は二度同じ轍は踏まん。わかったらさっさと来い。心配するな。貴様がトチ狂ったらその時は私が自らとどめを刺してやる。…それでも拒否するなら、力づくでも連れて行く」
「………カティ…」
 掴まれているその手が…カティの言葉がどこまでも暖かくて。
 優しくて。
 ついつい、その手に縋り付いてしまいそうになりながら、それでもエルミナはきっぱりと言った。
「…無理よ。私を力で連れて行くことはあなたにはできない」
「……ッ!!」
「あなたが自分の意思を曲げないように、私にも貫く意思がある。大丈夫。ちゃんと生き残って責任は果たすから」
「…誓えるか?」
「ええ」
 その眼を至近距離で長い時間睨みつけたあと、カティは静かに言った。
「ならば私も誓う。事が済んだ後、貴様に対して軍が行った不当な暴行行為は必ず加担者を全て明らかにし、その罪を問う。決して有耶無耶にはせん」
 綺麗な顔で微笑んで、エルミナが返す。
「ありがとう。ついでに、もう一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?」
 ごくわずかに微笑んだだけだったが、初めて笑顔を見せてカティが優しく訊きかえした。
「…構わん。言ってみろ」

「ありがとう」

 その後もしばらくの間、柔らかい口調のやり取りが続いた。
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