dream〜2nd season〜

□第十四話-アロウズ-
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 ルイスの部屋を出て、重い足取りで廊下を歩く。
 正直、エルミナ自身、ルイスが自分の手におえないことはもうわかっていた。
 ブレイクピラー事件から早三週間。
 事後処理に追われながらも、エルミナなりにルイスに処方されている薬や、自分自身の身体について調べ続け、いくつか判明したことがある。
 しかし、そのどれもが絶望的な内容ばかりだ。
 まず、ルイスに処方されている薬はエルミナの物とは違い、彼女の身体の細胞浸食を食い止める働きがあり、服用しなければ命にかかわるという事。…むろん、効果はそれだけではないし、エルミナの時のようにルイスが精神操作を受けている可能性も大いにあるが。そうと知っていて…それでも今のエルミナにはルイスを救う方法がない。
 次に、自分の事。記憶の方はほぼ完全に戻りつつあり、自分が四年前の戦闘時に機体ごと大破したことまで思い出すことができた。
 それと同時にどうやって助かったのかを疑問に思い調べて…そして絶望的な事実にたどり着く。
 リボンズによって一年がかりで三年前に蘇生された時点で、既に彼の人形と化していたこと。その時に記憶が消されていたのも、グラハムに拾われたことすら全て筋書き通りだったこと。
 最初から、全てただの茶番だったのだ。
 エルミナの奥歯がギリ…と嫌な音を立てた。
 一体…どこまで馬鹿にすれば気が済むのか。
 要するに今までの出来事は全部、彼にとってただの余興に過ぎなかったということ。何かの実験目的だったのか、遊んでいただけだったのか。
 どちらにせよ、面白半分に散々嬲られていたことには違いない。
 そして…。

 リボンズはその気になれば遠隔でいつでもエルミナを好きに操れるということ。

 甘かった。
 直接手を下す必要がないとなると、警戒しても意味がないどころか、エルミナには手の打ちようがない。
 つまり今のエルミナは、いつどこでどうなってもおかしくない状態。
 そして、既に限界を迎えている彼女の脳はその時きっと耐えられない。
 自分の精神がいつ…とどめを刺されて崩壊してもおかしくない状態。
 いっそ、その事実に今すぐ心が壊れてしまいそうなほど。
 安易にCBに戻らなかったことだけが、今は唯一の救いだった。





「…アンドレイ。そうじゃなくて、スミルノフ大佐がクーデターに加担していたという決定的な根拠があなたの話からは抜けているわ。まして、逮捕しようとしたのならまだしも、無抵抗の彼をその場で即撃たなければならなかった理由をきちんと説明して」
 アンドレイに対する尋問もこれで何度目か。
 何度話しても同じだった。
「父は、クーデターの首謀者と親友でした。タワーの中から首謀者と共に脱出したところを確認して…」
「だから、ね。首謀者と脱出してきた事実だけでは加担した根拠にもならなければ、即撃たなければならないほどの危険性の証明にもならないのよ…」
 言いながら、重く息をつく。
 嫌な役だった。
 このやり取りが、出口のないやり取りであることを彼女は理解していた。
 アンドレイの父殺しはおそらく、他人が割って入ることの出来ないほど根深いところからきている。あの瞬間の出来事だけをいくら追及しても、アンドレイは自分にとって都合のいい事しか口にしないだろうし、非は絶対に認めないだろう。
 しばらく続く沈黙に、エルミナがぽつりと口を開いた。
「……私の両親は…」
「え…?」
 突然始まったよくわからない話に驚いているアンドレイに苦笑して、エルミナは続けた。
「私の両親は、五歳の時にいなくなったわ。私と兄を置いて…」
「……………」
「それを私は捨てられたってずっと言い張ってきたけど…ね」
「違うんですか?」
 強い語調のアンドレイに、エルミナが切ない表情で返す。
「わからないわよ…。もう、わからないの。私たちを置いて出て行ってから半年くらいで、亡くなったから。だから、二人が私たちの事をどう考えていたのかは、一生わからない」
「…そう…だったんですか」
「……それが、私たちの為だったって考えたら…私は幸せになれるのかしらね。もしあなただったら…どうする?」
「あなたは、どうしたんですか?」
 綺麗な笑顔で彼女は答えた。
「憎んだわ。二人は私たちを捨てて仕事をとったんだって。決めつけて、現実から目をそらして、それが私たちの為なんて絶対認めようとしなかった。…認めたくなかった。……認めてたのに…ね」
 そこまで一気に話して、絶句して何も言えないでいるアンドレイに、立ち上がりながら彼女は言った。
「突然変な話を聞かせてごめんなさいね。お詫びといってはなんだけど、今回のスミルノフ大佐の件に関する尋問は今回で終了にするわ。あとは私が上手く書類を作るから」
「大尉! 待ってください私は……」
「アンドレイ、これだけは言っておくけど」
 真顔でエルミナは言い切った。

「いつか、お父さんのお墓に花束を供えてあげてね」

 それだけ言い残して出て行ったエルミナを呆然として見送った後、男は脱力したようにガクリと椅子に座りこんだ。





 エルミナが執務室に戻ると、部下の青年が肩をすくめて朗々と言った。
「ニエット大尉、不死身の大型犬がお待ちですよ?」
 ルイスやアンドレイと同時期に部下になった青年だったが、素行が悪いのと毒舌なのがたまに瑕だ。おかげでパイロットとしての腕は良いのに、上官に嫌われてどこへ行っても評価されない。
「別にあなたが相手をしてくれても良かったのよ? 中尉」
「生憎、俺は昔から犬が嫌いでして。猫なら歓迎なんですが」
「オーケイ。なら、あなたの事はこれから猫中尉と呼ぶわ」
 強かな嫌味に、声を上げて楽しそうに笑ってから猫中尉は答えた。
「イエッサー」
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