dream〜2nd season〜
□第十話-寂寞の空に-
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「…くそ……ッ」
トレミーの外へ出て、ライルは乱暴に懐から煙草の箱を取り出した。
青空の下で煙草を吸って、苛立ちを無理やり押さえつける。
本当はニールが誰より彼女を連れて帰りたかったのはわかっていた。
一秒でも早く撤退しなければならなかったあの状況で、エルミナに抵抗されてしまうと無理やり連れて帰るのが不可能であることは誰でもわかる。まして、ニールの機体の損傷状況は酷く、その上イノベイター三機の追撃を受け、GN粒子を使い切ったトレミーはスメラギの機転で攻撃の衝撃を加速に利用し、なんとか地上に逃げ延びるのが精いっぱいだったのだ。しかも、その乱戦の中で刹那が行方不明になっていた。そんな状態で、抵抗するエルミナの機体を押さえつけて鹵獲できるはずがない。
だから最低限のやり取りだけで即座に撤退を決めたニールの判断は正しい。彼があそこで連れて帰ることに固執してスメラギの指示を無視すれば、確実に全員死んでいた。
ああ、そうだ。
兄さんはいつも正しい。
今みんなが生きているのだって…。
だが、ならば彼女はどうなる?
ケルディムのコックピットの中でヘルメットの通信機から聞こえてきた、悲鳴のように何度も何度も嫌だと口にしていたあの声はまだ耳に残っている。
あの人を。
あの状況で連れて帰らないという事は。
見殺しにするのと同じだろう…ッ?!
「リターナーさんは俺に何か用かい?」
背中を向けて煙草を吸いながら言ってきたライルに少し驚いた後、アニューが軽く笑って言った。
「…ライルさんの顔を見に」
ライルが苦笑していると、少し笑ってアニューが言った。
「それと、呼び名はアニューでいいです」
「なら、俺も呼び捨てでいい」
久しぶりの地上には、気持ちのいい風が吹いていた。
「右手、大丈夫ですか?」
「なんで?」
強がるように知らないふりをする男に、女が静かに笑う。
「お兄さんを殴った手が、痛くないわけがないから」
人を殴るのは、殴る方も痛い。
まして、自分と同じ顔をした兄を殴った手が。
「………。情けないトコ見せちまったな…。誰がどう見たって兄さんは悪くないのに…」
「ライルも、悪くないと思います」
「そりゃ、どうも」
吸い終わった煙草を携帯灰皿にいれる。
「みんな…罪悪感はあったと思うから」
見捨てて逃げたことへの。
低い声で、ライルは訊いた。
「………アニューも?」
しばらくしてから、彼女は話し始めた。
「正直、初めは敵を助けるなんて考え、理解できないと思ってました。でも…何度か戦闘中にあの人の声を聞いていたら……」
特にメメントモリの時は酷かった。
だからクルーは理不尽なことを喚き散らしてニールを殴り飛ばしたライルを見ていながら誰も何も言わなかった。
ライルにも。ニールにも。
「…死んでたんだ……」
「ライル?」
「俺はあの人がいなかったら…あの時、あの人が助けてくれなかったら…」
迎撃不可能な速度で横から真っ直ぐ斬りかかってきたガデッサに、死を覚悟して一瞬目を閉じた。
次に目を開いた時には、目の前にエルミナの機体がいた。
十中八九もう既に殺されているであろう彼女を想って目を閉じる。
最後まで一人で苦しんで死んでいった人を。
「また…会えると思います」
「え?」
アニューが軽く笑ってから言った。
「ただの勘ですけど」
目の前の女性は綺麗な顔で笑っていた。
考えてみればそうだった。まだ死んだと決まったわけでもないのに、こんなに悲観して。
自分らしくないにもほどがある。
それを…知り合って間もない相手に教えられるなんて。
「………。は、…はは…そっか」
絶句した後、思わず笑いがこみあげてきて、しばらく声を出して笑う。
「そうだな…。アニューの言う通りで、生きてる可能性がないわけじゃない…か」
微笑んだまま、真剣な眼で彼女は言った。
「きっと、生きてます」
「いいねぇ…。よし、乗った。俺もアニューの勘を信じることにするよ」
軽く笑いながら言い放ったライルに、つられるようにアニューも笑い返す。
二人分の笑い声が風に乗っていた。
それから一週間。地上に降りてからも、アロウズの攻撃は続いていた。
アロウズの追撃MS隊を迎撃して、トレミーに帰還する。
「お疲れさま」
フェルトだった。
シヴァがヘルメットを外しながら、いつものように軽く笑う。
「もしかして、わざわざ待ってたのか?」
「最近、話してなかったから」
「………ああ」
言われて初めて、最近妹の事しか頭になかった自分に気づく。思えば、フェルトには散々な態度を取ってばかりだ。
フェルトの部屋で、紅茶を淹れてもらう。
「…そっか。シヴァにもわからないんだ…」
「脳量子波は便利なセンサーじゃない。あいつによっぽどのことがなけりゃ、俺の方には何もこねぇよ。地上に降りてからは静かなもんだ」
エルミナの生死はわからない。けれど、希望は捨てたくないから誰も何も言わない。アロウズが襲ってくるたびに探しては見るが、今のところ出てきてはいない。
「フェルト」
「え?」
「…大分前に、俺に話があるって言ってなかったか? 俺がぶっ倒れる少し前だ」
そうだった。あれは確かマリーがトレミーに来たばかりの頃で。
マリーに当り散らして逃げてシヴァに甘えようとしていたことを思い出して、少し赤くなる。
「あれは…ッ、もういいの。もう、平気だから…」
「そうか。あん時は悪かったな。聞いてやれなくて…」
「ううん。私の方こそ、シヴァに話を聞くべきだった…。あなたはあの時…姉さんが大変なことになってるって知って帰ってきて…それどころじゃなかったのに」
あの時の事を思い出して、思わずシヴァが返す言葉に詰まる。後日フェルトに何があったか聞かれた時も、話したくないと冷たく答えてしまったが。
「悪い。…とてもフェルトに聞かせられる内容の話じゃなかった。あいつのこと姉さんって呼んでるお前には…」
「どんな話でも聞く。…家族…だから……。姉さんも…トレミーのみんなも。それに…あなたも」
淋しそうな眼でこちらを見ているフェルトの肩を抱き寄せて髪を撫でる。いつも自分を心配してくれているこの少女に彼がしてやれることは本当に少ない。
「……エドワード・ニエット」
耳元で囁かれた名前にフェルトが思わず目を見開く。
「え……?」
「俺の本名だよ」
彼が、フェルトが訊く前に自分の事を話してくれたのはこれが初めてだった。
まさしく突然の出来事に喜ぶよりも驚いて、フェルトが訊く。
「なんで…教えてくれたの?」
苦笑して男は言った。
「家族なんだろ?」
男の優しい声に泣き出しそうになっている顔を隠すように、無言で頷く。
髪に指を入れて撫でてくれる手が、暖かかった。