dream〜2nd season〜

□第十話-寂寞の空に-
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 エルミナが目を覚ますと、意外にもそこは病室のベッドの上だった。
 拘束も、されてはいないようで。
「あなたは…確か…」
「あ、気が付きましたか? 先日お世話になった、ルイス・ハレヴィ准尉ですッ! 所属小隊の隊長であったジニン大尉が…あ、いえ、ジニン中佐が戦死され、昨日付でニエット大尉の小隊に転属となりました」
「どういうこと…?」
「え?」
 記憶ははっきりしている。
 最後の記憶は、メメントモリ防衛戦で、トレミーに攻撃しようとしていたブリングが乗っていた機体をエルミナが妨害し、結果としてCBによるメメントモリ攻略が成功。メメントモリは落ちた。
 こうなった以上、もう二度と意識が戻らないか、戻った場合は拘束されて塀の中を覚悟していたのだが。
「…ごめんなさい。ルイスだったっけ? この前の、メメントモリ防衛戦の戦闘記録を見せてくれる?」
「は、はいッ!」
 ルイスが見せてくれた戦闘記録によると、エルミナの謀反行為は一切記録されていなかった。
 …もみ消された…? 誰に?
 メメントモリの戦闘時に、兄が『イノベイター』という言葉を使っていた。おそらく…リヴァイブやブリング達の事を指している。
 今回の件をもみ消したとしたら十中八九イノベイターの仕業だろう。
 しかし…。今までエルミナを利用していたのがイノベイターだとすれば、そこまでして今のエルミナをアロウズに放置しておく理由がわからない。不完全とはいえ、記憶が戻りかけているのは前回の一件で把握されているだろうし、そもそも前回の一件で一度完全にアロウズを裏切っている。そのままアロウズにおけば再び裏切るのは目に見えているだろうに…。
「どういう事? 私が…階級を剥奪されていないって…。どころか…なんで私の隊が更に強化されてるわけ…?」
 愕然とした表情でぶつぶつ言っているエルミナを見て、メメントモリが攻略されたことを気に病んでいると思ったのだろう。ルイスが沈んだ声で言った。
「メメントモリでの敗戦はお聞きしてます。ですが、アーバ・リント少佐が戦死されたのは大尉の責任じゃありませんッ! ニエット大尉はガンダムとの戦闘中に発作を起こされたとかで…それは…仕方ないと思います」
 必死に慰めようとしてくれているらしい。
 内容はかなり的外れだが。必死に笑顔を作ってエルミナは言った。
「…ありがとう、ルイス。…悪いけど、しばらく一人で考えたいことがあるから」
「はい…。失礼、します…」
 病室を出て行くルイスを見送って完全にドアが閉まるのを確認してから、どさっと再びベッドに横になる。
 今、思い出せるのはアロウズに着任してからの事と、古い記憶の中に出てくる人が何人か。兄と…それから、この前ガンダムに乗っていた、刹那。そして…。
「ニール…」
 それらの記憶から、自分が昔CBにいたことはほぼ確実だと思われた。それを思い出すのはまだ無理だったが。
 それでも、ニールの事で思い出せることは多い。彼への自分の感情も。
 そして…。
 アロウズに着任する前に受けた尋問と拷問の数々と…それから。
 あのことも。
 身体が少し震えていた。できれば思い出したくはなかった。でも、覚えていた。
「………ッ」
 音も立てずに熱いものが顔を伝って横に流れていく。
 それが何かわかるのに少し時間がかかった。
 あの出来事を思い出しながら、ニールを思えば思うほど逆に心が抉られていくようで。
 今の自分は、伸ばしてくれたあの手に…触れられない。
 誰より彼に助けて欲しいのに助けを求める強さすら持てなくて。
 結局すべては自分の弱さが招いた結果だ。
 わかっている。わかっていても、苦しい。どうしようもなく。
 誰もいない病室に、孤独にすすり泣くエルミナの声がいつまでも続いていた。





「なんで連れて帰ってこなかったッ?!」
 声がひっくり返るほど怒鳴っているライルに、ニールが静かに言った。
「…本人がそれを望んでいない」
「兄さん、それ本気で言ってんのか?」
「ああ。…少なくとも、あの場で無理矢理連れて帰るのは不可能だった」
 鈍い音が響いた。無抵抗の兄を殴り飛ばして、弟は叫んだ。
「無理矢理でも不可能でも連れて帰りゃ良かっただろうがッ!!」
 周囲のクルーたちは、誰も何も言わなかった。見かねたシヴァが低い声で言った。
「…ライル、やめろ。俺も同罪だ。あの場で連れて帰れなかった以上…覚悟はしてる」
 覚悟…。何の? とは誰も訊けなかった。
 静まり返ってしまった室内で、手の甲で軽く顔を拭ってニールが淡々と返した。
「少なくともあの時点では完全に向こうを裏切ってたからな…。シヴァ。あいつの記憶、戻ってたと思うか?」
「半々だな。あの拒絶反応は間違いなく本人の意思だが、それで全ての記憶がすんなり戻るとは思えねぇ。あのトレミーを助けた行動は殆ど無意識でやってたんだろうよ。…記憶や頭の中の思考をいくらいじったところで、感情までは書き変わらなかったってことだ」
 ライルが苛立つように苦い顔で言った。
「理屈抜きで何も考えずに動いた結果がそれ…って事か…。くそ…ッ、それじゃ今まで感情に反してしたくもねぇ事させられまくってたって事じゃねぇか…。しかも昔の仲間と戦うようなマネさせられて…ッ」
 絞り出すような切ない声が、ライルの口から洩れる。アニューが慎重に言った。
「拒絶反応を起こす前のエルミナさんの言動は、前回の戦闘時の言動と明らかに異なっていました」
 アレルヤが沈んだ顔で呟く。
「…色々思い出しかけてたから、また調整したんだと思う。そうやって今までにもきっと…自分たちの都合に合うように、何度も…何度も…弄られて…」
 アニューの説明が続けられた。
「ですが、そのような事を何度も繰り返せば脳は耐えられません。拒絶反応はおそらく繰り返される調整に耐えられなくなった結果と…」
 ライルが続けた。
「本人の叫びだよ…。これ以上、好きにされてたまるかってな。向こうも助けて欲しかったんじゃねぇのか? …兄さんにな」
 当てつけのように最後の一言に暗い色がこもっていた。苛立った冷たい声でニールに言いたいことを一方的にぶつけると、反論される前にライルは部屋から出て行ってしまった。
 フェルトの乾いた声が無音の室内に響く。
「ロックオン…」
 俯いたままニールがいつもの声調で言った。
「…ほんっと…ライルの言う通りだな」
 死んでも離れるべきではなかった。
 死んでも離れたくなかった。
 けれど…それを拒んだのは確実に彼女の意思だ。そう。あの時点ではもうどうしようもなかった。
 ああなる前に助けてやれなかった自分の力のなさが…憎い。
「なぁ、シヴァ」
「なんだ?」

「あいつは俺を呼んでたか?」

 男はあえて隠さずに教えてやった。

「お前の事しか呼んでねぇよ。…虚しくなるくらいにな」
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