dream〜2nd season〜

□第七話-休息-
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 それにしても…。
「ちょおっと人使いが荒すぎるんじゃない? オスカル君」
「…あの、アンドレイです。ニエット大尉」
「そうだったわね。ところでオスカル、パトラッシュを見なかった?」
 もはやわけがわからないエルミナの言葉に心の中でため息をつくアンドレイ。実際、この人がただのふざけた人でないことは重々承知していた。誰もが嫌がるような書類仕事を魔法のようにこなし、小隊とはいえ今回、MS隊を率いることになってからは作戦立案も完璧にこなしている。カティがやたらとこの人を重用したがる理由はどう考えても実力だ。
「いえ、見かけておりません。というより、そのような人物はアロウズに所属しておりません。いい加減名前をきちんと覚えてください、大尉!」
「真面目なのはいいことだけど、融通がきかない男は女の子にモテないわよ? オスカル」
 満面笑顔で言い放たれた言葉に、アンドレイは疲れた顔で言った。
「………これさえなければ素晴らしい人なのに…」
 聞こえなかったのか聞いてなかったのか、完全に無視して部屋をノックするエルミナ。
「ハレヴィ准尉! 具合が悪いって聞いたけど、調子はどう?」
 案の定、部屋の中から返答はなかった。
 笑顔を完全に消し去った真面目な顔でエルミナがアンドレイに訊いた。
「…返答がなくなってから、どのくらい経つの? 彼女」
「二十時間です」
「彼女、普段から遅刻や無断欠勤は?」
「一度もありません」
「ドアのロックを解除して」
「了解!」
 アンドレイがあらかじめ用意してきたカードキーで強制解除する。
 エルミナが扉を開けると、部屋の明かりはついていた。
「ハレヴィ准尉ッ!!」
 ベッドの上で悶絶していたルイスに駆け寄りながら、エルミナがアンドレイに軍医を呼ぶように指示する。
 背中をさすってやりながら、エルミナがルイスに背後から声をかけた。
「落ち着いて。どこが辛いか、話せる?」
「…く…すり…ッ」
「え…?」
「………薬を……ッ」
 慌てて部屋の中を目で探したエルミナの視線が部屋の隅の天井付近で止まる。
 微重力の中で、見覚えのあるケースと、その中からこぼれた錠剤が空間を漂っていた。
「…この子……まさか…」
 腕の中で苦しんでいるルイスの顔が、少し前までベッドの中で呻いていた自分と妙に重なって見えた。





 ラグランジュ3で新たに組み込まれたバハムートのサポートシステムは予想以上にニールの肌に合った。
「ま、お前がデュナメスに乗ってた時の戦闘データを参考にしてハロがやってたことを少し自動でできるようにしてみただけだから、お前に合って当然っちゃ当然なんだが」
 とは、天才のお言葉だが。
「少しってお前…」
「ん、感動したか?」
 シヴァの言葉に、ニールがシミュレーションから降りながら叫ぶ。
「ああ。シヴァ、お前最高だ! おやっさんでさえハロのサポートシステムを再現すんのは無理だって言ってたのに…」
「ハロを再現したわけじゃねぇ。ごく一部を自動化しただけだ。一応、申し訳程度の対話型システムだがな。ま、それでもロックオンの仕事は減るから狙撃に専念しやすくはなるだろ。ついでだが、お前が苦手だって言ってた旋回モーションのパターンも組み直しといた」
 軽く笑ってニールが言った。
「随分とサービスがいいじゃねぇか。最初はあんなに反対してたってのに」
「…お前の為だけじゃねぇよ」
 その言葉に心底納得して、ニールは言った。
「ああ。…そうだな。なぁ」
「ん?」
「シミュレーション、少し付き合ってもらってもいいか?」
 とんでもないことを言いだしたニールに、シヴァが低い声で返す。
「大きく出たな。俺はお前相手でも手は抜かねぇぞ?」
 当たり前だと笑うニールに小さく笑って返しながら、自分の機体に乗る。
 それにしても。
 本当に…ニールの努力には舌を巻く。
 まさか、短期間で自分とシミュレーション戦ができるレベルまで腕を上げるとは。
 思いもしなかった。





「…ったく…ホントに容赦ねぇな、あいつ…」
 昔エルミナにシミュレーションでボコボコにされていた頃を思い出して、思わず笑ってしまう。
 あの頃よりは随分腕も上がったと思うのだが。
 エルミナが今日のシミュレーション戦を見ていたら何点くらいつけてくれるだろうか。
 そんなことを考えながらパイロットスーツのまま廊下を歩いていたら、珍しい人物に出会った。
「あ…あの…。お疲れ様です」
「おう、お疲れさん。確か、沙慈って言ったか?」
「はい。ロックオンって…名前、ですよね?」
 軽く声を出して笑ってからコードネームであることと、ついでに本名まで教えてやる。呼ぶときはどちらでもいい、と。
「あの…ニールさん。この前のアロウズのMSに乗ってた女の人……その、刹那から聞いたんですけど、恋人…だったんですか?」
 ほぼ初対面に近いのに、随分堂々と踏み込んだことを訊いてくる奴だ。大人しそうなのは口調と態度だけか?
 胸中で意外に思いながらも、ニールはいつものように笑って答えた。
「ああ、そうだ」
 信じられないような眼で沙慈がこちらを見ていた。
「戦うんですか? 恋人だった人と」
「そうしないと向こうがこっちの話を聞いてくれそうにないんでな」
「どうして!? どうしてそんな平気な顔して戦えるんですか? 戦いになったら…殺し合うことになるかもしれないのに…ッ!?」
 男は苦笑して答えた。
「いや、俺たちの間でそれはない。俺は彼女を良く知ってる」
「四年前の…でしょう?」
「同じだ」
「どうして会ってもいないのにそんなことが言えるんですかッ?! 彼女の気持ちを確かめたわけでもないのに…ッ」
 CBにいても、少しはマシな人だと思っていたのに。結局は戦うことでしか自分を表現できないのか? 考えてみれば、目の前のこの穏やかな常識人のような男でさえ、四年前にガンダムに乗って破壊活動を行っていた人間の一人だ。そういう人間だ。だから…恋人とでも平気で戦える。
「僕にも…大切な人がいました。彼女は…ガンダムに家族も親戚も奪われて…傷ついて…」
「……………」
「…わからないんです…。僕のせいで多くの人が命を落とした。その償いはしなきゃいけない…。でも戦えばまた人が傷つく…ッ。ルイスみたいになる人だって…ッ!!」
「…その彼女、今は?」
 ニールの問いに首を横に振ってから、沙慈は静かに言った。
「………不安なんです…。…今もどこかで一人で苦しんでいるような…そんな気がして……。…会えれば……もし今度会ったら、絶対に一人にはしないって思うのに……」
 一体、この世界にはあと何人こんな恋人同士がいるのだろうか。しばらくしてから男は言った。
「それほどの想いなら、なんだってそんなに不安になる?」
「……え」
「俺は彼女と話す。あいつが今どこでどうなっていようが、助けるだけだ」
 それだけ言って去っていこうとする背中に、思わず沙慈が怒鳴る。
「そんなことを言って、あなたは結局戦うことしかできないんだろ?! あなたの恋人だって…ッ」
 怒鳴り返すことも、傷つくこともなく。
 振り向いてニールは静かに言った。

「俺はエルミナを信じてる」

「………ッ!!!」
 今度こそ去って行ってしまったニールの背中を見送って、沙慈は肺に溜まった自己嫌悪の塊を吐き出すように、ゆっくりと息をついた。






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