dream〜2nd season〜
□第七話-休息-
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敵が使用した衛星兵器に対抗するため、トレミーが補給と調整の為に立ち寄ったラグランジュ3で、突貫工事での作業が始まっていた。
迷惑をかけた分は働いて返すつもりなのか、シヴァの無言の働きは目を見張るものがあり、当初改良予定のなかった機体にも新システムが搭載され、バハムートにもニール用に特化したサポートシステムが組み込まれた。
「まさに粉骨砕身って奴だな。しかし、すんごいな、あいつ。システムまで組めるのか…」
束の間のティータイム。
フェルトの淹れてくれた紅茶を片手にライルが軽い口調で呟いた。
二日前、この基地で知り合ったばかりのアニューが感心した声で話す。
「イアンさん達もみんな天才だって言ってます。私もいろいろ話を聞いてもらったんですけど、彼、初めて見たものでもすぐに理解してしまって。色々意見を出してくれるんですが、そのどれもがとても効率的で的確なんです」
そしてそれは、彼の話を理解できるアニュー自身の能力の高さの証拠でもある。
ライルが感心しながら軽い口調で言った。
「へぇ…。君も天才だって聞いたけど」
少し照れてからアニューが恥ずかしそうに返した。
「ありがとう…ございます。でも、自分で言うのもなんですが、私は…どちらかというと秀才の方だと思います。あの人とは…次元が違うというか…」
ティエリアが後を継ぐように話す。
「確かに、一つの方面にだけ特異な才能を発揮する天才はいくらでもいるが、彼やライトのように多種の方面に才を発揮する天才は非常に稀だ」
「…天才ゆえの孤独…か」
思わず呟いてしまったライルに、刹那が言った。
「そうでもないようだが」
刹那の目線の先で、フェルトが硬い声で言った。
「あの人は孤独じゃない。あの人にはロックオンがいる…。………ライト姉さんだって」
ちょうどマリーと一緒に部屋に入ってきたアレルヤが明るい声で言った。
「フェルトもね」
恥ずかしそうに後ろを向いて、アレルヤとマリーの紅茶を淹れ始めたフェルトに、少し笑ってマリーが手伝いに行く。
ライルが軽く口笛を吹く。
「なるほど。にしても…こんなとこで出る紅茶だからてっきりインスタントかと思ったら、えらく本格的な淹れ方してるんだな。…時間まで計ってんのか?」
アレルヤが嬉しそうに言った。
「トレミーのティータイムはライトニング式だから」
「でも、すごく美味しいです」
微笑んで言ってくれたアニューに、フェルトが嬉しそうに返す。
「美容と健康には、美味しい紅茶が一番だから」
「何故なら…。美味い紅茶と菓子は笑顔のもとだからな」
聞き慣れた、低い声。思わず息を飲んでしまったフェルトに、部屋に入ってきたばかりのシヴァが笑顔で続けた。
「フェルト。俺にもくれないか? あと、こいつの分も」
彼の背後から、ニールが入ってきて、軽く笑う。いつの間にか休憩室が人でいっぱいになっていた。
「す、すぐ淹れるからッ!」
あの日以来、フェルトがシヴァと話したのは初めてだった。以前のように彼が笑ってくれたことも嬉しかったが、エルミナの口から聞いていた言葉を彼の口から聞けたことが…本当に嬉しかった。
「姉さんに聞いたの? さっきの、アレ」
淹れた紅茶を渡してから、思い切ってシヴァに訊いてみる。
彼は無言でゆっくりとフェルトの淹れた紅茶に口をつけた。
そして、ティーカップを手元のソーサーの上に戻してから、穏やかな表情で呟いた。
「…美味い」
彼のこんな顔は、ここしばらく見ていなかったような気がする。思わず室内の人間がホッとして口元を緩めた時だった。シヴァが低い声でフェルトに言った。
「あれはエルの言葉じゃねぇ。…俺らを育ててくれたおばさんの口癖だ。エルはあの人の事、密かに慕ってたからな…」
「そう…だったんだ…」
「こいつの淹れ方もそうだ。昔から毎日毎日、当たり前だと思って何も考えずに飲んでたのにな。…こんなに美味いと思ったのは初めてだ」
静まり返っている室内で、彼は軽く頭を下げた。
「この前は、すまなかった。一人で勝手に焦って…みんなに嫌な思いをさせた」
天才が聞いて呆れる。本当は独りよがりで、どうしようもなくて…。
ニールが軽く笑って言った。
「育ててくれた親の言葉や習った茶の淹れ方は忘れてねぇんだ。話せばきっと通じるさ。…まだあいつの心は死んでねぇよ」
黙って頷いた男の顔が、手元の紅茶の中で穏やかに微笑んでいた。
「育ててくれた親の言葉…か」
誰もいなくなった部屋で、アニューの言葉が薄暗く光るモニターに消えていく。
そこには思い出なんて何もなかった。
あるのは知識ばかり。
宇宙物理学も、MS工学も、再生治療も、どこで学んだかさえ覚えていない。
料理の味でさえ…誰に習ったんだか。
覚えていなくても不自由などなかった。
生きていくことはできる。戦うことも。
あの時あそこにいたトレミーのみんなは…過去の為に戦っているのだろうか。
いや、少し違うか。各々背負っている過去はあるのだろうが、あの時みんなが想っていたのはきっと…。
コンソールの上で指が滑らかに動く。
画面が切り替わり表示されたのは、四年前にCBに在籍していたガンダムマイスターのデータ。
「ライトニング・ランサー。本名、エルミナ・ニエット………」
マリー・パーファシーの話を聞いた時にも感じたことだが、アロウズに…敵側にいる者を説得して助けるなど、正気の沙汰とは思えない。
血の繋がっているシヴァはともかく、他の連中があそこまでしようとする理由は一体何なのか。
「思い出…」
機械的な声調で呟かれた単語に反応する者は…まだいない。